立ち入り禁止
不安が募る中、少年は一人の女の子に会った。
「なにしてるの?おにぃちゃん」
「……っ」
少年を見上げる相貌は、まっすぐで純粋な好奇心で溢れていた。
服は白いワンピースで、靴下すら履いていない裸足の女の子。
女の子の出現で逆に冷静になり、次々と疑問が浮かび上がった。
「……君は、誰だ」
「わたし?わたしはね……えっと~?」
彼女はかわいらしく首を傾げる。
「……わからないのか?」
「ん~?そうかもっ」
「……(無垢な顔をしているが、明らかにここにいるのが“不自然”だ)」
そう。少年はあえてその質問をしたが、本当に知りたかった疑問は頭の中でミミズのようにのたくり回る。
「(この女の子、見た目は普通だが……それにしても、なんで“足音”がしなかった?)」
考えごとをしていて気付かなかったのならわかる。だが、少年は辺りを照らしながら見回し、あまつさえこの現状に不信感を抱いていたのだ。昼間の校舎ならまだしも、夜の、しかも誰もいない静かな校舎は、微かな音さえ響かせるのだ。
いくら裸足でも、音が響かないのはありえなかった。
「どうしたのおにぃちゃん?」
「……いや、別に。なんでもない」
「そう?ならいっしょに遊ぼ?」
女の子の無邪気な瞳は少年を射抜く。
それに少年は底知れぬ恐怖と、気持ちわるさを覚えた。
「……ダメだ。そんなことしてる暇はないよ」
少年は思い切って言う。
「どうして?」
だが女の子は穢れを知らぬような顔をして訊いてくる。
「どうしてダメなの?わたしと遊ぶの……いや?」
「そうじゃない。捜したい人がいるんだ。だから遊んでられない」
「……その人って…これ落とした人?」
「――!?」
女の子がどこから取り出したのか、片の手の平には少女が持っていた“小型の懐中電灯”があったのだ。
どうしてそれが女の子の手にあるんだ?
それに、それはどこにも落ちてなかったのに、どこで見つけた?
疑問、背筋が氷るような人知れぬ畏怖が女の子に向けてSOS信号を繰り出す。
「(この子はやばい……っ!)」
本能はそう言っていたが、だからと言って放っておいてそれがまた未知なる恐怖に繋がることになれば……もう正気が保てるとは到底思えない。
「(逃げないと……でもどうやって?まだ彼女だって見つけてないのに……くそっ)」
「ん?どうしたの?これ、いらない?」
「……い、いや。いる」
少年は女の子が持っているものを受け取り、ポケットへと閉まった。
「おにぃちゃん、汗かいてるよ?だいじょうぶ?」
「……あ、あぁ」
「よかった。じゃあ行こ?」
「そうだな」
身元、正体もわからない女の子に不信感を抱かずにはいられなかったが、ここから動かずにはいられないのも事実だった。
少年は先を歩き出した女の子に恐る恐る着いて行くことにした。
「(……あいつ、本当にどこに行ったんだろう……無事でいてくれよ……っ)」
女の子の歩調に合わせながら歩き、辺りも見回し警戒して進む。
やがて二階の突き当たり、女の子は立ち止まった。
「……?どうした」
「……ここ、あやしい」
足を止めたので、どうしたものかと思い、訊ねると、女の子は一点を見て指を差した。
そこには、“立ち入り禁止”と書かれた紙が張られた、美術室の扉があった。