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精霊は科学の夢を見るか  作者: ごんけ
クロステル領Ⅰ
19/23

019話


「このナイフはお幾ら万円?」


「何言ってんだ?」


 私はひと振りのナイフを手に持っている。刃渡りはおよそ20 cm、やや肉厚で重さもある。数打ちされたものなのだろう、同じ品が並んでいる。


「生憎とこれくらいのしか扱っていないよ。私達のような行商人がそんないい品を扱っているわけないし。襲われてしまえば破産もありえるからね」


 私は代金を支払い、ナイフを購入した。


 休憩の合間に商品を眺めていいものがあれば購入しているのだ。

 私が主に購入するのは香辛料や塩などである。商人たちは武器を扱っているわけではなく、主に日用雑貨を扱っているようだ。その需要が一番多く、手堅く稼ぐことができるのだろう。


「鉱石もありますよ」


 と懐から出してくるのは小指の爪サイズの魔力鉱石であった。魔力鉱石は通称、鉱石と呼ばれ魔力が固体化したものである。その純度は真紅に近いほど魔力量が多く、その個体の大きさに比例して量も多くなる。値段もそれに応じたものになる。

 その男が見せてきたものは見れば3級品のようで小さく、色も赤黒い。それでも800ドルとなかなか高いように思えた。

 ちなみに、魔力鉱石の利用の幅は大きい。単純な魔力でできているので電気の代わりに使われているように思える。例えばどこかの村の長の家ではランプのようなものにつながれているようであった。光は熱を発せず、非常に発光効率がいいようだった。と、用途は多い。


「高いですね」


「これでも安いと思うが、そうだな」


 商人は日の光を透かしてみて、懐に入れた。


「懐に入れておくのは危なくないですか?」


「商品としてもそうだが、護身用にも使えるからな」


 とにやりと顔を歪めた。大抵の商人がそうであるのだろう。そうでなければそのようなことは言わないはずだ。どのように使うか、などとは聞かない。答えてはくれないだろう。


 商人も慣れたもので、レーレには興味があるようだが何も言っては来ない。いや、どこでつかまえただの聞いてきたり、飼うコツなんかを聞かれるが、後者についてはわからないと正直に言っておいた。前者については、エルフの名前を出せばさらに興味をもたれる。


「そろそろ休憩は終わりだ、行くぞー」


 と、冒険者の男が叫ぶ。私達はその声で支度をはじめる。基本的な旅の行程は依頼者と冒険者との間で決められる。基本的には依頼者の希望が尊重されるが、冒険者の方が旅に慣れているということで休憩などの時間は冒険者が依頼人の状況を判断して決めることになる。


 歩いているとレーレはよくピクリと耳を傾ける。レーレの感知できる範囲に何か動くものがいるということだ。顔を向ければ、かなり近いところに何かいる。レーレの感知できる範囲なので私達のような人間よりは遥かに範囲が広い。また、人、というよりは獣人にもよるが、その感知能力もかなり広いという話を聞いた。それでも、犬には勝てないし、ましてやレーレに及ぶものでもない。

 今もレーレの耳と鼻が忙しなく動いている。


「そろそろ日も傾いてきたし、レーレだけは先に食事にしたほうがいいよな」


「そうですねぇ、レーレたくさん食べますもの。

適当に食べてきてもらって、食事の時間になったら改めて一緒に食べるということでいいんじゃないでしょうか」


 それが妥当だよな。


「レーレ、先に食事をしてきてくれないか?

適当に食べ終わったら合流してくれ」


 言葉が理解できていると私は思い込んでいる。これまでレーレが私のいいつけを守らなかったことなどほとんどないといっていいだろう。

 レーレはこちらを見て頷いた後に草むらに消えていった。


「お、おい。あんたの!」


「食事ですからお気になさらずに」


 気になるのだろう。ちなみに、アリスは普通の人には姿が見えないようにしている。つまり、妖精と同じような感じになっている。レーレだけでも目立つのに、その上アリスまでいたら面倒なことこの上ない。それでも大きな魔法資質のある者や高度なレベルで魔術を修めている者等は感知できるらしい。


「人は食べないんだよな」


「たぶん、少なくとも私の目の前で食べたことはないですね」


「たぶん……」


 冒険者の男はブツブツと独り言を言い始めた。


「そうだよな」


「ええ。美味しそうじゃなさそうって言ってましたよ。服とかあるからですかね。それとも匂いとか」


 素直に不味そうとは違うんだな。人肉というのは美味しいらしいしな。食べようとは思わないけど。例えば、人を焼いた時の匂いは吐くほどと言われるが、それは間違いで実際は肉を焼いた美味しそうな匂いがする。髪を焼いた匂いはすごく臭い、これは間違いない。


 考えているとレーレが戻ってきた。口の周りは若干血で赤くなっている。他の人が驚いているじゃないか。そして、そんな満足気な顔をするな。私は疎か他だってまだ食べてないというのに。

 私の心を知ってか知らずか。耳はまたもやピクピク動いている。飯はいつものようにレーレに獲ってきてもらうとしよう。




「レーレ、頼む」


 日が暮れて足元が見えなくなる前に野営の準備にかかった。

 私やレーレは野営といっても食事以外では火を焚くことも少ない。

 レーレは狩った動物をおいてはまたどこかへ駆けていく。都合5匹ほど獲ってきてもらった。それを手が空いた冒険者と共に捌いていく。お世辞抜きで私よりも綺麗に捌いている。骨や食べない内臓などはレーレの口の中に入れておけば勝手に処理してくれるので埋める手間も省ける。


「なかなか美味しいですね」


「塩と胡椒だけですけどね」


「いやいや、旅程では食事なんかは期待していませんからね。こんな食事が食べられるなんてだけで感謝ですよ」


 余ってもレーレに食べさせるだけなのでみんなで食べている。焼いて塩胡椒しただけだが好評のようだ。そもそも胡椒というか香辛料が高い。それこそ塩なんかよりもはるかに高い。それでも味気ない食事なんかは勘弁願う。多少自腹をきってでも美味しいものが食べたいと思うのが日本人ではないか。


「明日は明るくなると同時に出発だから寝坊はするなよ」


 当然、私も不寝番が回ってくる。

 レーレがいるから大丈夫だとは言っても、何があるのかわからないと彼らは言った。2人1組で2時間交代で行う。私とレーレで1組扱いなのはどうかと思う。

 この時代、きちんと時計はある。先程言った魔力鉱石か魔力結晶などで動く仕掛けで懐中時計ほどの大きさだ。商人の使うものは金属光沢が有り綺麗な装飾が施されているものを使い、冒険者は艶消しが施されていたりと目立たないような細工がされているそうだ。是非とも欲しい一品だ。値段は言わずもがな、私の収入ではまだまだ道のりは遠そうだ。

 私は毛皮を鞣している。綺麗に鞣すというのは技術が足りなく、最終的にはアリスが不要な肉片などを処理してくれた。


「下手ですねぇ」


「まだまだこれからよ」


 レーレの頭の上で半眼になってこちらを見てくる。興味なそうにし、本を開いている。

 皮は煙で燻すのがいいのだろうが、今からやるのでは時間がかかりすぎるので火の近くに置いておくだけにした。削げ落とした肉片はその辺にいる妖精にあげている。

 時計を確認すればもう10分ほどで交代だ。

 作業しながらであれば2時間なんてあっという間だ。

 時間になり、次の人を起こす。私はそのままレーレの毛皮に埋もれるように寄りかかって目を瞑った。




 程なくしてレーレが身動ぎするので起こされた。まだ時間ではなかったが、近くに動物でもいるのだろうか。目の中に妖精が飛び込んできた。はじめは寝ぼけたアリスかとも思ったが、覚醒するとそれがアリスではないことに気がついた。レーレに寄りかかって寝ていたために、私まで妖精まみれになってしまっていたのだ。

 私は立ち上がり、体についている妖精をポイポイと飛ばしていく。妖精が見えない人には何をしているのかわからないだろう、変人ではない。


「私を投げるなんて」


 こんなこともあるだろう。アリスは寝ているところ投げられたのでご機嫌斜めのようだ。大体無視しても問題ない。

 レーレにはみんなが起きる頃には帰ってくるように言い含めた。げに恐ろしきはレーレの行動で誰も起きないということだろう。なんだこれ。


 私は昨晩の残りをアリスとともに食した。


 レーレが戻ってくる頃になるとすべての人員は目を覚まして、各々腹に軽く入れていた。商人は品物のチェック。冒険者は装備品と火の始末。

 私は商人に鞣した毛皮を売った。商人は小遣い稼ぎができると笑っていた。私としても嵩張る荷物は早々に売ってしまいたいものだった。以後、私はこの道中で得た毛皮は商人に売っている。


 休憩も含め3時間も歩いているとだんだん眠くなってくる。2日目ともなると休憩くらいの時くらいしか話すことはない。でなければ、話すネタというものが尽きてしまうからだそうだ。


「眠い。そもそも4時間睡眠なんてのが信じられない」


「いつもは好きなとき好きなだけ寝てましたもんね」


「欲望に忠実に生きているだけと言って欲しいものだ」


 私はレーレに乗るとそのまま寝てしまおうとしたのだが、上下の揺れでなく、四足歩行によって背骨がぐねぐね動いて寝るどころではない。


「こんなところで寝れるわけがない」


「レーレの頭の上とか寝るには適していますよ」


「俺が無理だって言ってるんだけど」


「それなら私が休憩しておきましょうか」


「意味ないよね、それ」


 アリスは私の頭の上で寝ている。

 ウトウトしながらも歩いている。ベテランの冒険者ともなれば一週間くらいは行動できるという話だが、本当だろうか。一日起きっぱなしというだけでもきついのだ、私にはそんな真似は無理であろう。それとも時が経てばそんなこともできるようになるのだろうか。


 朝から曇っていた空からは大粒の涙がぽたぽたりと流れ始めた。

 ついてないな、と誰かが呟いた。水捌けの悪い路面はすぐにぐずりだし、足場が悪くなる。春とは言え、冷たい雨は体力も否応なしに奪っていく。

 私以外もローブを羽織っていく。表面に油を馴染ませたもので水や雪を払うもので、旅をする者だけでなく、一般人にも広く浸透している。そもそも傘なんて持っている人の方がいない。私のローブに限って言えば寒さ暑さ対策は抜群であり水だって弾く、重宝している。


 雨はますます勢いを増していく。


「少し急ごう。予定していたところよりも少し行かないといけないが、小高い丘があるからそこで野営する」


 日が暮れるのが早い。暗くなる前につかなければならないのだろう。高いところから低いところ水は流れるわけで。


 野営地点についてもすることはあった。

 まずは薄い布を広げて雨をしのげる場を作ることだった。布自体は結構大きなもので畳で言えば10畳ほどもあるだろうか。ロープを使って張っていく。それがまた大変な仕事で、濡れた木の表面は滑るのだ。


「私たちのことは気にしないで」


 私とレーレはその中には入らない。レーレがいると入ることができないというのが正しいだろう。布自体は大きく、覆えるのだが、依頼人の商品なんかの優先度の方が高い。それに私たちはいつも雨風に曝されていたので別に困ったことはない。

 レーレの獲った獲物を捌いて、焼くのは天幕内で行う。肉が雨に濡れてしまうのはあまり好ましくない。


「本当にいいのか?」


「ええ。こいつもただ雨に打たれるのはかわいそうですから」


 と言い繕ったところで、宿屋に泊まればレーレは一匹で外だしこういう時だけこのような言い方をするのはよくないのだろう。だけども、まぁこういう時だからこそ、なのかもしれない。


「せめて、レーレが人サイズだったらよかったのに」


「そうですね、私くらいになればレーレも自分で歩く必要がなくなりますね」


「一人で歩いていたら心が折れそうだから妖精サイズはやめてほしいな。さ、寝よう」


 横になっているレーレに群がる妖精を掻き分けて私が居座りやすい場所を作った。その上で寝た。




 次の日も雨は降り続いていた。


 さらにもう一日雨が続いた。


「そろそろきついな」


「依頼じゃなかったら途中で逸れて村に何泊か滞在したかったな」


「こういう時期だから仕方がないだろ。それに今回は比較的楽だから文句を言うってものな」


「そうかもな」


 彼らは中継地である村に立ち寄る。行程ではまだ半分だ。どちらかといえば宿泊地としての体をしている村である。宿屋が10棟程度か存在している。近くには溜池があり、魚も取れる。水の確保にもなっている。周りを囲むように農家があり、穀物の栽培もしているようである。さらに進めば放牧地に入る。困ったことに放牧地であればレーレをおいそれと放って食事させるというのも問題になるだろうか。


 それはそれだが、今日はベッドで寝ることができそうだ。



旅支度で用意するのは食べ物は主に焼きしめたパンだったり、ドライフルーツ、乾米、干し野菜となります。または小麦粉だったり。

乾米はそのまま食べることもできますが、少し水に入れてふやかして食べます。



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