人間の定義
それは悪魔のイタズラだったのか。
神様の天罰だったのか。
もし、天罰だったのならそれは、勇輝にではなく俺に下されたのだと思った。
植物状態の人間は死人だ。
そう言った少年の親友が植物状態になったら少年はどうするのか。
少年は俺。親友は勇輝。
勇輝は事故に遭った。俺には天罰が下った。
違うか。
天罰なんかじゃない。
俺のせいだ。
俺がもっと早くトラックに気づいていたら、こんなことにはならなかった。
分かっていた。
でも、天罰だとでも言い聞かせなくちゃ耐えられなかった。
誰かに自分のせいじゃないと言って欲しかった。
責任を自分から何かに転嫁して自分の罪を隠せるものだと思っていた。
もしくは、自分の罪を天罰という罰で洗い流せると思っていた。
俺は最低な人間だ。
でも、最悪な人間にはなりたくない。
ここで見捨てたら、俺は最悪な人間になっちまう。
「親父、俺は今まであんたに反抗したことなんかなかった。いや、親父にだけじゃない。誰と話していても、本当の自分なんかずっと隠して話してた。それが楽だったからだ。そしてまた、今度は自分の罪を隠して親父に賛成しようとしてる。また、楽な方を選ぼうとしてる。」
否定された後も、俺は頭を下げたまま話を続けた。
顔を上げる勇気がなかったから。
「楽な方じゃない。正しい方を選ぼうとしてるんだ。私もお前も間違ってなどいない。」
「……そうだね。親父は間違ってないと思うよ。でも、俺がここで、勇輝を死人だって言うのは、やっぱ間違ってるよ。そりゃ、世間や親父からしたらただの死体かもしれないけど、俺からしたらこいつは生きてるんだ。今だって必死に生きてるんだ。」
「動けもしない!言葉も話さない!食事もしない!なのに、息をしてベットだけは占領する。こんなのは、生きてるとは言わん!」
「でも、やだ、俺だけは……。だってこいつは、俺の親友だから……!どんな姿になっても、こいつは俺の親友だから!どれだけの奴がこいつを死体だと言っても、俺だけは、こいつを生きてるって言ってやらなくちゃならない!それが親友ってもんだ!!」
俺は今日初めて親父の顔を見た。
頭を下げるのを辞めて、立ち上がって親父の目を見た。
もう、逃げたくなかったから。
バチン!!
立ち上がって数秒で俺は再び顔を伏せる。
口から血が出る程の激痛が左頬を襲うと共に殴られたことに気づいた。
強烈な音が親父の本気と左頬の痛みの現れとなっていた。
「痛いか?でも、勇輝君が生きてると主張するなら、お前が耐えなくちゃいけない痛みはこんなもんじゃない!諦めろ。勇輝君は死んだんだ。」
俺は首を横に振る。
左頬につけてた左手で口から出る血を拭う。
「血は吐いても、まだ、弱音は吐いてねぇぞ!!」
やられたらやり返すの言葉通り、親父の左頬を本気でぶん殴った。
親父も、同じように左頬に左手をつける。
俺と違かったのは、血が出なかったことだった。
親父は、俺の目に揺るがない決意を見ると、病室の扉を開けた。
「他の患者が来るまでだ。それまでなら勇輝君を寝かせといてやる。」
例えば、天使のそれのように、親父の背中にも羽がついていて、それを使って勇輝を連れて飛んで行くなんてことは親父には簡単だ。
そんなことは分かっていた。
だから、この賭けに出た時点で俺の負けは決まっていたんだ。
誤算だったのは、親父も、勇輝を大切に思っていたということ。
でも結果的に、その誤算は、勇輝を救ってくれた。
「それとお前、血は流しただけで吐いてないだろ。」
「うるさい!!」
扉を閉めて出て行く親父の背中に声をぶつけた。
でも、他の患者が来るまでの間だけ、その間に勇輝が起きなかったら、勇輝は殺される。
何で、勇輝は死人と同じように扱われなくちゃいけないんだろう。
今まで、他の植物状態の人間に言ってきた台詞全てを取り消せるものなら取り消したいと思った。
でも、取り消せないから、罪なんだろう。
人間の定義って何なんだろう。