餃子(掌編・旧作)
餃子を包んでいた。
その時、ちょうど、餃子を包んでいたのだ。
丸い白い皮に、具をへらで乗せて、半分だけ皮のふちに水をつける。
えいっと、皮を具にかぶせて、あとは上手く包んでいく。
もう1時間程続けていて、目の前の大皿には餃子が山盛りだった。
今夜は餃子にしようって思った。
昼間見たテレビで餃子を作っていたから。
わくわくしながらスーパーで材料を買った。
何の変哲も無い午後。
夕暮れの春。
窓を開けたまま、テーブルに座って。
餃子を包んでいた。
外からは子供の遊ぶ声と、近所の人が叩く布団の音。
洗濯物を取り入れるかすかな音。
ピンポーン。
不意にドアチャイムが鳴った。
時計は16時を回ったところ。
手をダイフキで拭いて玄関へ急ぐ。
パタパタとスリッパの音。
「はーい。」
隣の奥さんかしら。
宅配便?
セールスマンだったら、どうしよう。
それとも子供が帰ってきた?
少し重い金属製のドアを開けると、そこには、昔の彼。
「…やだ、どうして?」
スーツ姿の彼。
エプロン姿のわたし。
「……どうして、分かったの?」
混乱している私。
混乱している彼。
「いや、偶然だよ。ほんと、偶然。」
彼がはっとして、言う。
「偶然…?え。でも、なんで?」
頭がこんがらがる。
よく、分からない。
化粧もしてないで、もう、すっかり主婦の顔で。
昔の彼に問いただす。
「いや、今日は、商品の説明に。」
彼は顔が赤くなり始めた。
昔からこの人は変わらない。
緊張すると赤くなる。
「商品…?え?セールスマン…?」
「そう。セールスマン。」
「…あ、うん。」
「…うん。上がってもいい?」
「え…。あ、ううん。家は結構です。」
なんと、間抜けな会話だろう。
お互いなんとなくペースが戻らず。
昔のペースでも、今のペースでもなく。
ただ、よそよそしかった。
「じゃあ、あの、パンフレットだけでも。」
彼は黒いカバンから薄い冊子を出した。
右上に名刺が一枚ホッチキスで止められている。
表紙には有名な女優さんがフライパンを持って笑っていた。
「あ、はい。でも、家は結構ですので。」
わたしはそのパンフレットを受け取って、一応伝え。
がちゃん、と。
ドアを閉めた。
2分後。
わたしはまた餃子を包んでいた。
テーブルの上のパンフレットを見ながら。
割と今の竹野に近い感じじゃないでしょうか。