こんばんは、上司です
「<奈落の迷宮>は10階層の構造をしており、各階層の最奥を守護者が守る。
この“10階層”というのは、“10階建ての迷宮”と言う意味を示さない。
迷宮内部が10のユニットに区分けされた、多重階層構造である事を表している。
1つのユニット内は、時に上下のフロアに跨る通路が存在しているが、
他のユニットに踏むこむことは決して無い。
例えば、97階から98階へと進みたい場合は、一度95階まで登り、
そこから下へ降る通路を使わないと、進めない構造になっている。
しかし100階から101階以降に跨る通路は存在しない。
100階以上と101階以降は、それそれ別々の階層ユニットになっているからだ。
そしてそのユニットが縦に10個連なり、最下層にある創造主の居住区を含めると、地下1000階もの深さを持つ巨大迷宮が、<奈落の迷宮>なのである。
正に<奈落>の名に相応しい迷宮と言えよう。」
「──ええ、そうですね。 でもそれ、もう知ってますよ?」
どうしちゃったのアルクさん、子供扱いしたから、いじけちゃったの?
「君の独り言に倣って、ちょっと言ってみただけだ。それより、準備はできてるか?」
「主様…すっかりユマリアに毒されてしまって。何とお労しや…」
テオドーラが『よよよ』と、演技掛かった声で泣く。
あとなんか刺のある事を言われた気がする。
そんなことを言ってると、仕返しに、お持ち帰りしちゃうぞ?
「準備というほどのものはありませんけど、覚悟は完了しています」
私は腕を組み、敵がやってくる扉を見据えつつ答える。
「よし、では行って来なさい」
「ノー。ここで待機です」
「えっ」
「あ、そうだ。アルクさん、部屋の明かりを消して下さい。『いつも通りのこの部屋』を演出したいので。あと配下の人たちは、戦闘の下準備してるフリをしててください」
私としては、最初はこのテオドーラの部屋から攻撃をしたい。
管理人の私としては、伯爵も彼女も公平に扱うべきなんだろうけど、『今回の件に限ってはテオドーラの側につきますよ』という、意思を示すためだ。
ここでテオドーラの部下たちと一緒に、鬨の声をあげてから、ワンマンアーミーよろしく一人で突貫するつもり。私はテオドーラとその配下の代役をするのだ。
「なんでも伯爵さんは、テオドーラの同意なしで攻めて来たらしいじゃないですか。伯爵さんもテオドーラも、同じ職場の仲間ですよね? 私としては、職場がギスギスするのは好きじゃないので、こういう事は、せめて相手の同意を得てからやって欲しいと思っています。だから──」
「だから?」
「伯爵さんを一度、フルボッコにしてきます」
「ふむ…そうか、分かった。戦い方は問わん、好きに戦うといい」
「伯爵と私は、職場の仲間…だった…のか?」
“伯爵”というから、吸血鬼なのだろうと頭に思い描いていたけど、伯爵さんとその配下は悪魔らしい。
<奈落の迷宮>からの情報を再確認して、種族名を見て初めて知った。
伯爵さんの種族は悪魔。<悪魔伯爵>グナエウスという。
アルクさんの話によると、悪魔たちは魔法で召喚された精霊たちと同じで、この世で死んでも“元の場所”に帰るだけで、完全に死ぬわけでは無いとのこと。
それなら遠慮なく、容赦なくやれるのだ。
迷宮内での彼らの動きは、今も<奈落の迷宮>が詳細を教えてくれている。
彼らの作戦は、丸見えだ。戦略上のミスはない。もはやイージーミッションである。
戦場での凡ミスさえしなければ、勝利は目前である。
後は変なフラグが立たないよう、祈るだけだ。
やがて扉が静かに、ゆっくりと、少しだけ開く。
その僅かな隙間から、20体の下級悪魔たちが闇に紛れて部屋の中へと、順番に忍び込んでくる。気配を殺し(ているつもり)の下級悪魔たちは、上官に指示されたのであろう手順通りに、手際よく入口側の両隅に10体ずつ待機して身を潜めた。
それから一呼吸した後、いきなり扉が大きく開く。
入り口から15体の悪魔が一斉に突入してくる、中央には悪魔将軍が、その後ろには悪魔騎士たちが控える。
「フハハハハ! はじめましてだな、<死霊の王>よ! 今宵は、お前が冠する第九階層守護者の地位を、我らが伯爵様に捧げて貰うぞ!」
将軍さんが高らかに口上を述べてきたよ。んんんー?
私の予想では、悪魔たちは現代の軍隊が市街で戦うみたいに暗闇に紛れて、攻撃魔法をぶっ放してくるはずだったけど、実際の下級悪魔が放った魔法は、<照明>の魔法だった。
魔法で将軍と騎士たちがライトアップされ、暗い部屋の中に浮かび上がる。
こんな部下を率いてる伯爵さんは、もしかして愉快な人なのだろうか。
何か思っていたのと違う展開になりそうだなと思いつつも、深くは考えずに先ずは10本の<魔力の槍>を全て悪魔将軍に命中させる。今際の言葉は「えっ」だった。
続けて、ありったけの<魔法の矢>を放ち、悪魔騎士たちも瞬殺する。
なお、<魔法の矢>の正確な本数は覚えていない。500から先は数えていないからだ。
いきなり上司が昇天したのを見て、呆気にとられていた下級悪魔たちも、追加の<魔法の矢>で後を追わせる。これで先発部隊は終了だ。
悪魔って死ぬと、肉体は残らないんだね。将軍の体が霧散すると共に、装備品だけが残り、床に転がり落ちた。
元の世界に帰った時は、彼らはきっと全裸なんだろう。
公然猥褻罪で逮捕されないことを祈る。
シンと静まった部屋の中で、悪魔たちの残した兜の、転がり続ける音だけが響く。
「よーし、先ずは一勝!」
『ちょっとやり過ぎたかもしれん』と思いつつも、右腕を突き上げ、声高に叫ぶ。
かなりオーバーキル気味にやっちゃったので少し気が引けたが、彼らは後で再召喚さえすれば、再びこちらに帰ってこられる。
呼び出す役目は伯爵さんに任せるけれど、再召喚に必要な魔力を私が手助けすれば、あまり心を痛めずに済みそうだ。
「「「うおおおおおおお!」」」
私の宣言に応えて、テオドーラの配下たちが一斉に鬨の声をあげる。
声を上げたのは肉体を持つ上級アンデッドだけで、スケルトンはカタカタと顎の骨を鳴らすだけだったけど、頑張って剣と盾も同時にガンガン叩いて鳴らしてくれた。
「では、首魁を狙いに行ってきます!皆はここで待っててね!」
右手をシュタッと上げながら、私はその場から足早に去る。
テオドーラが青ざめた顔で、呆然と私の事を見ていたからだ。
私もちょっと将軍たちには悪い事したと思っているから、そんな顔で見つめないで欲しい。
テオドーラの部屋を少し進んだ所にある、広い通路を犇めくように、伯爵の本隊が集合している。
その数、ざっと500名。あれは一人でも転んだら、大変なことになると思う。まあ、でも仮にも悪魔だし、圧死はしないだろう。
あの通路の奥にある小部屋に<悪魔伯爵>グナエウスさんが居るはずだ。
たぶん悪魔将軍たちに先陣を切らせ、戦況が動いたら一気に突入し、後は数で押して勝利する予定だったのだろうな。
テオドーラの本陣は、スケルトンも含めて約100名、五対一ならまず負けまい。
でも、悪いけれど、今回は勝たせてあげないよ。
私は<魔力障壁>の起動準備を終えた後、残り全ての基本機能を一つ一つ起動させながら、敵の本陣へと向けて、ゆっくりと歩き出した。
「何だ貴様は? テオドーラの配下ではないな? 何故こんな所にいる?」
「おい、止まれ!貴様、何者だ!」
本陣の見張りに呼び止められるが、歩みを止めずに進つつ答える。
「こんばんは、貴方の上司の上司です。今日は説教をしに参りました」
そう告げた直後、私は最後の基本機能である<魔神の吐息>を、悪魔の本陣の一切を薙ぎ払うべく解き放った。
ユマリアの第七の機能、「魔神の吐息」の能力はアレです。
薙ぎ払えー!と言いたくなるようなビジュアルです。