君とあたし(掌編・新作)
「ねぇねぇ」
電話越しに思わず呟いた呼びかけに、君はいつもと何にも変わらない声で、いつも同じように答えてくれる。
「ん?」
少し低く、けれど、あたしの耳には優しすぎて甘すぎる、変わらぬ返答に、顔が蕩ける様に笑顔になるんだよ。
どんな顔、してるんだろう。
いつもの優しい、あたしを見つめる目をしてくれているだろうか。
そんな風に思いながら、小さく聞こえないくらいに、小さく息を吐いて口を開く。
「あたしの事、好き?」
いつもよりずっと、きっと、甘くなってしまっている声で聞いたそれに、君はいつも、いつも、いつも、何度も何度も、何十回も、すぐに返事をしてくれるね。
「好きだよ」
君のその一言が、どんなに嬉しくて、心強くて、あたしの心が満たされていくか、どうやって伝えたら良いか分からなくて、いつも、いつも、いつも、いつも、何度も、何度も、何も変わらない返事をしてしまう。
「知ってる」
それに、君はすごく嬉しそうに、声を抑えて笑ってくれる。
ふふって、小さく笑うそれが、あまりにも、幸せで、幸せで、嬉しくなる。
だから、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、あたしの心を満たしたくなってしまって、聞いてしまうんだ。
「おしまいに、する?」
笑ったまま、楽しげな雰囲気のまま、聞けば、君はいつも少し迷ってから、同じ答えをくれる。
「しないよ。したくない」
そのたった数秒の間が、本当は怖くて聞いた瞬間に、聞かなかったら良かったって、後悔してるんだ。
したくないのは、あたしの方なの。
何度も何度も、口にしたけれど、手放したくないの。
ちゃんとあたしを見てくれる、君を、世界で一番大事な、君を、手放したくない。
「ほんと?」
でも、怖くて。
今まで、何度も、何度も、何度も。
別れと出会いを繰り返しているから、怖くて。
今が、あまりにも、辛すぎて。
思わず聞いたそれに、本当は、鼓動が速くなってしょうがない。
君はそれには、一瞬の間も置かず、いつも、同じ答えをくれる。
「ほんと」
ああ、よかった。
ほんとに、よかった。
そうやって、いつも、思ってるんだ。
ほっと吐き出したため息は電話越しに伝わっているのかな。
君と『一緒』に居る、全ての時間が大切で、大切で、大事で、嬉しくて。
幸せで仕方ない。
でも、本当に悪いって思ってるんだ。
いつも甘えてばかりで、本当に、悪いなって思ってるんだ。
だから、幸せにしてあげたい。
だから、幸せになってほしい。
だから、幸せを噛み締めてね。
ずっと、ずっと、一緒に居て欲しいのは、あたしの最大の我侭なんだと思う。
いつか。
いつか。
いつか。
そんな日が来るとは思って居ないけど。
そんな日は来て欲しくないけれど。
あたしと、君が、『おしまい』にする日が来ても。
『おしまい』にしようと、二人で、納得出来るくらい、お互いが『一緒』に居なくても大丈夫なくらい幸せになる日が来たとしても。
その時、ずっと一緒に居られなかった、なんて、後悔しないで。
あたしは、もう、十分、『ずっと一緒に居て』くれてると、思ってるんだ。
君に逢えてよかった。
君を知れてよかった。
君を好きでよかった。
君を愛してよかった。
あたし、何にも、後悔しないよ。
一生、絶対、一回も、君に出会えた事を後悔しないよ。
だから、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、君があたしを要らないという日まで、どうか、側に。
側に。
一番、近くに。
居させてください。
普通の恋人の会話を書いてみたくて。
好きで溢れている二人の会話ってこんな感じだろうな、て。
好きだよ、の一言は、とても偉大な言葉なのだと思う。