天罰
植物状態の患者が目を覚ます確率は、けして高いとは言えない。
それでも、家族、恋人、友達などは患者を信じて待ち続けるだろう。
それが、計り知れないほどに美しいことなのは言うまでもない。
また、その人がどんな状態になったとしても、人間にとって大切な何かが失われることはない。
これも言うまでもない。
しかし、植物状態の患者を助けようとする人が美しいからといって、逆に、その人を助けないとする人は果たして醜いのだろうか。
例えば、自分が稼いだ給料の半分を貧しい人への募金に使う人がいたら、その人は間違いなくいい人だが、では、それをしない人は果たして悪人なのだろうか。
という問いがあったとする。
この問題の答えは、悪人ではない。が、正しいと俺は思う。
募金をしないだけで悪というのはあまりにも酷い話だ。
つまり、言葉では正義の対義語は悪だが、現実世界での行動に当てはめれば、正義の対義は普通ということである。
話を戻そう。
例え話と同じように、助けようとすることは美しいがそうしないこともまた、醜いことではない。
俺はそう思う。
「分かったか?つまり、植物状態の人も出来るだけ助けるけどそれ以上に大切なこともあるんだよ!助けないから悪なんてことはないの!」
桜を見ながら話した時から、僅かに時間は流れ、気が付けば放課後となっていた。
日が沈むのがまだ少し早い。
桜が咲いていてもやはり、まだ三月上旬なのだから当たり前か。
赤というよりはずっとオレンジに違い夕陽の光がカーテンの隙間から射し込む教室は、何処か神秘的で心なしか表情が和らぐ。
一度行ってしまえば二度目以降は簡単に同じことが出来る。
桜を教室から見ていた時から数時間しか経っていないのに俺は自分の意見を言うことになんの躊躇いもなくなっていた。
「でもやっぱり、植物状態の人間は死人だってのは酷いだろ。」
「うーん、まぁ、ねぇ。」
教室の扉を静かに開け、勇輝と一緒に外に出る。
雑巾で磨かれた音を立てる階段を降りて靴を履き替えると、自転車の置き場まで歩き、重たい荷物を籠に入れる。
学校を出てすぐの信号が青になると共に、家まで10分の帰り道を二人でこぎながら進んだ。
いつもと変わらない帰り道。
笑って帰って、今日も楽しかったなって、今日は初めて討論とかもして、勇輝の意見もちょっとは聞いてあげて、ただそうやって普通に家に帰ろうと思っていたんだ。
一番起こって欲しくない最悪なことは、ちょっと幸せな日の普通の帰り道で最高の人に何の前触れもなく、当然のように訪れた。
「例えばお前が植物状態になったら俺は…」
「おい!勇輝!前やばいって!」
「えっ!?前?」
「グシャ」と鈍い音が頭の中で木霊する。
それはまるで、命の差を主張したバカな人間への神様が下した天罰のようだった。