敵が来ましたよ?
ドライクのいた部屋を抜け、上へと目指して、とぼとぼ歩く。
アルクさんと歩く。ふふ、オヤジギャグだ。
管理人として作られた私や、迷宮の造り主であるアルクさんは、迷宮内ならば自在に<転送>で移動できる。だから本当は歩く必要はない。
とは言え、それは私の能力じゃなくて、この<奈落の迷宮>の能力だ。
この迷宮は全体が一体の巨大なゴーレムのようなもので、そのゴーレムに対する限定的な命令権限を、私はアルクさんから与えられた。
これにより<転送>を始めとした<奈落の迷宮>が持つ基本機能のいくつかの起動権限を、私も扱えるようになった。
そして私が使えるようになった権限の一つに<奈落の迷宮>の人工知能の把握する、迷宮内の情報を参照できる<|情報閲覧《データサーチ>がある。
しかしこれは液晶画面に映る、ダンジョンのマップを眺めている感覚に近いため、この迷宮の具体的な大きさが判らず、迷宮内での出来事を上手くイメージできずに居た。
だからアルクさんにお願いして、少し歩かせてもらっているのだ。
それで実感したのだけれど、この迷宮は部屋も大きいけど、通路も大きい。
部屋も通路もサイズは必ずしも一定ではなく、一般的な日本の民家よりも大きいドライクが通るのは無理なくらい狭くなっている所もあるけれど、殆どの通路は10メートルくらいの幅がある。
これだけ広いと<照明>の魔法で照らしてみても、明るいのは手元だけ。光が闇に吸い込まれてしまって、遠くまで見えない。
通路だけでもこんなに広い。部屋なんて体育館数個分の大きさを持つ場所すらある。その上100階分を一つの階層に見立てて、それが10階層。合計1000階もの構造を持つ、巨大な迷宮の形をしたゴーレムなのだ。
まさに<奈落の迷宮>だ。
…歩いている内に、歩くの飽きた。この迷宮、めっちゃ広いです。
「よし!次、行きましょう次!次の守護者は何でしたっけ?」
「次の階層守護者は“死霊の王”だな」
「リッチですか…」
「金持ちではないな、どちらかと言うと清貧な奴だ」
オヤジギャクで返された。と思ったけど、本気で言ってるみたい。
リッチというアンデッド系は、この世界には居ないらしい。
<奈落の迷宮>の情報を参照してみると、確かに次の階層守護者はレヴァナントという種族名だった。『称号』も<死霊の王>だ。
レヴァナント…私が知らないだけかもしれないけど、日本では聞いたこと無いモンスターだな。
しかし、死霊の王ですか。
吸血鬼じゃないみたいだから、やっぱり骸骨ヅラしてて、きっと魔法主体の敵だろう。どうやって倒そうか、やはり魔法を封じて物理で殴るのが定石かな。
そんな事を考えつつ、私達は次の階層守護者が居る部屋の前に跳んだ。
「スタジオのみなさ~ん、私はいま、レヴァナントさんのお宅の前に来ています」
「君の独り言は、本当に意味がわからないな…」
アルクさんの呟きは無視して、私は部屋の扉をノックする。
しかし返事がない。ただの屍になってるのだろうか。ドラゴン討伐のクエストも遂行したしね。
石造りの扉だから、ノックの音は部屋の中には届かないのかも?
扉を壊れんばかりにノックしてみた。けど、返事は帰ってこない。
いま居る場所は地下900階、第九階層最後の部屋の後ろ側。ドライクが守護する最終階層へと続く側の扉の前だ。
上から下へと降り進むダンジョン的には、第九階層の守護者を倒した後に開く、いわば裏口。あるいは勝手口と呼べる場所だろう。
勝手口なら勝手に入っても構うまい、大きな扉をギギギと音を鳴らしながら開ける。
入り口から部屋を覗いてみるが、中には明かり一つ見当たらない。完全な暗闇だ。
「こんにちは~。何方か居ませんか~?」
居るのは判っているけど、聞いてみる。しかし、やっぱり返事がない。
仕方がないので部屋に入ると、大量の殺気が私たちを、いや私だけを取り囲んだ。
「何者だ?」
暗くて全く判らないけど、殺気を放つ連中の後ろから声がする。もう一度<奈落の迷宮>の情報を参照してみて、この声の主が第九階層の守護者。<死霊の王>さんだと判った。
「えー。この度、ここの管理人になりましたユマリア=カムイソルナと申します」
「そうか、ならば良い。委細承知だ、これからよろしく頼む」
「あっ…はい。よろしくです」
良いのかよ、戦わなくていいの?
「ふむ。 テオドーラよ、何かあったのか?」
アルクさんが、創造主だけが持つ権限を使って<奈落の迷宮>に命じ、この部屋全体を明るく照らす。その権限いいなあ、私も欲しい。
部屋の中には隊列をなしたスケルトンが大量に居た。但しこちらに背を向けている。
骨の戦士たちは、上の階層へと続く側の扉に剣を構え、臨戦態勢になっていた。
血の気のない青白い肌の者たち、アンデッドの上級種の一部だけが、私を値踏みしながら取り囲んでいる。目だけでエナジードレインされそうで、視線が痛い。
そこへ骨だけで出来た大トカゲが、のしのし歩いてくる。
骨トカゲの背には一人の少女が乗っていた。この人が、いや、この娘さんが死霊の王>テオドーラさんか。
色白だけど血色も悪くないし、とてもアンデッドには見えないな。
しかもかなり可愛い、お人形さんみたいだ。私より背は少し低く、金髪ロングの正統派美少女だ。
ただし目が真っ赤に光っている。もしかして貴女、アルクさんが明かりを点ける前は目を瞑っていたね?
彼女は骨トカゲから『よいしょっ』と言いながら降りてくると、アルクさんの前まで来てから恭しく傅いた。
「また戦争ですよ、主様。先日、伯爵が久方ぶりに尖兵を送って来ました。まあ、返り討ちにしましたが」
「またか…」
「ん? 戦争って、どういうことです?」
「階層序列の抗争だよ、ユマリア=カムイソルナ。第九階層守護者の座を狙って、第八階層の伯爵が、益体もないことに私へ戦いを挑んで来たのだ」
「この上の階層守護者は血の気が多くてな。全然人間も来ないし、暇だから戦う場所が欲しいというから、面倒臭くなって『じゃあ他の守護者と戦えば?』と私が
「つまり、アルクのせいで戦争になってるんですね」
「結果的には、そういう事になるが…主様に些か無礼ではないか?ユマリア=カムイソルナよ」
不服そうな顔で、私を睨む。
「“ユマリア”でいいです。“ゆま”でもいいですよ?ええと…テオドーラ、さん?」
「ゆまではない。“ユマリア”だ、テオドーラ。略称は許さん」
「…? 承知しました主様。ではユマリアよ、私にも敬称は不要だ」
「わかりました。 で、相手が自分の主だろうが何だろうが、時には苦言を呈するのが、良い部下というものだと私は考えます」
「だが一度主人と決めたからには、その方に付き従うのが私の性分であり本懐だ。私はユマリアとは正反対だな」
「いやー、まあ。貴女はそれで良いんじゃないですか?」
「良いのか?同じ主に仕える者として、私にも苦言を呈するのかと思ったが」
意外そうな顔をされた。確かに社長の周りがイエスマンだけしかいないと、社長が間違っていても軌道修正できなくて困るけど、逆に従わない連中ばかりでも、社長が全体の主導権を握れず、『船頭多くして船、山に登る』になるんですよ。
「『全員が同じやり方で動く』のが良くないんです。お父さんが子供を叱る役なら、お母さんは慰め役に回るのが、子供を叱る時の良い方法だと思うんですよね。全員が私みたいだったら、アルクはきっと拗ねちゃうでしょ?」
「私は子供か…」
アルクさんがしょんぼりする。別にアルクさんが子供とは言ってませんよ?
思ってはいますけどね。それにものの例えです、例え。
「ふふ。ならば、我等は上手くやっていけそうだな?」
凛々しい金髪美少女が、穏やかに微笑む。私も釣られてニカッと笑う。
うーん、可愛いなあ。お持ち帰りしたくらいだ。
「そうですね。同性同士ですし、仲良くして下さい」
「何だ、戦わないのか?」
アルクさんが物足りなさそうな顔をしてる。殴りたい、この不満顔。
「安心して下さい、戦いますよ」
「主様がお望みのようだし、ユマリアがそう言うなら、私も戦うのは吝かでないが…」
「でもテオドーラは戦うの嫌なんでしょ?伯爵とも戦うの、面倒臭そうにしてるみたいだし」
「まあな。元々、私は戦を好まない」
「そこで私の登場ですよ。テオドーラは戦いたくない、伯爵は戦いたい、私は自己紹介をしたい」
「ああ、そういう事か…」
私は上の階層に続く扉を睨みつつ、不敵に嗤う。
「さあて伯爵さん。お望み通り“敵”が来ましたよ?どうぞ宜しくお願いします」