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精霊は科学の夢を見るか  作者: ごんけ
ヴォルケという村
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006話



 いやいや。まてまて。

 不老不死――完全な不死ではないが――なんてそれこそ古今東西の権力者なり強欲者が求めてやまないものではないか。人間は何をしようとも時間という制限があれば個人でできることなどたかが知れている。だからこそ人はその有限の中で輝こうとする、なんて誰かが悦に浸りながら御高説を唱えていた気がする。私とて、老い死ぬということは怖い。しかしそれはまだまだ先のことであり、年月を経て人生観が変われば怖いという感情が別のものになるのかもしれない。現在そういう議論をするのは意味がないだろう。


 未だ半信半疑だが、無限と思える時間を手中に収めているかもしれない。

 これが恐れずにいられようか。

 私は自分が大器成らざる者だと識っている。どこまでいっても一番になんてなれやしない。大学でも、得意な分野でも。それは時間的な制限があってこそ。永遠に知識を蓄えることができれば、一番の人が、その次の人が亡くなってしまえばその場限りではない、かもしれない。そこまで気概のある人間でないということが一番の問題ではある。


「おーい」


 目の前で手を振られて意識がもどる。


「えっと、突拍子もないことなのでこう、いろいろ考えてしまいました。でも、本当に不労になったんでしょうか?」


「その気持ちはわからないでもない。私たちに限って言えば寿命がすでに五百、さらに不老ときているからな。五百超えて死ななければそうなのだろう、としか言えない」


 なにこの女、男前じゃない。可愛いというよりは綺麗だし。今は革製の装具もとり、普段着らしきものを着ているが、改めて見ると背は高め。胸囲は慎ましやかではあるが、そのプロポーションはモデル並みであろう。多少アルコールが入っているので若干甘めに採点はしているかもしれないが、もれなくいい女性である。対して男二人も顔は整っており、美男美女しかここにはいないのかと叫びたくなるほどである。本当に物語や映画の中のエルフのような。


「時間なんていくらあってもいいじゃないですか」


「そうそう」


「世界を巡ってみるのもいいよなぁ」


「私はですね、世界中の本を読んでみたいですね」


 なんていつの間にかアリスも含めて談笑しあっている。アリスに至ってはその望みとて不可能ではないだろう。

 追加追加でエールが運ばれてくる。

 どれだけ酒強いんだよ、こいつら。私とて幾らかの友達付き合いがあり、そこそこアルコールには強いと思っていたんだが。元来日本人はエチルアルコールの分解酵素が少ないという。それともアセトアルデヒドの分解酵素だったか。とにかく酒があまり強くはないと言えるだろう。その私が周りに勧められるままエールを飲んでいけばどうなるか。つまりは酔いつぶれて、気がつけば次の日になっているということだ。


 気がつけば夜で外は静かだ。

 言ってみたかっただけで、実は外はそれほど暗くもなく人も出歩いている姿がちらほらと確認できる。時間を確認すると深夜と言って差し支えない時間帯。アルコールはまだ残っているだろうが、不快な気分ではない。


「起きましたかー」


 仄かに明るい室内でぱたんと本を閉じる音がする。アリスは夜に本を読むのがお好きなようだ。夜中に本を読むのはテスト前だといろいろ捗っていた気がする。静かな時間帯に本を読むのが好きというのはなかなか通である。


「目が悪くなるぞ」


「私は悪くなったことはないですよ」


 暗い中で字を追うと目が悪くなるというのは間違いらしい。一時的に目は疲れはするが、その為に視力が低下するということはないと聞いた。


「エール飲まなかったのか?」


「飲みましたよ。初めて飲みましたが、とても美味しいものですね」


 頬が紅潮しているように見えるのはきっと酒が残っているからだろう。


「なあ、俺がこの世界の住人じゃないって言ったら信じるか?」


「……ジロウはだいぶ酔っているようですね。まだ寝ていたほうがいいんじゃないですか」


 再び本を開いて目線を落とす。たぶん、わかっているのだろう。この時代では使われなくなって久しい言語体系。その言語により記された書物。書物も二年以内に製本されたものもいくつかある。私の妄想かもしれないが、それくらい本の精霊と謳うくらいなのだから理解しているだろう。


「そうだよな。おれでもしんじられないからなぇ」


「朝になったら起こしてあげますから」


 起こしてその後で寝るんだろ。



 酒のおかげで就寝時間が早かったために夜明けとともに目を覚ました。まだ少し酔が残っており体が重たく感じられるが、朝食時には酔も覚めているだろう。木製の水差しから木製のコップに水を移して喉を潤す。それほど冷たくもなくぬるい。


「もう少し寝ててもいいですよ」


「いや、ちょっと話しておこうと思って」


 こちらを見ている。


「昨日の話ですか?その話が本当だとしても、私達にはどうすることもできない、かな。召喚の魔法はあったと思いますが、その魔法を使った本人を見つけなければ送還は難しそうですね」


「あー、それはちょっと諦めてる。その話が本当だとして、見つけるなんて不可能に近いよな」


 どれだけ人数がいるかわからないが、広い世界からたった一人、もしくは複数人を探すのは難しい。それこそ人一人の寿命が尽きる以上に時間がかかりそうだ。


「それよりも、俺はこの世界のことをあんまり知らないんだ。少しでも知っているべきなんじゃないだろうか」


「それはいい心がけだとは思いますけど、私もあんまり詳しくは知りませんよ」


 ん?精霊というくらいだから人とは関わることが少なかったのだろうか。


「私のこれまではほとんどが本のある場所。それこそ王室で死蔵されている蔵書や大きな図書館、遺跡の中とかがほとんどでしたから」


「俺からやったみたいに本を無断拝借とかしてたのか?」


「無断拝借じゃないですよ、共有です! きょ、う、ゆ、う!」


「お、おう」


 凄い剣幕でベッドの上で座っているのに後退るなんて器用なことをこなしてしまった。


「それに、私達はそこに本があって材料さえあれば複製ができますから」


「そこ、得意顔をするんじゃない。複製ができるならそれで満足すればいいじゃないか。俺の本をせっしゅ、共有する必要があったのか?」


「やはり本物がいいですよね……」


 うっとりした顔で本に頬ずりする姿は可愛らしいのだが、なんというか。あと、接収と言おうとした時に凄むのはやめていただきたい。可愛らしいだけに恐ろしく怖い。


「今までの本はどうしたんだ? それなりに長い時間を生きてきたんだろ」


「それがですね、先日グランデール王国の王立図書館に立ち寄った際に魔導師につかまりまして、複製していた本を取られてしまったのですよ。私達は古代の書物なども所持していることが多いので捕まえようという輩が多いのです。そういった目にあっている仲間にもよく会います」


 と本当に悲しそうに話す。この精霊達はきっと太古の技術なり禁書なりを所持した文字通り歩く図書館なのだろう。国力を増強させようと思うならばそれを捕まえて中の蔵書を取り出すのが手っ取り早い。そして、また野に放てばどこからか蔵書を蓄えてやってくる。美味しい存在だろう。自国の技術も流出しないとはいえないが、それ以上のメリットが多い。まさに飛んで火に入る本の虫状態。


「ところでアリスは何回ほど捕まったことがあるんだ?」


「百回から先は数えていない」


 褒めてないからね。


「ごほん。この世界のことを知りたいのであれば素直に聞けばいいんじゃないですか、エルフの方々に」


「そうなるよな」


 その後もアリスのわからないと言った微分方程式について少し話をしていたらいつの間にか朝食の時間になっていた。



「そういうわけで、知らないことが多すぎるので教えてもらいたいのだけど」


「文化の違うところから来たのでは仕方がないだろう。ある程度のことは私で教えることができるが、この村から出たことはなくてな。近辺でのことしか教えることはできないぞ」


「お願いします」


 ティアさん本当に男前です。


「ここはグランデール王国クロステル領に含まれるヴォルケって村。この辺りのエルフは実際にはファミリーネームは持たないんだけど、村を出るにあたっては村の名前をファミリーネームとして使ってる。どこ出身のエルフかわかりやすいだろ。他のディードって集落までは結構な距離があるけど、歩いて一週間くらいの距離かな。十日程の距離にはクロステル領の大きな街がある。なんていったか忘れたけど。あんまり交流はないから詳しくは知らない」


 突き抜けるような香りの飲み物を飲んで一息ついた。


「地理的なものですね、文化的なこととかは?」


「文化の度合いでいったらそりゃ街の方がいいだろう。食料だって狩猟なんかに頼ってなかったと思う。あと、調味料だな。塩とかはこのあたりだと取れないから。定期的に街に行って買ってたりするけど、さっきも言ったが、私はこの村から出たことがないからな。全ては又聞きだ」


 山の中で暮らすというのも大変なのかもしれない。


「使われている通貨もあるが、私達は基本的に物物交換だからな。あんまり詳しくない。そうそう。私達エルフはどうやら他の種に比べて魔法が得意らしい。エルフは何気なく魔法を使うが、他の種に至っては言葉を発したり図形を描いたりしないといけないらしいな、不便なものだ」


「ティアさんも何か魔法が使えるんですか?」


 ちょっと興奮気味に聞いてしまった。相手もちょっと驚いてる。


「エルフの大多数がそうであるように私も風を操ったりするのは得意かな。あと、ちょっとだけど火を起こせるぞ」


 と手の平を見せてきたと思ったら、中心で炎が揺らめいていた。何もないところで火が出ているのを見ると、ちょっとした手品を見せられている気分になる。


「どうやってるんだろ」


「焚き火をイメージしてたらできた」


「男らしい回答をありがとうございます」


「なめてんのか」


「そーりー」


 心の声が出ていた。汚い言葉が聞こえた気がしたので反射的に誤ってしまった。そこはHAHAHAHAH!いっつぁじょーく、とでも言っておけば良かったのか。いや、殴られそうな気がした。


「妖精種、それもエルフ族は人の中では私達よりですしね」


 アリスがちょこんと立ってこちらに話を向ける。なるほど、感覚で魔法を使う人はあんな感覚なんだろうな。


「さっき不穏な言葉を聞いたんだが。妖精種とかエルフ族とか」


「人と言っても、純粋に人種、獣人種とかいますからね。そのうちの一つが妖精種。中でもエルフ族といえば人の中でもかなりの希少な種族ですからね。中でも魔力量は他種族を圧倒する程だから迫害もあったりしたんです。史実では大陸西側から中央にかけて存在しないのはその為だと述べているものがありましたね」


 なんて何でもないことに言ってくれる。ティアさん至ってはなるほどと感心している節もある。


「なんにせよ、ここにいても俺が魔法を使えるようになるわけじゃないってのはわかった。それと、俺もいつまでもこんなか格好は浮いてると思うんだよね。服とか都合つけてもらえたらなぁって」


「そんなことか、親父のお古でよければ持ってくるが」


「その、ティアさんの父上は……」


「あ、今山狩りに行ってるが。事後報告でも問題ないだろ」

 然様ですか。てっきり亡くなってるのかと思ってしまった。


「ついでに、体も洗っておけ。相当臭うぞ」


 笑われるけど、私としてもその申し出は嬉しい。

 このような場所に風呂なんてものがあるとは思えないが、川で汚れを落とすだけでも違うだろう。



 部屋に戻り、パンツだけもってティアさんに付いていく。風呂セットなんて荷物になるものは既に放棄していた。

 付いたところは泊まっているところから五分くらい歩いた場所で、かなり大きな建物だった。建物というか、掘っ立て小屋のような。中は石造りで、大きい。縦5 m横10mくらいはあるだろうか。水は入っていなかった。その横にも2 m×2 mほどの石風呂があった。そこには水は貯められている。貯められてはいるのだけど、冷水のような気がしてならない。


「こっちは門番とか見張りの不寝番用。基本的に大きな浴槽のは夕方から夜にかけてだけだからな。風呂が終わったらのんびりしていてくれ。着替えは持ってくるから。昼にまた食堂で会おう」


 その言葉を残してスタスタと去っていった。こちらを一瞥もせずに。


「なあアリス。火って出せるか?」


「出せますけど?」


「あんまり大きいとこの浴槽が壊れちゃいそうだからさ、そんなに大きくない火をこの浴槽にぶち込んでくれないかな」


「いいですよー」


 はい、と軽い掛け声で拳大の火の玉が出現して水に吸い込まれる。と、一瞬にして接した水面が蒸発して大きな音が出た。あたりは蒸気で覆われてしまい、最悪のことが脳裏をよぎった。


 浴槽を壊してたらどうしよう、そのことがぐるぐると頭の中を駆け巡った。


混浴ですが、基本的に時間帯で男女を分けています。



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