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精霊は科学の夢を見るか  作者: ごんけ
ヴォルケという村
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007話



 もうもうと立ち込めた湯気だったが、囲いと屋根があるだけの空間ではそれほど時間をおかずにすべてが風に流されていってしまった。まず安堵したのが、風呂というか浴場が破壊されていないことだった。


「もうちょっと俺の心臓に優しい魔法はなかった」


「ジロウが言ったんじゃないですか」


 その通りだけど、その通りなんだけど!心の中でグチグチと文句を垂れつつ、湯船の温度を確かめる。そんなに熱くない。むしろ微温いくらいですらある。疲れを取るには熱めより微温いほうが良いとされているが、日本人としては熱い湯船に浸かって疲れを流したいと思ってしまう。結局、それよりはさっさと風呂に入ってしまうという結果に落ち着いた。

 掘建て小屋のような簡単な建物の中で服を脱ぐ。


「パンツしかないけど、持って来てくれるって言ってたし」


 勢いよく脱いで風呂場に行く。もちろん、気の桶でかけ湯をする。風呂に浸かると天国へ昇るかの如く気持ちがいい。本当に天に召し上げられるのであれば、昨日今日で何回となく昇天しているだろう。


「ちょっと桶にお湯を入れてくれませんか?」


 なんて言われた今ならはいはいと言って実行に移すよ。それくらいには気持ちがいい。

 ふと、何に言われたのかと思って見てみると、まあここにはアリスくらいしかいないよな。


「精霊も風呂に入ったりするもの?」


「いいえ。でも、ジロウだけ気持いいことをするのは不公平です」


 言葉を選んでいただきたい。それはまるで私が変態であるかのような言い方ではないか。それにアリスは裸で私も全裸だ。だれかいたら間違いなく誤解される。


「ま、命の洗濯だとか心の洗濯だとかいろいろ言われるけど、結局のところ安らぐ。その一点に尽きるな」


 ふーっと肺に溜まった二酸化炭素濃度の高い空気を吐き出す。心臓のトクットクッという音が聞こえる。心地よい。

 水路を引いて水を張っているようで、近くから水の流れる音がする。

 さらさらと風が草木に囁く音も涼しく、ちゃぽんと水滴の落ちる音が響く。

 どれくらい時間が経っただろうか、それこそ十分や十五分ではない時間が。指の腹がふやけてふにゃふにゃしている。だが、久しぶりの風呂とあってかなかなか出る気にならなかった。

 アリスも静かにしている、案外寝ているのかもしれない。そんな静かな空気はどたどたとした足音で消された。何事かと周りを見ていると、裸の男が三人こちらにやってきていた。何にもつけていないのだから吃驚する。もう丸見え。


「お、旅人さんじゃないか」


「名前なんだっけ?」


「ジロウ殿だよ」


「そうそう」


 なかなか愉快そうに歩いてきている。自然と私の目線が顔より低いところに行ってしまうのは仕方のないことではないだろうか。同性愛者ではないが、同性としてはどうしても気になるところである。で、一瞬だけチラリと見てその光景は私のメモリーから削除した。

 豪快にかけ湯をしてそのまま湯船に浸かってくるけど、ご愛嬌。


「っと、失礼」


 気持ちよさそうに目を細めている。

 中世ヨーロッパと言わず、日本でも昔は風呂屋と言えばサウナだったらしいが、まぁサウナよりはお湯に浸かる方が気持ちいいよな。


「ジロウ殿、少し温度を上げてもいいですかな」


 私は反論することなくもちろん、と答える。

 どうやるのかなと思ったが、特別何かをしているようには見えず、だけど温度だけは上昇している。熱めと言って差し支えない温度までくると、温度の上昇は止まった。


「これくらいの熱さじゃねーとな」


「ああ、寝てしまう」


 気候もいいし、気を抜いたら寝てしまうのだろう。彼らは先程ティアさんが言っていた見張りとか不寝番だった人達だろう。


「夜通しお仕事をされていたのですか?」


 こちらがいきなり話を振ったにもかかわらず、にこやかに答えてくれた。


「ああ、魔物がうろついているからな。ちょっといつもよりはきちんと仕事をしていたわけよ」


「それだといつもは仕事していないように聞こえるぞ」


「いつも真面目に仕事をしていて、それ以上に仕事をしているにきまってるじゃないか」


「それはいいから出たら酒飲んで寝たいなぁ」


「奥さんに殴られるぞー」


「今は村の外に行っているはずだから大丈夫だよ」


 相当眠たそうだ。話をもっと聞いていたかったが、そろそろ上せてしまいそうなので湯船から上がることにした。


「それでは先に失礼しますね」


「おう、機会があったら旅の話でもしてくれ」


「酒の肴するつもりだろー」


「あたりめーだろ」


 では、と言ってアリスの首根っこを持って立ち上がる。

 アリスもすっぽんぽん。だが、敢えて言おう精霊は対象外と。


「もうちょっと女性に対して優しくしてもいいんじゃないでしょうか」


「人ならな」


「それこそ差別ですよー」


 そもそも精霊に男性女性があるのが疑わしい。聞いた感じだといつの間に存在していたりと生殖活動しないだろう。しかし、目線を下げると精霊よりも少し小さな存在。妖精。それに関してはどうやら男性女性があるように思える。確認したわけじゃないから見た目だけど。妖精から昇華して精霊になるとも言っていたから性別があるのかもしれない。非常にどうでもいい。


「よしよし、女性っぽくなったら女性として扱ってあげよう」


 ぶー、ってぶうたれるでない。


「そんなんだからモテないんですよ。“実践!女性にモテる50の行動”なんて持ってても意味ないじゃないですか」


 貴様!そんな事は言わなくてよろしい!



 骨格の問題なのだろうが、見たエルフの中では私よりもがっちりした者がいなく、ティアさんが持ってきてくれた服を着ることができるか不安であったが杞憂だったようだ。ゴワゴワとした感じで植物の繊維をあんで作ってあるような感じだ。そこらへんを歩いているエルフが着ている物と言ったらいいか。服装だけなら違和感がなくなった。


「なぁ、さっきのエルフのお兄さん? はさ、どうやってお湯の温度を上げたんだ?」


「え? さあ、私と同じように火の魔法を使ったんじゃないですか?」


 違うような気もするんだけど、そうなのかな。


「で、なんで頭の上で寝そべってるんだ」


「どう? 胸が当たってる?」


「さっき言ってた本の事を真に受けるな。大体が嘘っぱちだ。そして、無い胸がどうして当たろうか、いや当たらない」


「そんな嘘っぱちな本を持っているなんて、人って不思議ですね」


「そういう本だってあるのさ」


 昔は提唱されていた理論だって現在だと間違っているなんて事もあるくらいだ。そう自分を慰める。

 無い胸ってのはスルーされた。そもそもあんまりわかっていないのかもしれない。あと、頭の上に乗っているのはこの服に胸ポケットがないからだと思う。



 部屋の端に洗濯すべき衣類を放り投げてベッドに横になる。


「気持いい」


 開け放した窓からは澄んだ風が入ってきて火照った肌を撫でる。


「昼前に寝るんですか?」


「アリスはいつでも好きな時に寝てるじゃないか。俺も好きな時に寝かせて欲しいよ」


「私は精霊ですから。人間は労働しないと食べていけませんよ」


 人間でもないくせに人間らしいことを言ってくる。


「昼から頑張るから」


「はいはい」


 アリスは窓枠に座って外を見ている。そうしていると、妖精がアリスの横にやってきた。


「風の妖精さんですね。どうしたんでしょう」


「俺に聞くな」


「それもそうですね」


 ころころ笑うアリスを見ながら眠りについた。



 起こされて食堂に行き、野菜だらけの食事を楽しんだ。


「昼からはどうすればいいんだ? あんまりぐうたらしているのも悪いし」


「へー、そういうことも言えるんだ」


 まるで私がダメ人間かのように言うのはやめていただきたい。ただでさえ助けてもらった上にタダ飯食べて風呂まで入ってお金もなくて、本当にダメ人間ではないか。


「恩には報いらねばならぬ」


「恩を仇で返すのが人と聞いたがね」


「ふん、そのような輩は人ではなかろう」


「でもなあ、できること。ねぇ」


 こう見えても力仕事はできないし、裁縫なんかも得意ではない。


「弓とか使える?」


「できないだろうな」


「剣は」


「もったこともない」


 そう考えこむようなことか。


「何ができるの?」


「知らん」


「威張ることじゃないわよ。じゃあね、そこの精霊様に頼ることになるけどいいのかな」


 プチトマト的な食べ物を食べようとしているアリスに目を向ける。


「大丈夫だ。問題なかろう」


「決まり。狩りに行くわよ」


 なんだと!


「ちょっと待て」


「それこそ大丈夫よ。あてにしているのは精霊様の魔法だから」


 こうも私自身をあてにされてないと悔しい気もするが、それで何か返せるならそれはそれでいいのだろう。


「アリス、お仕事だ」


「ふえ」


「とめぇいとは持っていけばいいだろ」


「えー。あと変なイントネーション気持ち悪いです」


 出会ってからそんなに時間は立っていないはずなのに随分と人間臭くなりましたね。もとの精霊さんに戻ってはくれないのでしょうか。


「ふふん、私の力が必要なのですね。これも不甲斐ない次郎のため、一肌脱ぐしかないようですね」


「精霊様ありがとうございます」


 かくして私達はいま巷を騒がしている魔物退治へと向かうこととなった。


「危険はないんだよな」


 つぶやいたが、だれもこたえてはくれなかった。



「こんな軽装でいいのか?」


「大丈夫だ。心配ない」


 自信ありありのティアさんは胸当て、籠手、膝当てと私に比べると十分重装備である。対して俺の装備は誰もが着用している防御力が紙レベルとしか見えない服。皮の服ですらない。


「精霊様が守ってくれる」


 どこか抜けてそうなアリスを見る。胸ポケットに入ってあたりをきょろきょろと落ち着かない様子だ。


「不安しかない」


「大丈夫だ。心配ない」



 半日歩き回って分かったことといえば、ティアさんはかなり弓がうまく使えている。そんなに力があるようには見えないが、矢も鋭く狙いも的確だ。試しに私も使ってみたが文字通り矢は弓なりにしか飛ばなかった。


「風に乗せて矢を放つんだ」


 たぶん、風か何かの魔法を使っているんだろう。


「あと、妖精が力を貸してくれる」


 エルフは妖精とも仲がよろしいらしく、魔法を支援してもらえるらしい。相性のいいのは風とか水とか木の妖精らしい。花の妖精とかも仲いいらしいが、弓に関しては風の妖精の支援を受けることが多いそうだ。


 とりあえず素晴らしい腕前だ。

 目の前には鹿らしき動物が横たわっている。首筋に一本、後ろの足の付け根に一本。矢が刺さっている。


「ちょっとどいてね」


 短剣で足首を切り落とし、首を切り落とす。短剣はどう見てもそのような切れ味の良さはなさそうであった。聞くと、それも魔法だそうだ。よくわからんが。胴体に手をやると、足首、首から勢いよく血が流れ出てきて正直驚いた。首やなんやらは穴を掘って埋めた。俺はそっと手を合わせた。


「何してるの?」


「いや」


 テレビでならこういった行為を見たことはあったが、実際にそばで見ていると罪悪感もある。何気なく食べていた肉もこうして生きていたものを殺しているんだな、と。頭では理解していたとしても、それを目の当たりにして感じるのでは全く異なる。血の匂いは濃厚でむせ返るほどだし、内蔵を出すのであればちょっと耐えられなかったかもしれない。


「精霊様、これを冷たくしてもらえます?」


「はい」


 気の抜ける声だった。

 適当な木とロープで肉を吊り下げた。


「それじゃ、持って帰るわよ。後ろはよろしくね」


「一人で狩る場合はどうするんだよ」


「一人で狩るわけないじゃない。最低二人以上で出かけるわ」


 ならなんで今この時に他の人がいないのか。


「そりゃ精霊様がいれば問題ないでしょ」


 どれだけ崇拝されているのか。私にはよくわからない不思議生物。首のない鹿らしき物体をぺちぺち叩いている妖精。言葉も通じなければ何を考えているのだろうか。

 よいしょ、と気合を入れなければちょっと持ち上げられないほど重たい。命の重さなんて言うつもりもないが、実際に重たい。ティアさんは済ました顔だ。


「ほらほら、男でしょ」


「力仕事は苦手です」


「泣き言はいいから、痛む前に持って帰らないと」


 力持ちですね。私は村までたどり着けるか心配です。

 なんだかんだで問題なく村まで持って帰ることができた。鹿は村の女性に預けた。何でも川原で解体するらしい。

 夕食でそれらしい肉が出てきた。ありがたくいただいた。他と差別するわけではないが、こうして自分で命を摘み取ることでわかることもある、そんな気がした。私が手を下したわけではないけど。

 そんな感じで数日を過ごし、村の人たちとも少し仲良くなれた気がした。



 今日は男だらけ3人で村の外に出ている。


「このぷりちーで賢い可憐な乙女を差し置いて何が男だらけですか」


 見た目は女の子だけど大きさだけなら大きな虫なわけだから、


「3人と1匹?」


「なるほど、次郎は虫のような存在だと」


「アリスが、な」


「異議あり! 人権を無視するなどとエルフが許したとて私が許しません」


「虫だけに?」


「くだらないことやっていないで先に進みましょう」


 全くだ。

 頭の上でぎゃーぎゃー騒がれてうるさいこと甚だしい。


「ちょっと待て」


 ホルンが立ち止まって周囲を見ている。


「村から北西に魔物が出たらしい。ここからは少し時間がかかるが、行くぞ」


 二人は走り出したが、私のことを忘れているかのような速さだ。忘れてないよな。いや、二人共見えなくなった。


「ちょっと待てー!」


 ひーこらはーこら走っていると、二人は立ち止まって待ってくれていた。


「ジロウ殿、速く」


「妖精さん、この遅い人に力を貸してください」


 勝手に人の頭の上に妖精なんていうよくわからないものを載せないでもらいたい。


「ちょっとー勝手に人の席に乗らないでもらえるかな!」


 そしてアリスはアリスでうるさい。妖精の前まできてわーわー言っている。


「ジロウ殿行きますよ」


「はい」


 よくわからないが、とりあえずまだまだ走らないといけないらしい。

 一歩蹴り出すと、体が羽のように軽かった。軽いというよりは後ろから押されているような感じだ。自分でもおかしいのではないかと思うくらいで、二人になんなくついていける。


「置いてかないでよー」


 後ろからアリスの情けない声が響いてきた。


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