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精霊は科学の夢を見るか  作者: ごんけ
クロステル領Ⅰ
13/23

013話


「このあたりにいるのか?」


 時折地面の匂いを嗅いでは走り出す。捜索願の出されている犬を探し出そうと躍起になっているわけだ。ここ数日は狩猟などをして過ごしていたが、街の人たちとも顔見知りになっていたほうが良いのではないかと考え、このような依頼を受けていた。普通の人ならば、獣人でも本職が獣であるレーレの嗅覚にかるわけがないだろう、たぶん。そもそも匂いが残っているのかどうかもわからないが、いい家庭で我侭に育てられた犬だそうだ。既に5日は飼い主のところに戻っていないらしい。

 獣人が獣を飼うってどうなんだとはじめは思ったが、よく考えたら人間は同じようなことをしてることに気がついたので以降は気にしなくなってしまった。


「アリスは使えないし、レーレだけが頼りなんだぞ」


「私だってすごいんですよ」


「はいはい」


 レーレは一声吠えて私がついて行ける速度で走る。四足歩行をする動物というものはかくも走ることに適しているのか。その店、人間はどうだ。決して走ることに適した体をしているわけではない。


「もうちょっとゆっくりー!」


「がんばれ、がんばれ」


 空飛んでんじゃねーぞ。ちらほら振り返りながら進むレーレは本当にいい子だ。だから、お願いだからもう少しゆっくり走ってくれ。



 昼食を摂ってまた捜索を開始する。


「あんまり身入りのいい仕事じゃないからさっさと終わらしたいんだけどな」


「文句を言ってはだめですよー」


 少し娯楽的な感じで、いやいや。仕事をせずにだらだら過ごすことはできるが、そのようなことはあまり精神的に良くない。街の皆さんは朝早くから忙しなく働いているのだ。持ち家ならともかく、宿屋に引き篭るのは辛いものがあるのだ。かといってこのような仕事も辛い。

 とうとう街外れまできてしまった。近所のがきんちょはこの時間でも遊んだりしているし。もうお仕事は終わったのか。秋も深まりつつあるこの季節は何かと物入りの季節である。冬に向けての蓄えをしなければならないと思うのだ。


 つらつら考えていると、子供たちが集まっているのが見えた。結論から言うと、探していた犬がいじめられていたというだけの話だ。石を投げられたり、棒で叩かれたり。右の後ろ足をあげていて、見るからに泥だらけでボロボロだ。


「そこの君達、動物虐待はよくないぞ」


「だれだてめー!」


 すんごい既視感。まずは大声で威嚇、ここからの暴力があれば完璧だ。こうして冒険者なんていう野蛮な人種は作られていくんだろうな。その間に犬は息も絶え絶えになり階の前へ倒れふした。


「おっさん、ここはおれたちのなわばりなんだぜ!」


「おっさんではなく、お兄さんだ! で、そこの犬をこちらにわたしてほしいんだけど」


「はんっ、これはおれたちのえものだ。こいつでとっくんしてまものでもたおせるくらいにつよくならないとな!」


 おー! じゃない。団結心が高いことはいいことだけど、この無抵抗の犬に暴力を振るうのはあんまり看破できないな。得てして幼子というものは残酷なものだ。よってたかって無抵抗のモノを痛めつける。あとおっさんではない。


「おっさんだってぼうけんしゃなんだろ! どうぶつやまものころしてるんだろ!」


 その通り、その通りなんだけど。それとこれとは違うだろ。私がしているのは害獣を減らすことと、自身の生活の為である。子供たちからしたら、自分たちがしていることとかわりないと思えるかもしれないが、それは私が分別を持ち、目的があるという点において異なる。とはいえ、子供たちにそんな話は通じないだろう。自分たちが世界の中心だと考えているような存在こそが子供である。あと、おっさんではない。


「よし、ならその犬を俺が買い取ろう」


 5ドルくらいだす。一人当たり50セント以上にはなる計算だ。臨時収入としたら多い方なのではないか? 子供だし。こういう世界だからこそお金にはシビアだ。


「しゃーねーな。どっかいこーぜ」


 案外簡単に引き下がってくれてよかった。犬に近づくととても怯えていた。足は一本折れているようだ。これでは満足に歩けまい。首に巻かれたロープは木の杭に繋がれていたので、小刀で切り離した。ロープを切り離すと、汚れた体を必死に動かして逃げようとしていた。捕まえると、暴れた。

 暴れるけど、仕方がないのでそのまま持って移動をするしかなかった。中型犬だったのがよかった。大型犬ならちょっと持てたかどうかわからない。それでも道すがら注目の的となった気がしたが気にせぬがいいだろう。ジロジロ見られても痛くも痒くもない。


「汚れたまま持って行っていいのだろうか」


「大丈夫じゃないですか? 依頼ではそこまで指定されていませんでしたし」


「そうだな」



「なにこれ? 汚いわ。いらない。

それよりも、あの犬が欲しいわ」


 開一口、以来達成の言葉であった。自分の犬はもういらない。そしてレーレがほしい。自己中心的な言葉だ。


「すまんな。娘の言うことだ」


 だるんだるんの二重あごを揺らしてる目の前の男が依頼人だった。私は頷くにとどまる。


「依頼は達成ということになるな。はやくライセンスを見せなさい」


 見せると、それに魔力を通していた。


「これでいいだろう。おい!」


 屋内からあまり顔色の良くない男が出てきた。下男のようだ。


「あんたまだいたのか? 早く帰って体を洗ったほうがいい。匂いが移っていると思う。

これは処分しなさい」


 後ろの言葉は下男に対してだった。大きな音を立てて扉が閉められ、残されたのは私と顔色の悪い男だけだった。先程までの依頼達成という少しの高揚感は零下まで下げられ寒々しい大地が横たわっている。男は犬を家の横の庭に連れて行こうとしていた。私でも持てるくらいだからそれは容易く達成される。

 私はその場に立っていることしかできず、2分ほどの後に何かを殴る音と、一声あがった。切ない犬の声だった。レーレが足に頭を押し付けてきたので私は足取り重く、その場を去るしかなかった。

 あのやつれてぼろぼろで小汚くなっていた犬。犬の汚れを落として飼い主のもとへ持っていけばよかったのか。いいや無駄だろう。足の骨が折れていた。おそらくは同じ運命を辿っていた。子供たちから犬を、いや同じくあのままだと死んでいただろう。ならば私が飼うか? それこそ無理だ。では何が一体正しかったのだろうか。日本でも飼えなくなったということで保健所で殺される動物は多くいる、そんな動物の1匹がたまたま目の前で同じようなことになっただけだ。そもそもここには保健所なんてものはない。飼い主の責任をもって殺害しているだけまだ良いのかもしれない。立派に飼い主としての責を果たしている。


 ……ああ、本当に何が正しいのだろうか。私は横を歩くレーレを見た。


 組合の受付で以来達成を報告し、報酬が振り込まれた。500ドル。それがあの犬の報酬。そして価値。それとは別に一週間が経ったので、50000ドルが報酬として手に入った。



 次の日、私は一日宿屋に引きこもった。



「次郎、いい加減に起きましょうよ」


「いやだ、俺は引きこもる」


「そんなわがまま言っちゃダメでしょ。私は少々食べなくても大丈夫ですけど、レーレはどうするんです? 飢えさせるつもりですか?」


 レーレ。食いしん坊だから。昨日の食事はどうしたっけ。


「レーレももっとばしっと言わないといけませんよ。空気を読んで静かに丸まってるだけじゃダメです」


 静かに抗議の声を上げたがいつものような元気はない。ローブから顔を出して頭をあげ、鼻をヒクヒクさせたてまた頭を下げてしまった。傍から見ても元気がない。


「次郎! ほら、出ますよ! 仕事はしなくてもいいですけど、食事は取らないと次郎もレーレも体を壊してしまいます」


 こら、髪を引っ張るな。意識をすれば腹が減ってきた。働かざる者食うべからず、だが腹が減っては戦はできぬと申して、まず第一に食事をするのが大切なのではないかということ。のそりと緩慢な動作で立ち上がると、再びレーレが顔を上げた。


「すまなかったな。何か食べに行こう」


 ゆっくりと起きだして、私の足にまとわりついてきた。「ごめんな」と頭を撫でてやった。

 既に昼過ぎ。私の腹の虫が声を張り上げた。



 1つが2ドルという焼かれた肉の塊を5個ほど購入し、既に3個はレーレの腹に収まっていた。私が手に持った肉をアリスがつまみながら、私も食べながら歩いている。

 商店街、いや市場か。このあたりは食べ物ばかりだ。活気がある。早朝とかはもっとすごいのだろうか。


「お兄さん、お兄さん、安いよ」


 店の外で客引きをしているのは大抵子供だ。購入者も子供が目立つ。意外と子供の就業年齢が低い。発展途上国などではよく見られる光景だ。


「お兄さん、こっちだよ」


 なんて子供が袖を引っ張ったりしてもあまり強く出れない。


「いい肉が入ったんだよ! 買っていかない?」


「へー、何の肉?」


「魔物ですよ、魔物。レッドフォックスっていう魔物の肉なんですけどね、なんと100 gで1000ドルですよ! 他の店なんかより遥かに安いですよ!」


 って、魔物の肉高い! ってことはあれか? あの猪の魔物の肉も相当高いのか?


「ほらほら、買わないんですか?」


「い、いや、他の安い肉とかないか」


 途端にがっかりしたように方を落としたがそれも一瞬のことで、「それでしたらこちらの肉が」と進めてきた。

 100 gが50セントとまあ安い。


「ところで何の肉?」


「これはですね、ダラハイエナという動物の肉です」


 たくさん狩猟されるが、それはそれ。結構な美味らしい。露天で売っている肉もこの動物のものが多いそうだ。どんな動物か特徴を聞くと、私たちが前にたくさん討伐した動物だということがわかった。大きな個体であれば10 kgほど肉が獲れそうなので組合に持っていけばそこそこの値段で買取されそうだ。


「それじゃ、5 kgほどもらおうか」


「ありがとうございます。えっと、」


「25ドルだろ。あと大体でいいんだが、500 gごとに切ってもらえるか?」


 欧米とかだとここでチップかなんかわたすのだろうが、ここではどうなんだろう。わたさなくてもいいだろうが、こういうところで働いている子供って案外安い賃金でこき使われているわけだよな。こんな小さな頃から働いているわけでない私は同情的な雰囲気になってしまう。


「はい、これ」


 とでっかい葉っぱに包まれた肉の塊を渡された。結構重い。持ち歩くには不便なので、リュックの中に入れた。


「これは?」


「君の働きとこれからの投資だよ」


 と1ドルを硬貨でわたした。それをみた少年は顔を輝かせて犬っぽい耳をぴこぴこ激しく動かしていた。すっごく可愛い。


「くぅー、すべてのお客さんがお兄さんみたいだったらいいのに」


 笑顔でちょっと悔しそうに、そして嬉しいことを言ってくれる。調子のいい少年である。またここで買い物をしたくなる。

 レーレは尻尾が千切れるんじゃなかってほどぶんぶんと振っている。そしてやたらと私を見てくる。


「もうちょっと待ちなさい」


 躾は大事である。

 武器屋なんかもあるが、私がみたところでろくな武器は使えないだろう。それよりは防具を充実させたい。


「そのローブよりもいいものなんて、それこそそこの魔鉄鋼の胸当てくらいだよ」


 とのっけから言われてしまった。やはりこのローブはすこぶるいいらしい。


「この胸当てだけでも家が一件建つくらいの値段だからね」


 恐ろしいことを言っている。私のローブを鑑定させて欲しいと言われたが、売るわけでもないのでそこまで詳細に鑑定してもらう必要性を感じなかったのでやんわりと断った。

 鉄製品なんかも置いてある。


「おじさん、魔鉄鋼って何なんですか」


「普通の人は使うことないからなぁ。ミスリル、アダマンタン、ノルアウルツ。名のある魔鉱を鍛えるのはほとんどがドワーフの独壇場だからなぁ。希少性もそうだが、価格もすごい。ほとんどが国で買い上げてから市場に降りてくるわけだからな。その分性能は国からのお墨付きだ。この街ではこんなものしか置いてないけどよ、王都になればそれはすごいぞ。オーダーメイドもしてくれるらしいぞ」


 なんともまあファンタジックな話だ。鉱物自体も非常に高価なようだ。どこにあるのかなんかはわからないが、そのような依頼もあったような。お金には困っていなが、ちょいっとどのような原子配列になっているのか気になってしまうのは仕方がないんだと思う。ただ単純に金属が魔力を帯びているだけなのか、それとも特殊な原子配置によるものなのか。後者であればワクワクしないわけがない。

 おじさんは話好きならしく、私も話にのっていたらレーレが吠えた。そんなに長いこと話しをしていただろうか。レーレにとってはどうでもいいことなのだ。



 既に馴染みのある店での夕食だ。


「あれ? 一昨日ぶり?」


「安い定食と肉を」


「はいはい。いつものね。7ドルになりまーす」



 宿屋に戻り、肉を取り出すとレーレが私を押し倒す勢いで飛び込んできた。


「ちょっ、待て。手を、手が」


 顔も手もベトベトになってしまった。



ぼっち気味の主人公です。

そんなにコミュニケーション能力はありません。


依頼とかあってもいいことばかりではありませんね。



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