間食キス
「ねぇねぇ、あーちゃん、あーちゃん! マクドトナルドよろうよ。マクド!」
「ムリ、金がない。美香が奢ってくれるならOKだけど」
夜風が吹くなかで、あーちゃんと呼ばれた脱力感のある少女と、美香と呼ばれた元気ある少女が、楽しく談笑している。話の内容は女子高生らしく、学校帰りにファーストフード店によって緊急会議をしようとのことだ。
「奢るおごる! あーちゃんの奢るからいこうよぉー」
そう美香が、あーちゃんの手を掴む。
そして子供のように引っ張り、二つに編んだ髪を揺らしてダダをこねる。
子供っぽい言動。でもそこが可愛い――そう思いながら、あーちゃんは、頭一個ぶん低い美香に伝える。
「そう、ならいく」
奢ってもらえるなら、と付けたした。
それを聞いた美香は、
「よしっ。じゃ善は急げってヤツだ、走るよあーちゃん!」
と元気満タンな具合に、美香はあーちゃんの手を握りしめて歩みを急かす。
冷たい風がなでつけられたけど、美香の手から暖かみを感じられて、あーちゃんは笑みを漏らした。
――……――
信号先の角を左。
すると評判のよいハンバーガーのチェーン店がある。
二人は青い光が点滅しだす前に渡りきって、全国展開されている明るい店内に入った。
「よしよし空いてるね、あーちゃん」
店内の空調が二人に快適さを提供。
ちらほらと、この街付近の女子高生がいる。でもテーブル席は空いており、どこにでも座れそうだ。
カウンターには誰も並んでなくて、直ぐに注文を取れた。
「ねぇねぇ、見て見て! 新作があるよ! んで、あーちゃんはなににする?」
「アイスコーヒー。ブラックで」
「え、コーヒーだけ? もしかしてダイエット?」
美香が心配するよう疑問符を口にする。
「いや違うけど……うん、わたしはコーヒーさえ奢ってくれば御の字」
「そーかぁー、わかったよ。あーちゃんはコーヒーね! じゃあたしは『アメリカン風なんとかなんとか』ってやつぅ! 違う違う、その隣の奴でオレンジジュースとポテトのLサイズセットがある奴だよ」
美香が注文を取っている間、あーちゃんは奥にある窓際のテーブル席を占拠。すぐにカバンを席において、原価〇円のスマイルを振りまいてあたふたする店員を眺める。
なんとか注文を聞き取ったのであろう、店員が同僚と連携しだす。どうやら店員たちは優秀らしく、すぐさま頼まれたモノを美香に受け渡した。
「お待たせ、あーちゃん!」
溢れるばかりの元気を巻き散らして、美香が着席。
彼女の持つトレイにはコーヒーと、ハンバーガーらしき物体が乗っている。
それはなんと、パンズ二枚の間に肉が二桁ほどブチ込まれているギトギトとしたナニかだった。
美香には相応しくない食べ物。華奢で小動物のような身体のどこに、その高層ビルのようなタンパク質を取り込む容量があるのか……あーちゃんは不思議でしかたなくなり皮肉を言う。
「なに、その肉式エンパイヤ・ステート・ビル。キングコングでもおまけに付いてくるの?」
気怠そうにあーちゃんは、見ているだけで空腹を治しそうな怪物から目をそむけて、運ばれたコーヒーを取る。
「なにって『アメリカン風なんとかなんとか』だよ」
「なんとかなんとかって、当たり前のように言っているけど、美香……それ全部、食えるの?」
「余裕よゆう! こんなのペロリだよペロリ」
鼻歌まじりに肉の高層ビルの解体をする。
そして小さく再建築。美香はケチャプと格闘しながら、普通サイズにまでハンバーガーを圧縮させることに成功したらしい。
口を開けてかぶりついた。
幼さがある口元にケチャプが塗りたくられていくのを、あーちゃんはコーヒーを片手に見て、なぜだか嬉しくなっていた。美香が幸せそうにする姿を独り占めしているようで、飲んでいるコーヒーが甘く感じる。
「んー、おいしぃ! このビーフの厚さ、パンズの大きさ! さすがアメリカン、さすが資本主義国家のデブ共が造った食文化だぜHAHA!」
「美香、褒めているのかバカにしているのか判断が付かない」
「細かいことは気にしないきにしない! 気にしたら負けだよあーちゃん! ちなみにあたしはバカにはしてないよー。こんな素晴らしい食文化をありがとう。おデブさん」
ケチャップのお化粧をぬぐい、ポテトを頬張る美香。続けて口内にある塩をジュースで洗うためストローを甘噛みする。
ファーストフードの魅力に心底幸せであろう美香は、笑みが止まらなくなっている。そんな彼女を見て、甘ったるいコーヒーをあーちゃんは楽しむ。
天使みたく思える美香の食べる姿、もとい唇を注目。
肉汁のせいか唇はつやつやと鮮やかな桃色。とても柔らかそうで――ずっと眺めたまま、あーちゃんは生唾と共に甘いコーヒーを流し込む。人には言えない妄想をしたのちにコーヒーカップを置いた。するとハンバーガーに夢中だった美香から声をかけられる。
「ねぇねぇあーちゃん。ずっとこっち見てるけど、あたしのハンバーガー欲しかったりする?」
「え? あ、うん……ちょっと欲しいかなぁ」
特に欲しいとは思っていなかった、ソレよりかも唇ばかり視線がいっていたあーちゃんは、不意を打たれ歯切りの悪い返しをしてしまう。
迂闊だった。
感づかれないように眺めていたはずだが……言ってしまったものはしかたない。と、あーちゃんは冷静を装いコーヒーを飲み干す。
「わかった! すぐに準備するから待っててね」
美香は急いで新たに一口サイズほどのハンバーガーを健気に造り始めた。
造るといってもパンと肉を無造作に合わせて小さくしただけで、ギトギトとした油濃さは変わらない。
「かんせーい!」
美香がつくりかえたハンバーガーは肉が三段。パンを合わせると五段と、かなりのボリューム。
それを掴んで、
「はい、あーちゃん。あぁーん!」
「あーん!? ちょ、恥ずかしいからやめぃ」
「やーめないっ! ほらほら早く口開けて、ね。早くしないとこのギトギトしたなにかを無理矢理ぶち込むよ?」
「うげっ……わかった、わかったから。あーん」
美香はあーちゃんに餌付けをするように、ハンバーガーを口に持っていく。
あーちゃんの口に入っていく肉、ケチャプ、マスタード、ピクルス、玉ねぎ、パン。たくさんの素材達を噛み砕き、唾液と絡んで飲み込む。
美味しい――しかし、肉が三層も重なっているのに野菜がピクルスと玉ねぎのみ、なんて体に悪い食べ物だ。ありえない位に油でギットリとしている。
「ねえねえ、美味しい? 美味しいぃ?」
「美味しいよ、うん」
だけど好みの味ではない。そう心で呟く。
「よかったぁ! あーちゃんの口にもあって。じゃあたしも一口!」
そう美香はあーちゃんが口にしたハンバーガーを食す。無邪気に、あどけなく。あーちゃんの食べた場所をパクついたのだ。
「あっ」
思わず声を出してしまったあーちゃん。
冷房が効いているはずなのに頭が熱くなっていく。
「んー? どったの」
モゴモゴと口を動かしながら美香は話しかける。
「いや、なんでも……」
「うーそーだー! あーちゃんなんだか変だよ」
「気のせい。それに細かいことを気にしたら負けなのでしょ?」
「別に隠さなくてもいいじゃん。教えてよー」
あーちゃんは口を閉ざす。
言えるわけがないのだ。
間接キスになったね、なんて同性相手に言わない。
例え言いたくても美香に言うべきではない。
口を開かないあーちゃんに対して頬っぺたを膨らませる美香。腹いせだろうか、ハンバーガーを乱暴にかぶりついた。
「むーっだ! せっかくもう一口あげようと思ったのに」
「くれるの?」
「いーだ! イジワルなあーちゃんにはあーげないっ……誤ってくれるならあげても良いけど?」
断ってしまうと三日はふてくされてしまうのが美香の特徴である。そのことを知っているあーちゃんは必然的に肯定するしかなかった。
「わかったよ、ごめん美香。だからもう一口ください」
ふざけた時代劇っぽい口調で、
「よかろう、ではこの食べかけを進呈してあげようぞ」
と偉そうにハンバーガーを、あーちゃんの口元に持っていく。機嫌が直るのが早いのも美香の特徴である。
美香が「はい、あーん!」とさっきと同じ要領で渡そうとする。
あーちゃんが見つめるハンバーガーは、半分以上美香の歯型になっており、丸みの帯びていたフォルムは見る影もなかった。
――キスになるのかな……
小さく、あーちゃんの口から洩れる。
そして一度、平静を装い。美香が食べた部分を食む。
食べていると。えへへー、と美香が笑顔を見せる。
あーちゃんは美香を見ていると、なぜだかギトギトした油が、ハチミツのように甘く感じた。