チョコレート味のキス(掌編・旧作)
チョコレート味のキス
2月14日。
大好きな人も,大事な人も,愛しい人もいない私には無縁の日。
女の子が一番ドキドキするらしい日。
親友のまみが大好きなサッカー部の彼にチョコレートを渡しに行ってる間、私はB棟の
使わなくなった空き教室に忍び込んでいた。
この教室の窓から夕日がきれいに見えた。
机にかぶった分厚い埃を息をふきかけて払って,そこに腰掛けた。
夕日はすべてをオレンジ色に染めて,やがて去って行く。
身体がカクッとなる感覚で目を覚ますと,夕日は既に去った後だった。
慌てて腕時計を見ると20:00とデジタル文字が示している。
「大変」
独り言をつぶやきながら教室を出ようとしたら,隣で誰かが寝ている事に気付いた。
暗がりで見えない。
しょうがないから,親友の名を呼んでみる。
「まみ?」
返事はない。
「置いて帰るよ。」
返事はない。
もしかしてほかの人かもしれない,と思って目をこらしてみる。
女とは違う頭。
女とは違う肩。
女とは違う腕,足,肩幅・・・。
もっとよく目をこらす。
知ってる人のようだった。
「だれ・・・?」
声をかける。
返事はない。
そっと顔をのぞきこんでみると,同じクラスの友達のアキラだった。
アキラはクラスの中でも人気者で,今日もチョコレートをかなりの数でもらっていた。
席が近いという事もあって,話すことも良くあり,いい友達だ。
「・・・アキラ?!」
アキラは呼ばれた事に気付いてむくっと起きあがった。
「何してるの?こんな遅い時間に。」
「ふあぁ・・・。さとみこそ寝てたんだろ。それと同じだよ。」
「それと同じって・・・どうしてここで寝てるのよ。」
「どうしてって・・・入って来たらおまえが寝てただけだよ。」
「・・・。そう・・・。じゃあ私,もう帰るね。」
「・・・、ちょっとまてよ。」
「・・・なによ。」
「お前さぁ,誰かに・・・チョコとかあげたの?」
「・・・。どうしてそんな事言わなくっちゃいけないのよ。」
「いいじゃん,教えろよ。」
「・・・あげてないわよ。」
「・・・そっか。」
奇妙な沈黙が訪れた。
2人とも電気もつけてない教室で月と星の明かりだけで話しているから。
「お前さぁ、好きなのとかいないの?」
「・・・関係ないじゃない。」
「関係あるよ。」
「は?」
「俺がお前のこと好きだから。」
「・・・は?」
「だからー,俺がお前のこと好きなんだよ。」
アキラは照れくさそうに髪をかきあげた。
「そ,そんな事急に言われても・・・。」
「お前は?」
「へ?」
「お前は・・・俺の事どう思ってんの?」
「わかんない・・・。」
アキラはもらったチョコレートを口に入れた。
それからゆっくり立ちあがり,私のほうに歩いてきた。
「じゃあさ、俺の事好きになるようにおまじないしていい?」
「へ??あ、うん、いいよ。」
私はアキラの口からおまじないなんてかわいい言葉が出てきたのと,急に接近してきた
ことにびっくりした。
アキラは私の腕を掴んでゆっくり引き寄せた。
その力強い腕で私を抱きしめた。
それから、私の顎を少し上に向けさせると自分の唇と私の唇を近づけた。
私は動けなかった。
拒絶する事も出来たのに,動けなかった。
アキラの舌が私の唇を開けさせ、甘く,ほろ苦い液体がアキラの唇から流れ込んでくる。
チョコレートだった。
目を閉じてしまった。
すべてをアキラにまかせてしまった。
麻薬のようだった。
長い長い時間に思えた。
アキラは口をそっと離した。
腕もそっと放した。
「それじゃあ,明日な。」
アキラは何事もなかったかのように私を校門まで送り,いつものようにそう言った。
アキラとは帰り道が逆だったので,そこで別れる事になった。
帰り道、アキラのことばかり考えていた。
私の中はアキラでいっぱいになった。
おまじないは確かに効いていた。