父親
事故の後、すぐに俺は救急車を呼んだ。
大きくなっていくサイレンの音は、勇輝を助ける救世主の登場シーンに流れる、挿入歌のようだった。
救急車は俺の目の前で止まり、医者達は意識のない勇輝を横にしたまま中に入れる。
勇輝と付き添いの俺と医者達を乗せると、挿入歌は再び流れ出し、次にそれが止まったのは病院でだった。
手術はすぐに行われ、成功はしたが、病院に駆けつけた勇輝の親には衝撃的な言葉が突きつけられた。
勇輝が意識を取り戻す可能性は、ほぼない。
大声を出して泣き崩れる母親を、抱きしめる父親の目にも涙が溢れていた。
それは、後で聞いた、勇輝が目覚めないという報告を必要としない絶対的な光景だった。
勇輝は植物状態になったのだ。
その光景を見て、俺は自分の間違いに気づいた。
都合のいい奴と言われても構わない。
それでも言わせてくれ。
植物状態の人間は死人なんかじゃない。
「勇輝、聞こえてるか?返事しなくても、俺の声届いてるんだろ?もう、目を覚まさないなんて嘘なんだよな。話を出来ないってのも、飯食えないってのも、何処にもいけないってのも、全部……全部嘘なんだろ。なぁ……明日も学校行けるよなぁ。一緒に行けるよな!!もうすぐ先輩の卒業式なんだぞ!寝たままでいいのかよ!寄せ書き書くんだろ!なぁ……何か言えよ……一言でいいから……何とか言えよ!!勇輝!!」
病院に悲しい叫び声が何度となく響いていた。
病院にいるほぼ全員がその叫び声を聞き、また、その半分程が可哀想にこちらを見つめていたが、たった1人、一番届いて欲しい人に、その叫び声が届くことはなかった。
『コンコン』
二回のノックが病室の外から行われた。
扉が、叫び声の後の静寂に罅を入れてゆっくりと開く。
「失礼します。」
聞き覚えのある声に、俺は絶望を感じた。
「健太じゃないか!」
振り返らなかったのは、顔を見なくても誰だか分かっていたから。
言葉を返さなかったのは、話を聞きたくなかったから。
その状況にいる俺は、運命から逃れようとする哀れな羊のようだった。
「なんでここにいるんだ。」
羊は、やはり言葉を返さなかった。
逃れられないことを知りながら、それでも抵抗する様は、惨めだったに違いないが、そんなことは気にしなかった。
「もしかして、勇輝君なのか?その子。」
無視をしていてもしょうがなかった。
だから、その行動は当たり前だった。
「お願いだ親父。勇輝を殺さないでくれ。」
地面に手をつき頭を下げた。
額も三月の冷えた床についていた。
俺に出来る精一杯の行動だった。
「ダメだ。悪いがその願いは聞けない。」
吐き捨てられた台詞は、悪である自分を正当化し、今まで最上位にあったものを最下位に
落とすだけの力を持っていた。
「俺は仕事として、死人をベットに寝かしたままには出来ん。」
親父のいうことは理解できた。
親父にとって……いや、世間にとって勇輝は死人なのだから。