015話
若干痛そうな描写があります。
腹部の痛み。
確実に重症を与えるように刃は縦に。
「次郎!?」
倒れるふりをして手を振った。相手の顔に少し引っかき傷が出来ただけのようだった。
「大丈夫だ、火を消してくれ」
ふっと火が消えて、妖精の羽の淡い光があたりを満たす。
「完全に囲まれましたね。どうします?」
「殺さないように。それと、手薄なところは」
背後。街に向かうのとは反対の方向だ。妥当な判断だろう。
「火を持ってこい!」
ぼうっと暖かみのある光が出てくるが、それは私達には都合がわるい。
「さっさと殺すぞ! あの傷だ。動けはしないだろうよ」
アリスには気がついていないのか?
「アリス、正面に障壁を。レーレ、後ろに一旦引いて迂回しながら街に戻るぞ」
相手には聞こえないだろう。
立ち上がり、後ろへかけていく。もちろん、私自身には魔法をかけてある。レーレが1人に突進し、その隙に横をすり抜ける。後方はアリスの障壁で前に進めないようだ。レーレは間をおかずにもう1人に飛びかかる。
「レーレ!」
吠えて追随してくる。
途中に1匹のダラハイエナに会った。すれ違い様にレーレが首筋を噛み砕き、殺した。私はさっと解体して死体をその場に放置した。そのうち血の臭いに誘われて動物が集まってくるだろう。
「あれは何でしょうか?」
「盗賊だろう。俺の荷物が目当てだったんじゃないか? まだ着いてきているか?」
「離れているけど、確実に追ってきているみたいね。犬か狼でもいるんじゃないかしら」
「そうなると厄介だな。俺たちよりも土地には詳しいはずだし」
私がほとんど疲れないというのが幸いだろうか。だが、あまり逃げ回っていてもいずれは追いつかれてしまうだろう。どうするべきか。
夜間歩き回ってやっと街道にでることができた。
「ここまでくれば大丈夫か?」
「そうでしょうね」
野宿というのは大変だというのを思い知った。
街が見えてきてほっとした。こういう盗賊が出たことは報告したほうがいいのだろうか。組合には話をしておこう。他の人が被害に遭わないとも限らない。
「眠いです」
「俺も。朝飯を食べたら宿屋で寝るか」
その前に報告か。
街に近づくと、守衛がばたばたしていた。何が忙しいのか。盗賊が出たことが広まっているのかもしれない。
「ジロウ・サカモト殿ですね。お話を伺いたいので同行していただけますか?」
それは命令であった。高圧的な態度。一体何があったというのか。
私は言われるまま詰所の中の一室に連れて行かれた。
「ここでお待ちください」
そこで私は言いようもない不安に駆られた。
「何が起こっているのでしょう」
アリスはよくわかっていないのか不思議そうな顔をしているだけである。レーレは私の座っている椅子の傍で静かに横になっている。一晩動き続けていたので腹も減っている。リュックから生肉とグランさんからもらった燻製の肉を取り出して、それぞれレーレと私の腹に納めた。
トントン。
入ってきたのは街の東地区の守衛長と名乗る男だった。
「荷物を預からせてもらってもよろしいか」
「待ってくれ、何がどうなっているのか。それよりも俺はトイレに行きたいのだが」
「今はそれどころでは」
「ここで漏らせと!? ああ! なんたることだ。人間扱いされないだけでなく、公共の場で糞尿を垂れ流せなどという扱いを受けるとは。畜生のように扱われる日が来ようとは夢にも思わなかった」
「わかりました。ですが、荷物は置いて行ってもらいます」
リュックとローブ、そして小刀を置いてトイレに向かった。
前後二人に囲まれて私は歩いている。無言で。
トイレについても扉の外で待っているという徹底振りだ。
「盛大にぶちかますから聞かないでくれよ!(アリス、魔力結晶は君が持っていてくれ)」
アリスはコクリと頷いた。私は懐に隠してあった、魔力結晶をアリスにわたした。それをアリスは大切そうに両手で包み込んだ。そして私は盛大に放屁し、便を出した。
「臭い臭い!」
「アリスが勝手についてきたんじゃねーか!」
「あまり騒がないように!」
部屋に戻り、改めて荷物の検査が行われた。大したものは持ち歩いていない。毛皮がたくさんとレーレの親の形見である牙と爪。それと少量の硬貨。
「これは全て貴方のもので間違いありませんね?」
「はい」
「わかりました。それと、貴方には強盗の容疑がかかっています。これよりそこの魔物を連れて行くことはできないので処分するか、もしくは私達に預けてはもらえませんか?」
それはできない相談である。処分なんてもっての他。
「容疑ですよね。私は私が犯人ではないことを知っています。レーレは街の外で待たせてもいいですよね」
「街に被害がない、というのであれば。街に害をなすとわかればその場で処分するかもしれないが」
「わかりました。では、外に行きますので誰か付いてきてもらえますか?」
一人では出させてくれないだろう。流石に外は寒いだろうということで、ローブだけは持ち出せた。
街から少し離れたところで、レーレと向き合う。
「俺は少しお話をしてこないといけない。たぶん、簡単に出てくることはできないと思う。レーレは賢いから俺の言うことはわかるだろ。私が出てくるまで人を襲ってはいけないよ。誰かが助けを求めていたらレーレの判断で助けなさい。わかった?」
情けない声を出してくれるな。
「これから寒くなる。これを着なさい」
私は被っていたローブをレーレに被せる。一瞬にしてローブは大きく膨らみレーレを覆った。このローブなら少々切りつけられたところでレーレ自体には被害はない。
ただ、親の爪と牙。それもわたしてあげたかったが無理だった。
私は吹き抜ける秋の風に身を震わせた。レーレはそんな私を見てか寄り添ってきた。
「すぐ戻ってくるから」
「レーレいい子で待っているんですよ」
クゥンと小さくないてそこで俯せになった。
これで私はここに戻ってこなくてはいけなくなった。
男4人に囲まれ、レーレの見守る中街へ戻っていった。
「ローブはどうしたのですか?」
「外に出しておいては寒かろうと思ってね」
「そうですか」
私は一日そこで意味のないやりとりを行った。
翌日、施設を移動しての裁判となった。
裁判がはじまるのが早すぎとは思ったが、この世界のことがあまりわからない為になんといってよいかわからない。私とアリスは事前に魔法を使えなくする道具を付けられた。道具をつけられるのに同意をする以外なかった。
裁判とは名ばかりで一方的なものであった。
「ジロウ・サカモトは貴族であることを鑑みて、罰金20000ドル、禁固1ヶ月とする」
罪状は強盗、暴行。怪我人は2人。肋骨や腕の骨折といったものであった。私には口を挟むことすらできなかった。アリスも。各々異なるパーティーの2人だった。2パーティーはお互いに野営をしていた。夜中に奇襲をかけたのが私達だと言った。また、10日ほど前にも同じような事件があり、当事者が私ということも大きかったのだろう。組合からも罰則があると言われたが、正直もうどうでもよかった。
「それではここで過ごしてもらう」
案内されたのは清潔感のない牢屋。アリスは別室でもいいと言われたが、私といることを選んだ。
「どうすればよかったんだろうな」
「どうもできないんじゃないかしら」
「たぶん、盗賊と繋がっているんだろうね」
「それ以外の考えがあるのなら聞きたいわ」
粗末な服に、汚れた毛布が一枚だけ。この時期にそれはないだろうと思ったが、本気だった。
食事は日に2回。
鉄格子の隙間から風と日の光が入り込み、室内の誇りがきらきらと反射している。
忙しなく動いていたので眠くなり、毛布にくるまりながらうとうととしていた。石を打ち付ける音で強制的に覚醒させられる。看守が来たようだ。「出ろ」の一言。アリスも連れて行こうとしたらまた石をたたいていた。仕方なく私だけが牢屋から出た。
連れて行かれたのは椅子と机が置かれた部屋であった。魔法の道具か何かで光を作っているようだった。室内では二人の男が既に席に座っており、私も席に座ろうとした。
「誰が座っていいと言った」
体がびくりと震えた。それほどまでに相手の言葉は私を拘束していた。
「まあいい。座り給え。君の持ち物見させてもらったよ。一時預からせてもらっている。どれもこれも非常に高価なものだ、何処で手に入れたんだい?」
「エルフに貰いました」
下手に出ておく。
「ふむ、背嚢は魔物の素材で出来ている。それも極めて大きな魔物だね。先日、猪の魔物の……名前は忘れちゃったけどね。その討伐が完了したって報告があがっているよ。その魔物の素材で出来ているってことで間違いないだろうね」
私は頷く。
「君では倒せないだろう。そうだね、エルフが倒した。または、エルフと共に倒して、そのお溢れを与ったというのが正しいのかな。まあどうでもいいか」
彼はまるで劇を演じているかのように振舞う。それが一々鼻につく。
「しかしあの黒曜石のナイフは大したものだな。魔力量をみても魔剣と呼ばれるものと遜色ない。あれもエルフから受け取ったものなのか?」
頷く。
「よろしい。本日はここまでだ」
明日もあるのかよ、などとは言わない。
戻ると、少しすると食事が出された。野菜の切れ端の浮かんだスープ。申し訳程度に着色された液体に野菜屑が浮かんでいるという絵はなかなか堪えるものがある。私は精霊と契約しているため、食事を摂らなくてもいいようだから、固形物を掴んでアリスにわたした。
「あ、ありがとう」
「べ、別にアリスのためにあげるんじゃないんだから! ただ単に美味しそうじゃないってだけだからね!」
なんぞと言ってみてもアリスは何を言うでもなく虚しい空気が流れるだけであった。
「でも、食べなくて正解だったかも。スープに重たい金属が溶かされています」
重金属は摂取するだけでも害となる。即効性のものもあれば、遅効性のものまで。であれば鉛だろうか。器が既に金属製で重量がある。鉛は慢性中毒が主だったもので、麻痺や神経錯乱などが知られている。
「鉛だろうね。早々に死ぬようなことはないけど、後後に障害が出てくるだろう。それよりも、アリスは食べても大丈夫なのか?」
「はい。私達は全て魔力素に分解しますから」
そういえばそのようなことを言っていたきがする。そもそも私も毒なんか摂取しても大丈夫なんじゃないのか。いやいや、わざわざ火中の栗を拾う必要もあるまい。
「そこの君もきなさい。あまり美味しいものではないだろうけど」
部屋の隅にいる妖精にも声をかける。が、そこからあまり動こうとしない。私とアリスがそこへ行って私達は食事をした。私は食べてないけども。
「ごちそうさまでした」
私は木の格子の隙間から皿を出した。
次の日も同じようなやり取りが行われた。
一週間ほどして質問の内容が変わってきた。
「それでなぁ、君から押収した物なのだが、以前盗難されたと報告された物と一致するのだよ」
耳を疑った。何を言っているのだろうか。凛とした顔に張り付くキナ臭い微笑。
「あのナイフ。隣国のエルフ頼んで特別に作らせた一点ものだという話だ」
話がみえてきた。単純明快。冤罪に乗じて価値のあるものを私から巻き上げようとしているそれだけだ。
「そうだなぁ。ここからは私の独り言になるが。これをどこで手に入れたのかは知らないが、多分、拾ったりしたんだろう。このナイフはさる貴族のもので、拾って届け出たものには恩情があるのではないかと思う。そう、例えば禁固一ヶ月の刑に処せられた者が釈放されるくらいには」
ここまで言われて理解できないとなればただの馬鹿ではないか。
私が何も言わないでいると、左腕が掴まれて次の瞬間には人差し指の爪が剥がされていた。
「あ、……っがァ!!」
痛いなんてものじゃない。これまでのどんな痛みよりも痛いんじゃないかっていう鋭い痛みが右手を駆け抜けた。声にならない痛み。見れば、ペンチのようなものに私の爪だったものが掴まれ、地が滴っている。
「ん? どうしたのかね?」
次に中指の爪が剥がされた。順次爪が剥がされ、左手の指の爪は全て剥がされた。暴れ用にも暴れられず、私の荒い声だけが木霊した。
最後に爪を元の位置に置かれ、治癒の魔法をかけてもらった。
見た目は怪我なんてしたようには思えない左手がそこにあった。
「今日はここまでだな」
彼はそう言って退出していった。
拷問においては切断というのはあまりないようです。視覚的なビジュアルではかなり堪えるものがあるでしょうが。
相手に苦痛を与え続けるだけであれば、切断を行うと、発痛物質が切断面のみからしか。供給されません。
発痛物質とは細胞が破壊された場合いに放出される物質で、まあ手をプレス機で潰された場合と切断された場合では、前者の方が痛いそうです。