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23 狂気の町


「刻印の者……?」


 背後にいるアレットの戸惑いが感じられ、フェイは苦々しく顔を歪める。

 折角上手くいっていたのに、それを台無しにしてしまう十二勇将の彼らに、怒りが込み上げてきた。


「十二勇将が揃いも揃って、暇なことね。今まで出てこなかったっていうのに、どういう風の吹き回し?」


 宿屋に現れた、オリヴィエ。そして彼ら2人といい、既に3人も追ってきている。

 彼らは基本的に皇帝の周辺警護、もといその命に従う存在だ。城の襲撃があったとしても、その犯人を追うよりも皇帝付近にいるべき筈―――それなのにフェイを追いかけている行動に、疑問が湧いた。


「勘違いをしないでくれませんか。我々に命じられたのは、そこにいる裏切り者―――リゲル=ローランの拘束です。ああ、ちなみに拘束と言っても、生死は問いませんがね」


 男が指を向けたリゲルへ、視線が移る。

 彼はもう一人の男の剣戟を跳ね返した後、距離を取って二人を交互に見た。その顔に、寒気すら抱くような笑みを浮かべて。


「俺を捕まえるって? よく言ったな、シェル―――言っておくけど、俺は加減など一切しない」

「それでいいッ! これでようやく悲願が叶う! 俺はお前をずっと、ずっとずっと殺したかったんだッ!」

「ザドー、話の途中です。……一体、貴方がなぜその者と共に行動をするのです。前後関係を鑑みても、全く理解できない」


 やれやれ、と首を振るシェルは、ザドーを言葉で制しつつも冷徹な瞳をリゲルへ向け、問うた。


「貴方は何を企んでいる。我々を敵にまわしてまで、何をしようとしているのです」

「深く考え込むのはお前の悪い癖だよ、シェル。俺はただ『主』を見つけただけだ。……この命に代えても、護り抜きたい者を見つけたんだ」


 リゲルの視線が、フェイへと向けられる。

 その瞳から伝わる愛おしさ、慈しみに、フェイは思わず視線を逸らし、俯いた。


 二人を見たシェルは、「なるほど」と鼻で嗤うと、腰にある剣を引き抜く。


「ならばこの女を殺せば、貴方の目が覚めるという訳ですか」

「―――」


 身も凍るような視線が、フェイを捉える。

 瞬きほどの刹那、シェルが地を蹴り一気に距離を詰めるのを、フェイはただ見ていることしかできなかった。


 ―――あまりに、速い。無詠唱で術を展開する時間すらないほどに。


 見開いた瞳に、美しい刀身が映り込む。


「フェイッ!」


 リゲルの叫び。だが瞬時にザドーが合間に入り、リゲルの行く手を遮った。

 振り下ろされる剣は無駄がなく、真っ直ぐにフェイの頭上を狙う。


「っ、」


 ―――しかしシェルの剣は、フェイの目前で制止した。


 否、制止せざる負えなかったのだ。

 自らの首元に宛がわれた剣先に、シェルは眉を顰めて刀身を辿っていく。硬直が解けたフェイもまた、背後から現れた剣の持ち主を身体を捻って見上げた。


「……救世主様に危害を加えるなど、愚か者が……っ!」


 そこには。

 純粋な瞳を怒りに歪めた、アレットの姿があった。


「あ、アレット……」

「貴方、確か使者と共に居た……いや、そんなことはどうでもいい。それよりも、ええ? なんて言いました、今? 救世主? ふ、はは……っ! 救世主など、どこにいるのです?」


 だが、そんなアレットの言葉にシェルは嘲笑を浮かべる。

 眉を顰める彼は、フェイを自身の背後にまわし剣を構えた。


「ちょ、ちょっと待ってください……これは想定外だ……っ! はは、救世主だって? ねえ、聞きましたかザドー!」


 腹を抱えて笑い声をあげる彼は、リゲルと交戦中のザドーへ呼びかける。

 返事の代わりに、幾度も鳴り響く甲高い音が聞こえてきた。そこには執拗な攻撃で苛立つリゲルと、リゲルの剣を受けて喜ぶザドーの異様な姿がある。


「なあ、なあなあ本気になってくれよ、リゲルー! 俺は本気のお前を倒して殺したいんだよぉ!」

「お前の相手をしてる暇なんか無いんだよ!」


 攻撃を防ぐリゲルは幾度もフェイの下へ行こうとするも、すぐに止めに入るザドーが邪魔で仕方がないようだ。


 そんな二人の姿に冷静さを取り戻したシェルは、深く溜息を吐き、肩をすくめた。


「やれやれ……これだから馬鹿は。ええ、と……そちらの、帝国の方。貴方騙されてますよ」

「―――なに?」


 シェルの言葉に、フェイの心臓は跳ね上がる。


「そこの女は救世主などではありません。皆さんもいいですか!?」


 まるで舞台の上で演じるように。シェルは周囲に点在していた町民を見渡して、高らかに声をあげる。

 何をするつもりか―――そんなこと、考えるまでもない。すぐに理解したフェイは奇宝石を強く握った。


「『あれ』はフェリス=ブランシャール、元は侯爵令嬢の、稀代の精霊術師であり、そして王城襲撃犯でもある『刻印の者』なんですよ!」


 声を大にして告げた瞬間、町民の目の色が変わった。そして、アレットもまた驚きに目を見開いている。


「……刻印の、者?」

「罪人……裁かれるべき罪人……!」

「刻印の者だ……! 刻印の者が、この町にまた……ッ!」


 ざわめきが大きくなり、怒り、憎悪、恐怖、殺意と様々な目を向けられる。

 町民はそれぞれに農具を持ち、逃がさんと言わんばかりにフェイを取り囲んでいった。


「な、なに……!? どうして、」


 狼狽するフェイは、彼らの歪む顔つきに恐れを抱く。

 その答えは、事態を愉しむシェルの口から語られた。


「彼らはね、以前刻印の者を殺したことがあるんですよ。この町全員の人間に追い詰められ、そして残忍に処刑されるのが……貴方には相応しいと思いまして」

「っ、!」


 突如として、背後に迫っていた男がフェイの身体にしがみついた。

 振り払おうとしたフェイの前方から一人、そして更に一人と重なり、徐々に身動きが取れなくなっていく。


「―――、」


 首に手を宛がわれ、力の限り締めつけられる。四肢は抑えられ、フェイの目に振り上げられた鎌が映り込んだ。


 ―――いつか見た光景が、脳裏によぎる。

 憎悪と殺意に塗れた瞳。際限なく浴びせられる罵倒。それは、何も変わらない。いつ、どんな時も変わることはない。


「フェイ!」


 エルの叫びに、悔しさを押し込めて奇宝石へ念じる。

 術を発動し、彼らが怪我を追わぬ程度に風を巻き起こすが、それでも立ち上がり、再びフェイへと迫ってくる。農具を振りかざす彼らは、まるで獲物を狩る捕食者の如く、当然のように自身を殺そうとしているのが見て取れた。


「逃げろ、早く逃げるんだフェイ!」

「……っ!」


 エルの戸惑いの声が、フェイの恐怖心を煽りたてる。

 

 振り下ろされた農具―――いいや、既にそれは凶器だ。攻撃を避けたフェイは、奇宝石を用いて高く跳び上がった。

 屋根に落ちたフェイを見た町民らは、罵声を混じらせながら口々に居場所を伝えていく。


「刻印の者が屋根の上にッ!」

「応援を呼ぶんだ! 殺せ、殺せ、殺せ!」


 彼らの怒気と迫力に一歩、二歩と後ずさり、フェイは駆け出す。

 瞬間、アレットと目が合ったが、その瞳に映った失意に対し、悲痛に顔を歪め目を逸らした。


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