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空色のスーツ(掌編・旧作)

あなたは奇跡を信じますか?



いつもの時間に、駅について、乗り換えをするために隣のホームに行った。

たくさんの人がいるなかで、私の存在なんて、きっと、すごくちっぽけで、きっと、誰の意識の中にものこらないんだと、思う。


私もそうだし、だから、他人もそうだと思う。



でも、私は、今日すごく印象的な……人に出会った。



それは階段を上がって目の前にあるベンチ…というか、電車を待つために並んで備え付けられた水色の椅子を見たときに目に飛び込んできた。


女の人が、一人、座っていた。

水色のスーツを着て、ウォークマンで音楽を聴いて、向こうにずっと列になっているホームをじっと見据えている女の人だった。


その時に初めて見たのに、私には、なんとなく、限りなくなんとなくだけど、その人がそこでもう何時間もずっとそうして向こうを見ていることがわかった。

なんとなく、だけど。


夕方だったし大きな駅だった。

だから、人で混雑しているし、階段に立っていられるわけがないのに、いちゃいけないのに。

私は動けなかった。

その人が余りにも不思議だったから。



電車が何本も過ぎて、ホームの電灯が夜に目立って、人が少なくなって、酔っ払いが多くなってもその人は動かなかった。

動かないっていうのは、こういう事なんだって、理解させられるくらい、本当に動かなかった。

私も相変らず階段に居て、後ろから来る酔ったサラリーマンに怒鳴られたりしてた。



その時。

正確に何があって、どんな人が居て、何時だったのかわからなかったけど、その時。

その人の顔がこちらを初めて向いた。

私を。

私の向こうを。

じっと見つめた。



私も。

初めてその人の横顔以外の顔を見た。

なんて嬉しそうに笑っているんだろう。



後ろから何人も人が来て私を追いぬきホームに並ぶ。

その人の前にも人が並んで、並んで、その人の視線は最後に並んだ人に向かった。



女の人は、おもむろに立ちあがり、最後に並んだキナリ色のセーターを着た男の人にそっと抱き付いた。


それは本当にゆっくり、やさしく、守るように、包むように。


背中におでこを当てて、頬をつけた。

愛しそうに。

すごく、愛しそうに。


多分一瞬だったんだと思う。

でも、すごく長く永く感じて、私は瞬きも出来なかった。



そして電車が何かを壊すようにホームに滑り込み、がやがやとアナウンスが流れ、人が降り立ち、列が動く。

男の人も電車に乗り込もうと動き、女の人の腕をすりぬけた。

何もない空気のように。


女の人は背中だけを見送り、電車のドアが閉まり、走り出すと同時に消えた。




私は今日のことを忘れないと思う。

多分、人に話しても、笑われるだけだろうから。

それでも一人でずっと、忘れないでいてあげたい。


彼女が起こした小さな小さな、奇跡、を。




その晩のニュースでは彼女が死んだことを、キャスターが淡々と伝えていた。


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