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精霊は科学の夢を見るか  作者: ごんけ
ヴォルケという村
3/23

003話



「では君は何故あのようなことをしたのですか?」


「君じゃないです」


「アリス、何故あのようなことをしたのですか?」


「何故って、私が本の精霊だから?」


「どうして疑問形なのでしょうか」


「いいこともいっぱいあるんです」


「俺にとっては不幸以外の何物でもないが」


 そのような話が延々と繰り返されればいくら私と云えども機嫌が悪くなるというものだ。


「それに、ほら本ならこの通りとり出せますし」


 一瞬後には目の前に本が浮かんでいた。なんと面妖な。

 しかし、今はどうでもいい。アリスによってあの嵩張る私の蔵書はコンパクトにまとめられたとしておいても良さそうである。


「なるほど。

では本はいつでも取り出せると認識して間違いないなさそうだな」


「そうです。なのにあんなに怒って」


「それをまず言わなかった事が問題だと思うのだが」


「いずれにしても、この問題はこれでおしまいですね」


「いや、まだ終わってはない」


「どういうことですか?」


 私はぽつんと本棚に残された本達を見てやる。


「本の精霊と言ったな。

あの本たちがかわいそうとは思わぬのか?」


「え……」


 暫く思案して発せられた言葉は


「え、えっちいのはいけないと思います」


「人外がえっちとかえっちくないとかどういうこと!?

それに、俺の問には答えていない」


「本の精霊といえども選り好みはしてもいいと思います」


 こやつ、やりおる。好き嫌いで言われてしまっては私も反論はできぬ。私も難癖をつけてのらりくらりと交わす質であり、こういった輩はのらりくらりとかわすのだが、頑として譲らないことが往々にしてあるのだ。


「仕方がない」


 アリスが明らかにほっとしているのがわかる。


「で、どういった仕組みで本を出したり入れたりしているのだ?」


「どう、と言われても困るんですけど。魔法でちょちょいと」


「ちょっと待ってくれ。今明らかにおかしなフレーズを聞いたぞ」


 と、その前に。目の前に居る生物かどうか怪しい生き物も然ることながら浮いているという現象にも納得がいかない。


「そもそも魔法以前にアリスのような生物が存在すること自体が信じられない」


「ありのままを受け入れないというのは悲しいことですよ」


「ほっとけ」


「ですが、私が特別に教えてさしあげましょう」


 何とも慎ましやかな胸を張って尊大に応える。しかし、どうしてか手のひらサイズの可愛らしい者がそうすると小さい子供が精一杯背伸びをしているようで何とも微笑ましいものを感じずにはいられない。


「精霊という存在はですね、在るモノが魔力を帯びることで発生すると言われています。もちろん例外もあります。一定の発生条件が揃えば現界しますし、魔力が霧散してしまえば消えてしまいます。その発生する要素というのは世界中に散らばっているのですよ」


 ならば人間形式である必要はないと思うのだが、それは言葉にしなかった。


「一説には妖精が魔力を高めて精霊になる、とも言われています」


「アリスの場合はどうだったんだ?」


「私が私として覚醒した時にはすでにこのような状態でした」


 もう随分と昔ですけど、と。


「で、魔力というのは魔法を行使するためのエネルギーですね。魔法はいろいろなものがあります。例えば火を生み出したり、水を生み出したり。私の本をしまうというのは空間と時間に関する魔法ですね」


「俺は魔法が使えるのか?」


「どうでしょう。たぶん、使えると思いますよ。生物、無生物問わずに魔力というのはありますから。体内で魔力を生成するか、大気中に漂う魔力素を体内に溜め込んでから魔法を使えばいいんじゃないでしょうか?私はそうしていますけど」


「で、方法を」


「こう、ぐっとイメージしたらできますよ」


 私は、と言われたのが気になったが。


「ともかく、やってみないことには始まらないか」


 火をイメージする。が、何も起きない。

 水をイメージする。が、何も起きない。


「おい、笑うな」


 ぷー、くすくす。いや、その反応はおかしい。


「さ、才能がないってことじゃないですかね」


 笑いながら言ってくれる。

 しなければならぬものでもないし、これ以上は無駄だと思った。


「大事なことを聞いていなかったが、ここはどこだ?」


 それまで空中なのに器用に笑い転げていたのを一時中断し、目には涙を貯めている。


「ここはユーラシア大陸の東の端ですよ」


 驚いた。

 ここがユーラシア大陸であることに。つまり、公用語が英語であったりとそれは単なる偶然でもなんでもなかったわけだ。

 どこか異世界に来ていた。ということはまったくなく、ここはたぶん地球である。

 しかしながら魔法があったり、精霊がいたりと私の常識を大きく逸脱していることは間違いない。であれば、宇宙論的な観点からいって平行世界ないし別の宇宙の地球とは考えられないだろうか。とまあ小難しいことを考えたところで状況が良くなるわけでもない。しかし、同じ地球と考えることで大体の世界の大まかな形が予想できるというのは大きなことである。


「ところで、ここ周辺に人はいるのか?」


「人はいないですね」


 即答されてしまう。


「して、その根拠は?」


「明らかにいないですよね。私の双眸がちゃんと機能していると仮定すれば、の話ですけど」


「なるほど、君は馬鹿なのか?それとも馬鹿のふりをしているのか」


「むー。それこそ私が言いたいですね。何を以てそう言っているんですか?

そもそも私達の常識が異なる場合、相手が言わんとしていることがちゃんと伝わっているかという問題もあるんです」


 然もありなん。


「言われるとそうだな。

ここ数日での俺の行動範囲内でも人の気配はなかったからな。まして、アリスの行動範囲では人との接触は難しいか」


「あ、いえ。

ちょっと前まで人と一緒にいましたよ」


「それを言わないでどうする」


「私は本の精霊ですからね。本の気配のあるところをうろうろするのですよ」


 脳裏に過るのは腐敗した食べ物に集る小蝿。我ながら適切な表現だと思う。


「それと、私の興味を引くような本があればそこへの転移もできますからね」


 ふふん、と自慢されても。


「で、本があるという事は人がいる。つまり俺もそこへ連れて行ってくれるのがよかろう」


「私一人ならともかく、貴方は無理ですよ」


「どうして」


「容量質量的に」


「本を格納した空間とか」


「生物だと多分死にますけど。それでもよろしいでしょうか」


 とびきりの笑顔で言ってくるけど、それが恐ろしい。


「前言撤回だ」


 まてよ、本の気配は感じ取ることができるんだよな。


「では、ここから最寄りの本まで案内してはもらえないだろうか」


「お安い御用で」


 と指し示されたのは桃色ピンクな私の秘蔵本。舐めてんのか。

 いやいや、冷静になれ。私の言い分が悪かっただけだ。先程も言ったではないか。常識がそもそも違うと。ここで大人気ない事はやめておこう。


「言い方が悪かったな。

そこの本以外で近くに本の気配はないか?」


「ああ、そういう事でしたのね」


 電波でも受信しているのだろうか、考えているようである。


「こっちにありそうですね」


 示されたのは気分的には東の方角。


「歩いてどのくらいだろうか」


「人の足で、と仮定するなら二日はくらいでしょうか」


 結構遠いな。

 アリスが仮定することであるので二十四時間休まず歩き続けてということだろう。超人でもない私が2日間歩き続けることができるわけがない。

 しかし、こんなところでただ何もしないという選択肢はない。

 ならばさっさと準備をして行くべきであろう。

 幸いにして公用語は英語らしい。話すことは読み書きすること以上に苦手ではあるが、何とかなるだろう。全く知らない言語ではないし。しかし、こんなことならばもっと英語を勉強しておけばよかったと思わずにはいられなかった。


 準備とは言え、持っていくものというのは少ない。

 手提げかばんに入るもののみである。例えば、包丁、少ないながらも調味料。そして、少しの下着と秘蔵本。忘れてはならない精霊。


「然もなんでもないかのように私を詰めないでくださいー」


 鞄の中から何やら声がするが気にせぬが吉であろう。

 と考えていた私が浅はかであった。

 アリスが勢いよく出てきたことでせっかく詰めたものが出てきてしまったのだ。

 ため息を吐きつつ、再度入れ直してアリスは手に持つ。握り殺してしまわないかが心配である。そもそも握ったくらいで死ぬのか、それとも死んだりするのだろうか?興味は尽きないが、私の書籍達ごと消滅してもらっては称わないため実行することはない。


「あーもー、さっきからこの扱いは何なんですか?」


 ぷりぷりと効果音がしそうな感じで大層ご立腹であるようだ。


「なるほど、生物でなければ魔法の空間とやらに格納することができるのだな。ではお願いする」


「嫌」


 目を見張る。


「絶対、嫌」


 その時衝撃が走る。


「本の精霊ですから」


 威張っていうことではない。本人はその事に誇りを持っているのかもしれない。

 だが、私自身も大きく駄目精霊とは言えない。もとよりこのような不思議生物に頼ろうとしたことが間違いだったのだ。割り切ってしまえば荷造りも早い。ほとんどの衣類はここに放置ということになる。たくさん持っている方ではないのが、使えるものを捨てて行くということの何と心の痛むことか。


「さあさあ行きましょう」


 とどこか楽しそうな感じである。そしてなぜか付いてくるという雰囲気。

 一人では寂しいのも事実だし、私の可愛い蔵書を捨て行くわけもないので別段おかしいことではない。おかしくはないのだ。


「しれっとついてこようとしているのだ」


「さっき契約したじゃないですかー」


 無言。そして訪れる静寂。


「……契約?」


「……あ」


 なーに口が滑ったような声を出してやがんだ。


「一切合切吐いてもらおうか」


「そ、そんな無理やり吐かせるなんて」


「さあ下呂れ」


 広くはない我が隠れ家である。私が一歩詰め寄るとすぐに背中が壁に当たる。


「さあさあ!」


 観念したのか盛大に吐いた。


「オ、オロロォ……」


 乙女が口に出してよい音ではない。しかも、私には見えない何かを吐いているようである。

 なまじ精巧な人形のような生き物が吐くという光景は非常にシュールである。しかも吐き方が何というか、酒を飲みすぎた時にするような吐き方というか。とにかく半端ではない既視感が襲う。


「もう、やめてくれ……」


 見ているこちらがきつい。そして貰い下呂をしてしまいそうである。

 そうですか?と。腕で口を拭うな。


「ほらこっちにこい」


 そう言って、洗濯物から比較的綺麗なタオルを取り出して口を拭いてやる。見た目は綺麗なんだけど、本能が拭ってやれとうるさいのだ。


「あ、ぶぁ。

ぐ。ぶはっ。あ、ありがとうございます」


 いや、これに関しては全面的に私が悪かった。異論は認めない。


 手短に荷物をまとめて重たい腰を上げる。


「まだ大事なことを聞いていませんでした」


「なんだ?」


「貴方の名前です」


 あー。そんなやりとりはしていなかったな。


「坂本次郎。ファーストネームは次郎」


 覚えやすいだろう。


「次郎ですか」


 なんだよ、にまにまこちらを見て。


「よろしくお願いします、次郎」


 面と向かって言われると恥ずかしいものがある。こちらの気持ちなんて知らないんだろうけど。


「はいはい」


 と照れ隠しに言ってしまう。

 そしてこちらに来てから本当の一歩を私達は歩み始めた。


「はい、は一回ではないんですか?」


 どこでそんな知識を仕入れてきたんだ。



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