君と俺(掌編・新作)
「ねぇ、歌って?」
電話越しに聞こえるのは、俺が愛おしくて止まない甘ったるいチョコレートのような声だ。
またか、と思いながら言葉を少し濁してみる。
「んー……」
電話の向こうの君がどんな顔をしているかなんて、すべてお見通しで、けれど、すごく恥ずかしいんだよ。
それなのに君は絶対に、歌わなくていいよ。とは、言わない。
初めて思わず電話越しで、綺麗な音が聞こえる、と言われたそれに、何気なく口ずさんだ俺の歌も声も、もっと、もっと、なんて言われるとは思ってなかった。
本当は恥ずかしくて、誰にもしたことないのに、君があまりにも嬉しそうに笑うから。
上手いね、もっと聴きたい。って、俺を『認めて』くれるから。
「何でも良いよ」
悩んだ雰囲気を崩さない俺に君は、ただ、他に何も含まずに期待だけを込めて、いつも、呟く。
どんな歌でも良いから。
どんな歌でも聴くから。
どんな歌でも好きだよ。
本当にそうなのか、少し疑いながら、少し不安を感じながら、少し怯えながら、それでも、君が喜んでくれるなら、俺を『認めて』くれるなら。
布団の中の湯たんぽを足で弄りながら、口を開く。
何を歌おうか迷いながら、今、君が聴きたいのは、嬉しくなるのは、楽しくなるのは。
幸せになるのは、これじゃないかって、君だけにしかしない歌を電話越しに届けよう。
それで君が喜んでくれるなら、幸せになってくれるなら、側にいるのだと感じてくれるなら、生きる希望を見いだしてくれるなら、何度でも、君が望む限り歌うよ。
だから、もっと、俺だけを見て。
だから、もっと、好きになって。
だから、もっと、俺を認めて。
だから、もっと、俺に甘えて。
「やっぱり上手いね」
君は時に笑いながら、時に黙ったまま、一緒に歌いながら、そうやって、俺をちゃんと『認めて』くれる。
あまえてくれればくれるほど、嬉しいんだ。
嬉しくて、嬉しくて、たまらなくなる。
本当に俺を好きなんだと、何度も、何度も、君が真っ直ぐに俺を想ってくれるのが、幸せで、幸せで、たまらない。
俺は自分の気持ちにも、君との関係にも、自信がなくて、すごく鈍感だから、まだ、本当は少し怯えている。
でも、君が好きだ。
君を本当に愛してる。
ずっと一緒にいて。
君の言うそれに、どれくらい応えられるか分からないけれど、君が俺を『認めて』愛してくれる限り、俺の心は冷めないよ。
だから、何度でも、何度でも、君が歌をねだる時。
君がそれだけで俺を、もっと、もっと、もっと、もっと、好きになってくれるなら。
上手いね、もっと、聴きたい。って、誉めてくれるなら、好きになってくれるなら、愛し続けてくれるなら。
俺は君が望む限り、君が聴きたいであろう、俺の歌を、歌い続ける。
だから、ずっと、ずっと、ずっと、一度も俺が君を疑う事の無いように、真っ直ぐに、俺だけを見続けて。
全部、願望です、マジで。