幕間 十二勇将
「……救世主よ……我が為の、救世主よ……」
聖堂の中。
飾られる神の像の前で頭を垂れながら、白髪の老人は繰り返し呟く。
「どうか……救いたまえ……ああ、真の救世主よ……」
かの姿に威厳など、どこにも無く。
ただ虚空に手を伸ばし、光に縋る矮小な人間の代表とすら感じさせる。
「気が……狂う、前に……っ、どうか……!」
老人の悲痛な叫びは、聖堂に響き渡る。
だが声を拾う者など、現れる訳もない。
その救いを求める姿に手を差し伸べる者など、どこにもいない。
王はただ一人。
孤独に神へ、祈りを捧ぐ。
「この国を……救いたまえ……っ!」
銅像は変わらぬ姿で、天を仰ぐのみ。
まるでそこにしか、希望は無いと伝えるように―――。
***
王城の広い通路に、十人の重々しい足音が響く。
それぞれの身に纏う甲冑が音を立て、品格漂う城内に異質な空気を運んでいた。
彼らを見た者達はすぐに通路をあけ、深く頭を垂れる。
その仕草は『礼儀』だけにあらず。
彼らの強さ、誠実さ、厳しさ、全てにおいて敬意を込め、今後も城を守らんと『願い』を込めているのだ。
先導する体格の良い男は引き結んだ口を開き、歩きながら背後にいる中肉中背の男へと声をかけた。
「オリヴィエは」
「……救世主≪メシア≫様の部屋だねえ。あの人女には厳しいから、今頃鞭でも打たれてるかも」
「そうか」
相槌をした後で、男は先を見据えていた視線を下げると、ぽつりと呟いた。
「……やはり、向かわせたのは間違いだったか」
「『あれ』と親しかったしねえ。おおよそ、迷って全力でぶつかれなかったんでしょ。ああ、そういえばエリックも仲良かったよねえ?」
飄々とした様子で振られたエリックは、理知的なその瞳に剣呑とした光を宿らせ、顔を上げた。
「―――俺に迷いはありません。そもそも今回の件については、あいつの変化に気付けなかった俺の責でもあります」
「気負うな。これは我ら『十二勇将』全員の問題だ」
エリックの隣にいた、がたいの良い男がそう告げるも、エリックはゆるゆると首を振る。
「あいつと護衛の任についておきながら、簡単に伸されてしまった、俺の不甲斐なさを許せないんです。……お願いします、オルヴァド隊長。俺を行かせてください」
「駄目だ」
冷厳とした短い答えに、エリックは眉を顰め声を荒げた。
「なぜですか! あいつは、あのフェリス=ブランシャールと一緒にいるんですよ……!?」
「だからこそだ。お前では敵わん」
「っ……」
リゲルとエリックの打ち合いでは、いつもリゲルが勝っていた。
その上、彼は未だ捨てがたい情を抱いている。みすみす死なせに行くわけにはいかないと、オルヴァドは鋭く瞳を細め、後方へ視線をやった。
「ザドー、シェル。リゲルに関する一切を、お前達に任せる」
その言葉に、名を呼ばれた二人は顔を見合わせ―――ひとりは歓喜に口角を上げ、ひとりは落胆に口角を下げた。
「よっしゃあ! これで堂々とあいつを殺せる!」
「……またザドーとですか」
出立の準備ため、踵を返し、来た道を引き返していった彼らを目で追いかけたエリックは、不安に揺らめく瞳を隠すように俯く。
しかしそんなことは、先を歩くオルヴァドにはお見通しだったのだろう。
「―――エリック」
再び名を呼ばれ、顔を上げる。
前を見据えたまま、彼は厳かに告げた。
「あいつらの監視を命じる。下手なことをせぬよう、よく見張っておけ」
「……っ! その御心に感謝します、オルヴァド隊長」
深く頭を下げたエリックは、小走りで通路を走り去っていってしまう。
それを見送った男―――レジスは、肩を竦めながらオルヴァドを見上げた。
「若いっていいねえ。もうあんな風に一直線に突っ走れないなあ、おじさんは」
「……今だけだ。こうやって思いのまま走れるのは」
ふと。
オルヴァドは、通りがかった聖堂に視線を向ける。
そこにはこの国の王が、必死に神を模した像へ祈りを捧げている姿があった。
目を細め、しかと焼き付ける。
―――彼がわずか正気を取り戻し、そして精神を崩した、その哀れな姿を。




