ゆう⇔かつ ~普通に勇者が活躍する話を書けば良いのにね~
『勇者召喚』というものをご存知だろうか。
世界が闇をまとう時。ひしめく魔物たちを統べる存在、即ち魔王が現われ、世界に脅威をもたらした時に行われる、異世界から最強の戦士を呼び寄せる儀式である。
これに対して最近では「自分たちの世界の事くらい自分たちで始末を付けろ」などと言う意見が出始めているらしいが、自分たちでどうにかできるのならわざわざ国をあげてこのように大掛かりな儀式を行ったりはしないだろう。手助けが必要な時に素直に他を頼るというのは、けして悪い事ではないのだ。自分たちだけで何とかできると思い込み、失敗した挙句に他に責任を押し付ける事だって、往々に行われている現実だ。おそらく、そんな事を想像したりもしないゆとりな連中が言い出したのだろう。嘆かわしい事である。
閑話休題。
さて、そういった観点から見ても、この国は真摯な態度で勇者を迎えたと言える。ここモイライン王国は、異世界のこの大陸において最大の戦力である魔装騎士団を保有する国だった。だが彼らですらも、現出した魔王には手も足も出なかったのだ。
何でもこの世界では、魔法は力ある魔物から借り受けて発動しているらしく、その際たる魔王には魔法の力が通用しない。と言うより、「貴方を倒す為に貴方の力を貸してください」などと言われて力を貸すのは、相当なマゾヒストぐらいだろう。また、魔王以外から力を借りられたとしても、それは魔王に遠く及ばない程度の力になってしまうのだ。魔装騎士団が使用する魔装もまた、魔法の力が使われている。
それゆえの異世界の力、それゆえの勇者召喚である。
自分たちの力に奢らず、すぐに異世界の力に頼る決断をしたこの国の王は賞賛に値すると私は考えている。
通常の勇者召喚の過程ならば。
神殿での召喚儀式(魔力が満ちる時機をみて行う)
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神官による説明(この国の現状や意思確認、勇者としての資質を確認など)
↓
勇者の準備期間(装備や能力の確認もそうだが、いきなり命を懸けて魔王と戦えと言われても、心の整理がつかないだろう)
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王との謁見(ここまで来たら文句は言えないらしい)
旅立ちまでの過程は以上となり、己を磨き、仲間を得て、能力を高めるための旅をしながら、一歩一歩魔王に近付いていくのが定石らしいのだ。
しかしどうやら今回は勝手が違う。
どう違うのかは一目瞭然だった。今、神殿の儀式の間は召喚された勇者たちで溢れかえっているのだ。その数は老若男女入り混じってのおおよそ百人。それは、通勤ラッシュ時の満員電車を彷彿とさせる光景だった。頑張った神官を褒めるべきなのだろうか。それとも魔王の力が強大な為、勇者召喚に必要な魔力が溢れているからなのか。
『元の世界から居なくなっても大きな影響が無く、異世界への順応性が高い個体』を選んで呼んだのだというのが召喚した者の弁なのだが、そのほとんどが同じ世界から来たらしい事を考えれば、元の世界の方を心配しなければならないところだ。
不安と期待でざわめく百人の勇者たちを残して、神官たちは協議を始めた。数分も経たないうちに不満を訴え始めた勇者たちをなだめつつ、判断は神官長より下された。即ち――。
「これより、勇者適正試験を開始します!」
儀式の間を切り裂いたのは戦慄か悲鳴か慟哭か。押し寄せる怒号に不敵な笑みを浮かべて見せた神官長に言い知れぬ恐怖を感じたことは、心の内に留めておこうと思う。
Σ(゜Д゜;)
試験は四つの工程で行われるらしい。
第一の試験は筆記。文字や言葉が解らなければ、いろいろと不便だと考えたのだ。
しかしこれには、ほとんどの者が合格する。彼らは基本的な会話や読み書きが出来るように、召喚時に神から元の言語を自動で翻訳する能力を授けられていたのだ。読み書きのときも同様で、書いてある文字や、これから書こうとする文字が自動で変換される。これによって、本来言葉が通じないはずの勇者たちの間でも、会話が成立しているのだ。流暢な関西弁とフランス語との対話を耳にした時はさすがに違和感を禁じえなかったが、コミュニケーションが上手く取れずに喧嘩が多発するよりはずっとマシだと言えるだろう。
試験の内容は子供だましと言って良いような常識問題だったが、答えあわせをしていた神官が、その正解率に驚いていた事から、この世界での一般市民の識字率や学歴はそれほど高くはないものと思われる。
第二の試験は面接。これは人柄や受け答えの仕方などを見る為だ。各自の意思確認なども含まれる。これだけの人数が居るのだ、勇者になりたく無いと言う者を無理に引き止めておくことも無いだろう。もちろん、余りある才能を持っているならば、話は別だが。
この試験では半分ほどが脱落となった。礼儀作法にうるさいのは、さすがに聖職者といったところだろうか。しかし勇者になれば、貴族や王族の前に顔を出す機会も与えられるであろう事を考えると、慎重になり過ぎるくらいで丁度良いのかも知れない。
ちなみに意思確認では、全員が「この世界で勇者をやりたいか」を問われた。この質問に何の考えも無く即答で「はい」と答えた者のほとんどは、次の試験で落ちたらしい。
第三の試験は実技。勇者には当然、相応の強さが求められるのだ。力と心、両方の面からである。
試験の内容は、実際に弱い魔物を倒す事。角の付いたウサギのような魔物や二足歩行の犬のような魔物が檻に入れられて運ばれてきた。それを一対一で倒せと言うのだ。
召喚時、言語能力以外にも異能を与えられてはいる。派手なエフェクトを繰り出す剣技や魔術などを使うものも居たが、加減を知らず周囲に被害を出した者は、合格からはじかれたらしい。
それに、生き物を殺した事など無いゆとりな連中には堪えたのだろう。試験を終えた後で、急に震えだす者も少なくなかった。
試験を通過した者は、わずかに数名だけだったようだ。
( ゜Δ ゜)ノシ
この後の最終試験については、当事者にしか知られていない。第三の試験を棄権した私はその先を見学できず、元の世界に送り帰されたからだ。もとより他人の為にかける命など持ち合わせてはいないのだから当然だろう。
同じように召喚され、勇者として不適切と判断され、帰還したという人の話をネット上で集めてみた。最終試験ではバトルロイヤルが行われたとか、残ったメンバーでパーティを組んだとか、いろいろ言われてはいるようだ。しかし、最終まで残った者達がいまだ帰還していないという事は確かなようで、その真偽の程はうかがい知れない。
彼らが無事にあの世界を救ってくれた事を願わずにはいられなかった。
話をしてくれた人の一人は、これから就職活動なのだそうだ。あの世界に残れれば、就職は楽だったのかもなと書かれた言葉は、どこか虚ろだったのを覚えている。
最近の就職難は異世界まで及んでいるという話。だったとさ。
__おしまい