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パーフェクト(掌編・旧作)

 僕の姉はパーフェクトだと思う。周りの誰がどう思っていても、僕は、そう思っている。姉は少し太っていて眼鏡を掛けている。恋人もいないし、勉強もそこそこ。甘いものもバクバク食べて口を大きく開けて笑う。化粧はそれなりにしかしてないし、流行モノにも飛びつく。つまりは同じ年の女の子と同じ今時の女子高生なのだ。


 でも数年前までは違っていた。

どんな風に違っていたかっていえば、美少女だった。今みたいに太っていないし、眼鏡じゃなくってコンタクトだった。僕はまだ小学生だったけれど、中学生の姉を見ればドキドキした。声を荒げて僕を怒る事もなかったし、母さんや父さんにキレる事もなかった。勉強だって学年で10位以内に入っていて、学区内の一番の高校だって入れるって先生に言われてたって、母さんは言っていた。笑う時だって今より品がある笑い方をしていたと思う。それに他の女の子とは違う所を見ていた。可愛い物にも興味が無くって、芸能人だって詳しくなかった。


 姉さんが中学3年生の3学期の時学校に行くのを嫌だと泣いていたのを僕は知っている。出席日数が関係するからって母さんが怒っても、朝起きた姉さんはパジャマのまま頬を涙で濡らしていた。僕は姉さんの部屋のドアがほんの少し開いてるのを、自分の部屋からランドセルを取りに行く時に覗くくらいだったから母さんと姉さんの会話の内容は分からないけど、そんな状態は2週間続いた。

それでも姉さんは学校に行く事は無かった。高校は受かっていたけど、そこにも行きたくないって言っていた。

僕はすごく失望した。


 それからしばらくしたら姉さんは何も無かったかのように部屋から出て、学校には行かずに一日中リビングにいるようになった。

僕は姉さんと口を利かなくなっていた。僕の反抗期が始まっていたのかもしれない。

学校から帰ると用意されているおやつを食べてる時も目を合わさなかった。一度そっと姉さんの顔をみたら廃人みたいな顔をしてぼーっとドラマの再放送を見ていた。目が死んだ鳥みたいだった。


 ある日を境に姉さんはよく笑うようになった。そしてものすごい量のお菓子を食べるようになった。何もしない姉さんはだんだんと太っていった。その頃には母さんも何も言わないでただ姉さんのしたいようにさせているみたいだった。だから僕に母さんはその分口うるさくなった。


 「卒業式くらいは行きなさいよ」

母さんがそう言ったのは2月の終わりで今年最後になる鍋をみんなで囲んでいた時だった。みんなが沈黙する中、姉さんはテレビから目を離さない。父さんは居心地が悪そうにビールを仰いだ。僕はカニを鍋からちょうど箸で持ち上げた所で、驚いたせいでカニを落とした。土鍋から飛沫が飛んで母さんが嫌な顔をした。それでカニをあきらめて白菜を取った。

 「聞いてるの?卒業式くらい行きなさい」

テーブルに落ちた飛沫を布巾で拭きながら母さんがもう一度言う。

姉さんはやっと顔を母さんに向けて頷いた。

 「でもスカート入らないかも」

 「直してあげるわよ。出しときなさい」

 「・・・・・・・・・うん。」

その後は鍋がぐつぐつ言う音だけが聞こえた。みんなぼそぼそと自分の分を食べて早々と引き上げた。


 姉さんの卒業式の日、学校が休みだった事もあって一日中ごろごろして過ごした。姉さんが3学期の間ほとんどを過ごしたソファの上に座ってテレビを見る。姉さんはこの部屋で何を考えていたんだろうって考えた。そんなの僕が分かるわけなくって、テレビも熱中して見るほど面白いわけでもなくって、いつの間にか寝てしまった。

 僕は誰かが毛布を掛けてくれる雰囲気で起きた。目を開けると姉さんがいて、ちょうど僕に毛布を掛けた所だった。

 「起こしちゃった?ごめんね」

本当に久しぶりに姉さんは話しかけてきた。その声は昔通りやさしかった。

 「ん・・・・・・・・・。母さんは? 」

 「買い物。今日は鯛にするって」

起き上がる僕の隣に姉さんが座る。ソファが沈んだ。

 「ふーん。卒業式は? 」

 「・・・・・・・・・終わったよ」

薄暗いリビングで姉さんの横顔を見た。何かすっきりしたようなそれでどこか寂しそうな顔だった。

今なら聞けるって思ったのか僕の口から言葉が自然に出た。

 「どうして登校拒否したの? 」

姉さんは瞬きをゆっくり何回かして床に敷いてある絨毯の模様を見つめながら言った。

 「私ね、イジメられてたんだ」

 「え・・・・・・・・・? 」

姉さんが?まさか。

僕は何も言えなくって俯いた。ぎゅっと唇をかみ締めた。もしかしたら泣いていたのかもしれない。

それくらい悔しくて許せなかった。イジメた奴らも気づかなかった自分も言ってくれなかった姉さんにも。

姉さんは全部お見通しって感じで僕の肩に手を回した。

 「ごめんね、直にも言わないで、心配かけて。でももう大丈夫。ちゃんと高校では上手くやるから」


 姉さんは高校に毎日元気に通っている。

眼鏡をかけて鞄にキーホルダーをいっぱいつけて、お菓子と化粧道具と雑誌を持って教科書は置いてきている。姉さんの携帯は家に居てもしょっちゅう鳴っている。メールを打つのだって早いし、ドラマだって見る。新譜は欠かさず借りてきてMDに落として聞いている。

でも本当は家に帰れば昔の姉さんに戻る。

毎日欠かさず勉強する。

それなのにこの前のテストでは赤点をいくつか取ってきた。

姉さんの得意なはずの数学と化学。


 姉さんは本当にパーフェクトなのだ。

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