【競演】悠久の時を超えて
競演の参加作品です。今回のお題は「出会い・別れ・再開」のいずれか、という事でしたので、3つ全ての要素を含めてみました。
この物語を読んで、何かを感じでいただけたのなら幸いでございます。
あれから、何年の時が過ぎただろうか。
私には昨日の事のように思い出せるが、今の人達は、それがあったことすら、漠然としかわからないのだろう。
あの時、『彼女』と共に駆けた戦場、それを経験した者も、語り継ぐべき者も、今では少なくなってしまった。
私も、本当ならば忘れてしまいたい記憶の一つであることに違いはない。
なのに、ここへきてしまったのは、きっと――『彼女』と、再び会えると思ったからだろう。
家からそう遠くない場所に、新しく戦史資料館ができた。
そして今日、その開館記念として、特別展が開かれるらしい。
今日一日だけ、本来なら厳重に保管されているようなものが展示されるようだ。
とはいえ、その類の資料を見るのが趣味というわけでもないし、私がそこにに行く理由は無い。
そう、無かったはずなのだが、孫にどうしてもと連れていってほしいと言われ、無理矢理見せられたパンフレットの展示品一覧。それに彼女の名前が載っていたことで、私の考えは変わってしまった。
もう一度、彼女と会える。
この機会を逃せば、恐らくもう二度と会う事は適わないだろう。
もう一度だけでいい。一度だけでいいから、私は彼女に会いたかった。
急に態度が変わった私に、家族は疑問を感じていたが、孫がどうしても、という口実を使い、こうして私はこの場所に来てしまった。
まだ昼前だというのに、既に入り口までの道は大勢の客で埋め尽くされている。
孫の手を離さないようにしっかりと握ると、私は案内係の指示に従って、入り口の門をくぐった。
それまで空から降り注いでいた太陽光は天井に遮られ、人口の光りに切り替わる。
雰囲気作りの為か、会場内を照らすライトは若干暗めに設定されていた。
そして、思ったよりも会場の中は騒がしくない。
客の数に対してこれは意外だったが、展示品の内容が内容なのだし、むしろこれが妥当なのかもしれない。
会場に入ってすぐ、入口の近くで、係員の男性がパンフレットを配っていた。
係員の人が孫を見ると、膝を折って孫の視線の高さに合うよう体をかがめ、にっこりと笑いながら私の分も合わせた二枚のパンフレットを手渡す。
私は礼を言って、一礼しながら孫が貰ったパンフレットを一枚受け取り、会場の案内図を見た。
孫が早く行こうと私のズボンを引っ張りながら催促する。が、私も目的があるのだ。
なるべく孫を待たせまいと、必死に目を走らせながら案内図を凝視する。
と、会場内の一番奥のブース。そこで彼女の名を発見する。
瞬間、まるで彼女と初めて会った時のように、胸が高鳴った。
そう、彼女と出会ったあの瞬間。今でもあの時の事は鮮明に思い出せる。
私がまだ、二十代半ばだった頃。
戦況は悪化し、訓練生だった私まで、前線に駆り出される事となった。
そこで、私たちに与えられた機体……それが彼女だ。
女性の名を付けられた、鋼鉄の翼を持つ兵器。
だが、彼女は人を殺める兵器として十分とは言い難い力しか持っておらず、それ故に当時は死にに行くようなものなど散々言われ、世間は彼女に対して好意的ではなかった。
それなのに、なぜか私の目には、彼女がとても綺麗で、輝いて見えたのだ。
絵画の世界でしか出会えない絶世の美女。もしくは、女神のような存在。
それは、私がまだ若く、戦場を、そして兵器の本質を知らなかったからだろうか。彼女を一目見た時から、不思議と鳴りやまない胸の鼓動を抑えようともせず、私は一時間程、いや、もっとだっただろうか、彼女を見つめていた。
恋、と言ってしまうと変に思われるかもしれないが、私はそれと似たような感情を、彼女に抱いてしまっていたのだ。
そうして、彼女と出会って数日もしない内に、私は前線へと送られた。
命を賭けて戦うなんて、当時の私には到底想像も出来なかったこと。
それでも、彼女だけは傷付けられたくなかった。
だから、私は彼女を傷つけまいと、必死で空を駆け抜けた。
何度も、何度も、命を失いかけるような窮地に立ったこともある。
私が想像していた以上に、戦争とは過酷なものだった。昨日一緒に語り合った仲間が、今日死んでしまう。そんな光景を、幾度となく見続けた。
それでも、私は彼女と共に、戦場を戦い抜いた。
そうやって、数か月があっという間に過ぎ……それは、唐突に訪れた。
終戦。戦いの終わり。
次の飛行に備え、彼女の点検をしていた私は、傍らに置いたラジオからそれを伝える放送を聞いた。
最初の数分は、あまりにも突然すぎることで整理がつかず、彼女のコックピットの中で何もせずぼんやりとしていた。
次第に、周囲からも歓喜の声が上がり始め、そこで始めて、私は戦いの終わりを理解したのだ。
もう、彼女を傷つける敵が来ることもない。その時は、そう安堵していた。だが――
戦いが終わるということは、兵器がもう必要なくなるということだ。
当然、彼女も例外ではない。
私は……それに気づくのが遅すぎた。
終戦の報告から数日もしない内に、故郷へと帰る為の飛行機がやってきた。
何でも、他にもいくつかの基地を回らないといけないらしく、私も含め、パイロット達は急かされながら飛行機に押し込まれ、別れの言葉すら言えぬまま、私も、仲間も皆、彼女達を基地に置き去りにしてしまった。
そのせいで、一人故郷へ戻った後もずっとそれが気にかかり、胸の中でわだかまりが残り続けたまま、私は今まで過ごしてきた。
そして――
私は今、ここにいる。
彼女に会うために。
孫の手を握りながら、私は一歩、また一歩と彼女のいる場所へと近づく。
相手は何も語らない鋼鉄の兵器。なのに、遠い昔に分かれた友人と再会するかのように、私の鼓動は高ぶっていく。
そうして、カメラのフラッシュが眩しいくらいに煌めき、それに照らされながら、沢山の群衆に囲まれた彼女を見つけた。
そこで目にした彼女は、あの時と変わらない美しさを保ち、毅然と佇んでいた。
当時の状態を再現するかのように化粧直しをし、皆の注目の的になっている彼女は、兵器であることを忘れてしまいそうになるほど綺麗で、さながら芸術品のようだった。
私は、手で触れられる距離まで彼女に近づいた。
と、そこで私はあるものに気が付く。彼女の身体に書かれた、所属部隊と何番機か表す印だ。
それが――そう、あの時私といっしょに空を飛んだ、彼女自身だということを示していた。
いつの間にか、私の目からは涙が零れだしていた。
次いで、彼女との思い出が際限なく湧きだし、頭の中が一杯になってしまう。
あのとき一緒に空を飛んでいた彼女達の誰か。そう思っていたのに、まさか私が乗っていた、彼女自身に会えるなど、欠片も思ってはいなかった。
急に泣き出した私を不安げに見つめる孫の顔が視界に入ると、急いで溢れ出てくる涙を袖で拭いながら、無理矢理笑顔を作る。
それを見て孫も安心したのか、再び彼女に目を向けると、新しいおもちゃを買ってあげた時の様に目をキラキラさせながら彼女を眺めていた。
そして、もう一度私の方に孫が顔を向けると、
「かっこいい飛行機だね!」
そう言って、別の場所へと行きたいのか、孫は私の手を引いて走ろうとする。
孫にとっては兵器である彼女も、かっこいい飛行機でしかないらしい。
恐らくは、それ以上に興味もないのだろう。孫は、戦争があったことすら知らないのだから。
私は孫に手を引かれながらも、もう一度彼女の方へ顔を向ける。
もう二度と出会う事もないだろう。だからこそ、今度はしっかりと伝える。
「ありがとう……そしてさようなら。私の、大切な――」