お風呂(掌編・旧作)
誰かと一緒にお風呂に入ったのって,いつが最後だったかなぁ。
ミサキは湯船に浮かんだアヒルをつついた。
初めての恋人と,初めてラブホテルに行くとき,約束させた。
『お風呂だけは一緒に入らない』と。
そうしたら渋々承知してくれた。
だってあの時は,誰かとお風呂に入るなんて,ちょっと気持ちが悪かった。
銭湯は好き。
一緒にお風呂に入ってる人は,みんな他人だけど知らない人だから。
でも,恋人は違う。
他人だけど,よく知ってる人。
2番目の恋人は,一緒にお風呂に入りたがった。
お風呂に入っていると,乱入して来た。
だから,別れた。
今年の夏に出会った人は,何もかも自由にさせてくれる。
コップは透明じゃないといやだと言うと,次に行くときまでに透明なコップ以外はなく
なってた。
だから,お風呂のことを言い出すと,何も言わずに微笑んだ。
「ミサキノスキニスレバイイヨ。」
アヒルはつつかれた衝撃で,くるりと反転した。
ヒノキの香りの入浴剤が,からだの奥まで浸透する。
あの人なら,一緒に入ってもいい。
そう思った。
おおきくのびをする。
お風呂から上がって,冷凍庫の中から冷たい氷を1個取り出し,口に入れる。
明日,誘ってみよう。
一緒にお風呂に入りませんか。って。