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12 刻印の者


「……っ、」


 たった一言絞り出した言葉は、リゲルの表情を晴れやかなものにさせた。


「ほ、本当に!? 撤回なしだぞ!? 本当にいいんだな!?」

「……」


 まるで尻尾があれば大きく振っているだろう喜びように、フェイは無言で縦に頷く。

 するとリゲルの瞳が揺らめき潤み、ボロボロと大粒の涙を零した。その姿にぎょっとするが、気にする素振りもなく、しゃくり声まで上げている。


「ちょ、ちょっと……なにも泣かなくても」

「……ずっと、念願だったんだ……嬉しすぎて……」


 自分と同じくらいの男性が泣いている姿をこれまで見たことが無かったフェイは、リゲルの涙に狼狽えてしまう。

 『男たるもの、涙は見せるな』なんて言葉を聞いたことがあるが、それを言ったところでリゲルは泣き止まないと思った。いや、むしろ傷つけてしまうやも。


 ―――というか、喜怒哀楽はげしいな。


 ふと思ったことを胸に押し込め、フェイはわざとらしく『こほん!』と咳をする。

 とりあえず、話を先に進めなければ。


「……それで、貴方これからどうするの? 私についてくるつもり?」

「もちろんだ。御身を守るため、どこまでもお供しましょう」


 柔らかく笑ったリゲルは、自分の胸に拳を当て、これまた仰々しく頭を下げる。

 その返答に、フェイは哀しげに俯いた。


「ならば、説明せねばなるまいな」

「エル」


 衝立を飛び越えてきたエルは、フェイと同じベッドの上へ座ると、黒くつぶらな瞳を真っ直ぐにリゲルへ向けた。


「……説明?」

「『これ』よ」


 首を傾げるリゲルへ、左腕を垂直にかざす。

 『刻印』―――彼と行動を共にするには、この刻印について説明しなければならない。

 フェイは、重々しく口を開いた。



 簡単にではあるが『正確な』神話、この世界の成り立ちや精霊術、魔術についてひとしきり説明する。

 途中リゲルは驚きに言葉を失っていたが、どうやら信じてはくれているようで、話が早い。

 そして、ようやく本題に移った。


 ―――『刻印の者』。


 それは『神による裁定』の中で、神が悪しき者につける罪人の証と言われている。

 だが実際には、召喚された悪魔メフィストフェレスが魔力を編み込み刻んだだけの、術の一種だ。


 身体に刻まれた者は、悪魔の『囁き』から逃れることができなくなる。


「近年起きている刻印の者による事件は、裏でメフィストフェレスが操っている。その証拠に、事件の当事者や巻き込まれた者は、彼女に通じる者が大半を占めるわ」

「―――……確か、最初の事件は『大量殺戮』だったな。殺された中には、反救世主派の貴族もいた……。次は、精霊術の研究だったか。非道な方法で研究していたが、あれは……?」

「精霊術を掌握するためよ。人の身体にある伝導回路、それを補う奇宝石の存在。そして人の善からなる、悪魔にとっては天敵となりうる力の解明が目的だった。……あとはまあ、カルト宗教だってことも理由かな」


 その後の事件は、人殺しが主となる。

 宰相夫妻、軍の将校、敵国の軍へ精霊術を放った例も少なくない。


 どの事件も、それまでの人格が嘘だったかのような、残虐性を以て行われている。


 だが肝心なのはここからだ。


「問題なのは、私が精霊の加護を持っていることよ」

「……どういうことだ?」

「本来であれば刻印が刻まれてしまった時点で、通常の人は『囁き』に耐えきれなくなる。でも私は、精霊の加護のおかげで今のところ『囁き』は聞こえてこないわ。けれどこの刻印は、魔力を『吸収』する。吸収した魔力は伝導回路を象っていき、やがて完璧な単独の伝導回路となる。そして魔力は人の『悪』からなる力。悪意を向けられれば向けられるほど、抱けば抱くほど、私の刻印は全身へ伸び―――」


 一度、言葉を切る。

 一瞬ためらうも、エルの頷きを見て続きを口にした。


「溜め込んだ膨大な魔力を、放出してしまうの」


 リゲルは、目を開いてフェイの刻印を見る。

 いわば破壊力抜群の爆弾だ。

 肩口まである刻印は、当初よりも確かに伸びている。全身に至るにはまだ猶予はあるが、人の悪意は底知れない。正確な猶予など分からないのだ。


「……精霊の加護が負け『囁き』に屈するのが先か。この身体が伝導回路となるのが先か……」

「―――なんで、」


 呆然とするリゲルの呟きが、フェイの言葉を遮る。


「なんでそんな……そんな目に遭ってんだよ。なんで、平然とできる。たったひとりで、お前ずっと耐えてたってのか」

「……エルがいたし、私は」

「だからって! 国中を敵にまわして……っ、……!」


 どうやらうまく言葉が出てこないらしい。

 憤り、哀しみ、怒り、嘆き―――そんな感情が入り乱れるリゲルは、また泣きそうに瞳をうるませている。


 こんな風に、自分を案じてくれる存在はどれくらいぶりだろう。


 フェイは困ったように笑いかけると、「だからね、」と震える唇を動かした。



「いずれその時が来たら、私を殺して止めてほしいの」



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