表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/50

25 思わぬ救いの手


「奴を追いこめーッ! 逃がすな、殺せーッ!」

「石を投げろ! 屋根から引き摺り下ろすんだ!」

「くっ……!」


 飛び交う大小様々な石を避け、時に当たりながらどこへともなく走る。

 逃げ場所などない―――そう言わんばかりに追手の数は増え、また囲まれつつある。幸いにして奇宝石の数はあるが、一介の町民を傷つける訳にはいかない。


「どうしよう、どうしたら……!」

「奴らの攻撃性は異常だ。意識を奪わなければ追われたままだぞ!」

「分かってるッ! でも、彼らは力のない人間じゃない! 憲兵ならまだしも―――」

「そんな甘い事を言っているからこうなるのだ! 現状を見ろ! たとえ力など無くとも、束になれば人間は最凶の生き物なのだぞ!?」


 常は冷静であるエルが取り乱すほど、状況は最悪に等しい。

 彼らの狂暴さは恐れすら抱くほどで、確実にフェイを追い詰めはじめているのだ。


 この状況を打開するには、最強の精霊術師と謳われた力を彼らに向けなくてはならない。だが、それをフェイは否定し続けていた。

 力の無い、守る側にいる人間を傷つける―――それはまるで『自分を貶めた悪魔』と同じ事ではないか。嫌だ、自分はそうはならない。この力を弱き者に向けたくはない。

 それはフェイの最後の扶持でもあり、守るべき境界線だった。


「嫌……っ、私は絶対に傷つけたくない!」

「死んでもいいのか!」


 説得にあたるエルの言葉に、息を呑む。


 ―――死ぬ?


 今までその言葉を脳裏に浮かばせなかったのが不思議なほど、エルの示した最悪の結果に心臓を弾ませた。

 違う。考えずにいたのだ。

 人の持つ狂気。目の当たりにする凶暴。追われる自身、追う彼らの殺意。『それ』を認識すれば、恐怖に支配されると分かっていたから。フェイ自身の立ち位置を、孤立無援である己が立場を、理解してしまうから。


 死の恐怖がどれほど怖いものか、この身体が憶えている。

 まるで纏わりつくように、底から這い上がって来るかのように、手招きする死の権化がフェイの胸を鷲掴みにする。


「あ……」


 震えはじめた身体が重く感じる。もたついてしまった足に、されど彼らは待ってはくれない。


「フェイッ!」


 エルのつんざくような叫び声。

 気付けば大きめな石が自身に迫っている。それを視認した瞬間―――衝撃がフェイの視界を暗転させた。


 身体がよろけ、屋根から落ちる。

 かろうじて意識は残っているが、頭が揺れて現状を把握できない。

 落ちている―――そう、自分は落ちている。


 ようやくそれが把握できたとき、既に地面は目前だった。


 痛みに備えようとするが、受け身すら満足に取れない。奇宝石を使ったとしても間に合わないだろう。せめて、と目を瞑ったフェイは、突如として上から引っ張られる感覚に視線を動かした。


「―――ッ、」


 そこには、フェイの衣服を強く噛み締め、小さな羽をばたつかせるエルがいた。

 息を荒くつきながら、地面に下ろしたフェイの無事を確認する。


「身体は動くか!? 意識はあるな!?」

「だい、じょうぶ……頭をちょっと、打っただけ」


 足をふらつかせながらも、なんとか起き上がる。しかし地面に落ちた赤い液体に、遅れて自分の血だと気が付いた。

 頭部に手を当てれば、ぬるりとした感触と頬を流れる感覚に息を止める。


 道理で、思考が不明瞭のはずだ。靄がかかったように、うまく考えがまとまらない。


「いたぞ、こっちだ!」


 耳が男の声を拾い、早く逃げなければと重い身体を引きずる―――だが唐突に細い腕が視界の端に映ったかと思えば、強い力で路地へと引っ張られた。


「っ、!?」


 抵抗する力すらない。咄嗟に奇宝石を取り出そうとするが、フェイの腕を引き先導する姿が女のものであったことに、精霊術を使うことを躊躇ってしまう。

 そうこうしている内に景色は変わり、一軒の商家に辿り着いた。『薬』と書かれた看板が見えるが、中は薄暗く、扉には閉店を示す立札が取り付けられている。


「―――入って」


 店の窓を開けた彼女は、そこへフェイを押し込む。店内に入ると同時に通りから町民の怒号が聞こえ、思わず肩を寄せ息を顰めた。


「……大丈夫、ここにいれば絶対に見つかりませんわ」


 怯えるフェイの背を撫でながら、女は優しく告げる。戸惑いがちにエルを見れば、疲労に耐えかねたのか、四肢を伸ばし床へ張り付いてしまっていた。無防備なエルの姿を見て、ようやくフェイも一息つく。

 そして薄暗い中にいる女を見上げ、おずおずと問いを投げかけた。


「……なんで、私を助けたの?」

「あら。ふふ、やっぱり『あの口調』はわざとでしたのね。粗野な女性なのかと思ってましたわ」


 そこには少し意地悪気に笑う、カトリーヌがいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ