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精霊は科学の夢を見るか  作者: ごんけ
ヴォルケという村
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005話



 随分と若い男の人が出てきた。若いのに要職についているのだろう。


「グランです。よろしく」


 手が差し出されたので、咄嗟に自分の名前を言って手を出してしまった。


「アリスです。よろしくお願いします」


 私達の横でアリスが可愛らしく挨拶をしていた。


「契約精霊とはまた珍しいですね。

聞くところによりますと道に迷っているとか。このあたりに人が来ることは希でして、客人と歓迎したいところなのですが」


 正体不明の人間が訪ねただけで客人として扱うなんてどれだけ防犯に対して意識が低いのだ、と言いたいところではあるが、今はそれで助かる。文句のつけようがない。しかしながら、何故に言い淀む。


「近くに猪の魔物が出没しまして村をあげての歓迎は致しかねます。しかしながら旅立つその日まではできる限りの便宜を計りますのでどうぞごゆるりと。また、何かありましたら誰でも良いので気軽に声をおかけになってください」


 言葉遣いは優しいのだけど、有無を言わさない雰囲気があるというか迫力みたいなものを感じてしまう。それは一瞬で消え去り、思い違いではないかと思ってしまったほどだ。今は話しやすそうな柔らかい笑みを浮かべていた。話はこれくらいだと言わんばかりにグランという男は立ち上がる。


「案内して差し上げなさい」


「はい」


 後ろに控えていた女性から声がし、少し驚いてしまった。


「グランさんはこの村で偉い人なのか?」


 物腰が柔らかそうな彼を思い浮かべる。


「この村の長で私の叔父だ」


「君と同じくらい若そうに見えるのにな」


 とついつい零してしまった。


「叔父と私は92歳ほども離れているけどな」


 衝撃の事実を淡々と述べられた。

 ってあれで92歳以上か。見た目ではわからないっていうレベルではない。100歳は超えてそうだな。と考えてしまう。


「ん、どうした? エルフを見るのは初めてか。エルフは人よりも長命で不老だから見た目でとしは判断できないかもしれないな」


 ででーん。エルフ!

 立ち止まった私を怪訝そうに見る彼女。訪ねたいことがたくさんある。が、今はひとつだけ。


「君は何歳だい?」


「34歳だが」


 女子高生と言っても通じそうな彼女。ああ、エルフと聞いてから私よりも歳上な気がしていたんだ、間違っていなかった。


「ここに泊まるといい。一階は食堂だから村の奴も食べに来るけど問題ないだろ」


 建物の二階。それも一番日当たりのいい部屋に案内してもらった。ちゃんと掃除をされているらしく、空気は埃っぽくもない。ガラスのはめ込まれていない木製の窓を開けると、村の中の様子が見て取れる。


「ああ、ありがとう」


 満足したのか立ち去ろうとした彼女に思わず声をかけた。


「なぁ、どうしてここまでよくしてくれるんだ?」


 キョトンとした顔が覗いた。


「普通のことじゃない。困ってたら助けるのって」


 少なくとも私のいたところはこんなに優しくなかった。


「まあ下心がないわけじゃないよ。行商人さんなんかは丁重にもてなすし。ここまで来る人ってあまりいないからね。あとは、リピーターとか噂を聞きつけて来る人もいるかもしれないし」


 ほとんどないですけど、と。


「しかし時期が悪かったね。うん? 時期が良かった? 魔物が出てきて今は歓迎されてないように思えるかもしれないけど、魔物が狩られればお祭りだからね。あと、精霊付きは特別だから魔物が狩られるまで滞在したらどう?」


「それは願ってもないことだが、魔物ってなんだ。それとその精霊付き」


「あら、何も知らないの? 精霊付きなのに?」


 小馬鹿にするというよりは訝しんでいるといった感じである。


「魔物ってほら、ここあたりだと多ければ年一回程度発生する魔力の高い攻撃性の動物のこと。体内の魔力量が多くなると魔物化するって物知りなおじさんが言ってたっけ。あと、精霊付きってのは私たちが呼んでるだけかもしれないけど、精霊と契約した人たちのことをさすんだ」


 魔物の発生については話からすると、より大きく強く年を経た動物がなるような感じがする。それって動物を狩るより難しいんじゃないかと思う。だからこそこの平時とは言えないような体制をとっているということには納得がいく。


「その精霊と契約する人って少ないのかな」


「私はここから出たことないから外は知らんよ。だが、ここで精霊付きなのは長だけだ」


 ざっとみたところ二百人程の規模のこの村で一人だけが精霊と契約している。なかなか希少な存在のようだ。


「私達エルフは他の種族よりは契約している人も多いだろうね。だけど、そもそもエルフの人口はそれほど多いわけじゃないから何とも言えないね。なんなら長に聞いてみるといいよ。そのあたりのことはよく知っているはずだよ」


 そう言うと、こちらに背を向けた。

 今度こそ話は終わりのようだ。


「あ、ちょっと。できればこれくらいのかごと布、というかこいつにかけるものがほしいんだけど」


 手でアリスより二回り程の大きさを作る。


「あとで届けさせるよ、夕食には呼びに来るからゆっくりしておくといい」


「ありがとう」


 こちらを向かずに手を振ってきた。

 そしてぱたんとドアが閉められた。


「なあアリス」


 返事はない。

 カバンの中で丸くなって寝ていた。よく寝る。


「しかし、疲れたなぁ」


 生きることに精一杯で考えることを放棄していたけど、考えていかないといけないことはたくさんある。今のこと、これからのこと。それも大事だけど、今はアリスのようにちょっと寝たい。

 服の上とジーパン、靴下を脱ぎ椅子に掛ける。靴下は非常に臭かった。シャツとパンツでベッドに転げるようにダイブする。比喩である。壊れる恐れのあることはしないほうが無難であろう。

 ホテルの羽毛布団と比べるとそれは格段に劣るものである。しかし久しぶりのベッドでの就寝であるので、それはもう天国へ行くような気分で夢の世界へ引きずり込まれていった。


「食事ですよー」


 というほんわかした言葉で起こされる。不覚ながら高校生であった時に親から起こされていたことを思い出してしまった。決してホームシック等ではない。窓から望む空は橙に染められて幾分か空気も冷たさを帯びている。名残惜しみつつ布団を抜け出し返事をする。


「ありがとうございます」


 ふらつく足で椅子に寄り、一応の身形を整える。アリスはまだ寝ているようだ。


「アリス、ご飯だぞ」


 返事はない。

 やむを得ない。靴下をカバンに投下して五秒後にアリスは涙目でカバンから這い出てきた。


「臭気で更なる深辺へと誘われるところでした……」


 と青い顔で言っている。

 気にせずに胸ポケットに頭から突っ込んで歩き出す。

 廊下に出ると、小学生になるかならないかというような女の子が立っていた。実際の年齢を聞くと私の精神衛生上宜しくなさそうなので、ありがとう、とだけ答えた。その女の子はそわそわしながらこちらを見てくる。何か言いたいことがあったりするのだろうか。


「あ、あの。精霊様見せてもらえませんか?」


 とまあ可愛いらしいことを仰る。

 アリスを取り出して手のひらに乗せて目の前に出す。


「こ、こんにちは」


 恥ずかしながら女の子が言うと


「こんにちはー」


 笑顔でアリスが答える。


「可愛いー」


 なんていうもんだから、アリスを女の子の頭の上に乗せて立ち上がる。どちらも非常に可愛らしい。


「さて、食事に行こうか」


 このままではいつまで経っても食事にありつけなさそうなので先を促す。ここ数日は動物性の食べ物を摂取していないので蛋白質が不足気味のように感じられる。正直に言って、肉を欲している。お子様はわーっと言ってドタドタ階下へと走っていってしまった。

 一階はほとんどの面積が食堂として使われ、日もおちそうだというのに明るい。すでにちらほらと人がいて私が二階から降りてきた時に視線があった。


「こっちだよー」


 先程起こしてくれた少女がテーブルの前に立ってこちらに手を振っていた。それと見た顔があった。一つは私をここまで案内してくれた女性。もう一つは門番としていた男性。あとは知らない男性が一人。


「私はティア。この子はテアだ」


 案内してくれた女性の名前に、私を起こしてくれた女の子の名前。


「俺はホルン」


「僕はノランです。ジロウ殿にこの村を案内するように長から言われています」


 苗字というものがないのかもしれない。一人目が門番をしていた私よりも背の高い男性。髪はライトグリーンのようなかんじである。最後のノランと名乗った男性は私よりも背が低く、線が細い。髪は金に少し緑を垂らしたような色合いだ。ここにいる人は大体金から緑に近い髪の色をしている。緑の髪の色などテレビでも見たことがなく、ここが知らぬ土地だと主張しているようだ。


「ジロウです。気がついたらこの地にいて、このアリスと一緒に旅をしていたのです」


 気がついたらこの地にいた、というのは我ながら口下手だなと思ってしまう。しかしそれ以外に言い様がないのも事実。


「それまではどこの国に?」


「日本という国にいました」


 どこだ?という会話が聞こえてこなくもない。


「私達はそのような国を知らないけど、でも」


 と私を見てくる。


「かなり個性的な衣装ね。叔父さんもそんな衣装は見たことがないっていうくらいだから、どこか遠くからから飛ばされてきたって考えるほうが無難かな」


「しかも旅に出るような装備でもないから急に飛ばされたんだろうな。生きているだけでも運がいいな」


 物騒な話になってきている。


「僕のいたところだと周りの人は僕と同じような髪の色をした人たちばかりでしたから。貴方たちのような髪の色をした人は滅多にいませんでしたよ」


 本当のことだ。それでも、大学含めて都市全体が観光地のような感じだったから年から年中外国人はいた。


「ふうん。それはそれで。お腹すいたでしょ。料理も運ばれてきたことだし、辛気臭い話はまた今度。もうちょっと楽しい話をしましょうよ」


 料理は野菜果物が中心で、申し訳程度に肉と魚の料理があった。基本は焼くか煮るといった感じだ。生野菜は寄生虫とかいるとか聞いたことがある気がしたが、既にそこらに自生している草を口にしているのであまり意味のない考えだった。

 焼き魚にかぶりつく。うまい。内蔵の何とも言えない苦味が素晴らしい。ここでキンキンに冷えたビールなどあればそれは文句のつけ用がなかっただろう。


「はいよ」


 エプロンをした男性が木樽に入った飲み物を持ってきてくれた。ありがとう、と行って受け取る。


「ぬっ!?」


 口にした瞬間吹きそうになった。ビール、というかエールにしては酸っぱい。驚愕の酸っぱさだ。


「おや、エールは初めてかい?」


「あ、いえ」


 ちびちびと飲む。酸っぱいけど、味がないわけではない。薄く感じるけど。でも、なんとなくだが、味のうすさというか、爽快さが日本のビールに少し近く感じちょっとした郷愁をもたらした。


「どうした? アルコールは苦手か?」


「いえ、僕の国で作られていたエールもこのような感じだったと懐かしく思いまして」


 たぶん、存在しないであろう日本、世界。


「まあ大丈夫さ。世界はいつだってここにある。いつかはきっと戻れるよ。それに精霊付きだ。時間は無限にあるといってもいい」


「その時間が無限にあるというのはどういうことですか?」


「精霊様と契約することについての知識がないのか?」


「はあ、こちらにくるまで精霊を見たこともありませんでした」


 ついでに妖精も。


「精霊様はどこにでもいるというわけではないからな。俗に言われるのは精霊付きになると不老になると言われているな。死なないわけではないが、精霊様が亡くなるか、何らかの理由で契約者が死ぬまでは死なないらしい。あくまでも聞いた話だがな」


 と、念を押される。


「長の精霊様はたしか今までに三代の長に使えていると言ったかな。今の長はまだ百二十歳程だが、先代は千二百歳を超えていたという話だからな。我々エルフの寿命は五百歳ほどと言われているから遥かに長寿になっていることがわかると思う」


 エルフの寿命が五百歳というのにも驚いたが、千歳を超える人物がいることにも驚いた。それよりも精霊には寿命がなさそうということにも。ちらっとアリスのほうを見ると、なんだかよくわからない果物を口に入れているところだった。アリスもこんな成りだが、かなりの時間を生きているのかもしれない。


 それに、私も不老になってしまった。その一点で、手のひらに汗をかいていた。


 何故か喉がカラカラでエールを一口煽った。


エールとありますが、ランビックのような自然酵母のビールだと思ってください。


暦はほぼ同じで、一日が24時間、一年が約365(小数点以下略)日です。


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