011話
私の横を歩くヘロウトという男はおしゃべりというかとっつきやすい男だった。私のように口下手の人でも話しやすい。
「こちらが役所になります。ここで各種の手続きがありますので入りましょう」
しっかりした石造りの建物で、入ると右脇にヘロウトのように鎧を着た男が何人かいた。
「彼らはここの警備をしています」
万が一に備えてらしい。物騒であるが、こんなものなのだろうか。
と、ちょっと目を離したすきにヘロウトが受付の人と話していた。
「こちらに名前と出身国名を書いてもらえますか? 代筆が必要ですか?」
英語で書くべきだろう。坂本次郎と日本を英語で書いた。
「身分証を発行しますので、椅子にかけてお待ちください」
気のない返事をして椅子に座ろうと思ったら、ヘロウトが声をかけてきた。
「虚偽はないようですね」
「ん?」
「あの羊皮紙には虚偽が通じません。また一度身分証を発行していた場合には発行するということはできません」
どういうことなのだろか。
「後で説明を受けると思いますが、身分証は全ての国と地域で共通です。山や森に引き篭っている人とかはそもそも身分証を作らないのが問題となっているのですけど」
「サカモトさん」
呼ばれたので、立ち上がった。
「これが身分証となります。詳しい話を聞かれますか?」
「お願いします」
身分証とは障害に一度だけ作られるものだ。これは高度な魔法の産物であるらしく、身分証を体内に格納することができる。格納といっても、体内へと埋没させるわけでなく、必要に応じて自分の魔力から生成することができるということだ。人は誰しも少なからず魔力を持ち、その魔力波は個人によって異なる。魔力によって物質化し、魔力波により個人を識別し、それの行使を可能とするものである。身分証には名前、出身地、人種、犯罪歴、所持金が記載される。身分証の偽造は不可能とされるが、その偽造を行った者は如何なる理由があれ死刑とされる。法の下に裁かれるというわけではなく、偽造に際しては身分証そのものによって死に至るという話であった。
「身分証はだそうと思えば出せますから。あと、現在の所持金は0ドル0セントとなっています」
「ありがとうございました」
「それと、この者の魔物も登録してくれ」
「はい。ではこちらの、」
また書類にレーレのことを書く。種族なんかはウィンドウルフとエルフは言っていたが、ここでもそうだとは限らない。なので、種族は開けて名前にLeereと書いた。もちろん、所有者は私だ。
レーレも登録したとなれば、アリスも登録しないといけないのだろう。こういったものは後回しにすればするほど面倒なことになるのだ。先に言ったほうが良いだろう。
「すみません、あともう一匹いるのですけどよろしいでしょうか」
「はい。問題ないですよ。ではこちらに」
もう一枚羊皮紙を出された。アリスは自分のことは自分で書けと思いたい。
「アリス。ちょっと出てこい」
ローブのフードの中に入っていたアリスが出てきた。
「種族って精霊でいいのか?」
「そこは何の精霊かわかるようにしてほしいです」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
受付の人は慌てて奥に行ってしまった。
「これ、魔物用じゃないですか」
「えっ? 魔物と同じ扱いじゃないのか?」
「それはひどいですよー」
心外だとでも言うようにアリスは可愛らしく口を膨らませてしまった。
「お待たせいたしました」
と先程とは変わりかなりご年配のおじさんがやってきた。
「それではこちらにご記入願えますか」
羊皮紙もまっさらな上等なものとなっている。なにこれ。
気になりつつも、つつがなく登録を終えた。
「坂本様、こちらへ来てもらえますか?」
と応接室のようなところにやってきた。ヘロウトも一緒だ。
「坂本様、これが魔物用で、こちらが精霊用の登録証となります。こちらは先程の身分証とは違い、魔力によって物質化することはできませんのでお気を付けください。なくしたとしても再発行することができます。精霊用につきましては無料ですが、魔物用になりますと手数料がかかります。登録証には坂本様の身分証を登録してありますので、提出を求められた場合は一緒に提出することになります。ここまでよろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
「坂本様は精霊と契約しておりますので、法律によりますと、名誉貴族の位が授与されます」
き、貴族!? 名誉貴族とか普通の貴族とかあるのだろうか!?
「これは坂本様が国民となった場合、正式に貴族の位が授与されます。その位は最低でも伯爵となります。現在、坂本様はどこの国にも属していない旅行者、冒険者となりますので名誉貴族となります。名誉貴族とはいえ様々な特権がありますので、確認して欲しいのですが、現在のところその特権・義務に関して綴ったものがありませんので後日説明させてもらうことになりますが、よろしいでしょうか」
「はい」
「では話はこれまでとなります。質問はありませんか?」
「あの、魔物の素材とかあるのですが、それを換金するところとかありますか?」
「ああ、なるほど。バンクでも借りることができそうですが、そうですね。それでしたら、冒険者組合へ行かれたらどうでしょうか」
無一文ですから。しかし、銀行なんかあるのか。
「私が案内します」
ヘロウトがぬっと話に入ってきた。考えることはたくさんあるのだが、まずは金がいる。しかし、通貨もドルなのか。
「いやぁ、契約精霊がいたんですね。それなら早く言ってもらったらよかったのに」
どういう意味だろうか。
「貴方は知らないでしょうが、精霊と契約している人はかなり珍しいんですよ。国内でも今は10人もいなかったかな。いずれも侯爵以上の地位についていますからね。戦力としても魔導師百人分以上はありますから国としても取り入りたいのでしょう。でも大多数の者は冒険者などという地位に甘んじているようですね。長寿だと地位とか名誉とかには興味がないのでしょうか」
と笑っている。グランさん見ても、すごかったからな。あんな人がこの国に10人もいるのか。……グランさんは含まれているのだろうか。
「ここが冒険者組合です。別名、職業斡旋所とも言いますね。日雇いの肉体労働から魔物討伐の仕事まで様々な仕事がありますからここでいろいろと聞かれるといいですよ。あと、冒険者組合に加盟すると宿が安く泊まれたりしますよ。精霊契約者は名誉貴族ですからもしかしたら宿とかも安く泊まれるかもしれませんが」
なんだかんだいって貴族の特権で安くなると言ってもお高い宿がすこーし安くなるだけなのではないだろうか。私のように精霊と契約している者の多くは冒険者らしいので登録しておいて問題はないだろう。
「では私はここで」
「ありがとうございました」
「いえ、仕事ですから。わからないことがあれば役所か組合にでも出向いて聞いてもらえば懇切丁寧に説明してもらえると思いますよ」
精霊と契約しているからだろ。ヘロウトは少し口角をあげて苦笑していた。でも、ここまで親切にしてもらえるということにこの国、いやこの街がいい街であると思った。
中に入ると、石張りの役所とは異なり、板張りの床がコッと柔らかい音を立てた。
レーレがそわそわしている。むさ苦しい男が結構な密度でいるわけだからな。あとなんか汗臭いし。鼻の良いレーレがそわそわするのもわかる。それになんだか注目されているようだし。
カウンターまで行くとお姉さんが対応してくれた。日本でもそうだったが、企業の受付や市役所なんかの受付は綺麗なお姉さんばかりである。どうみても顔で採用を決めただろうとしか思えないが、世の中なんぞそうそう変わるものではないか。ここでも例に漏れず受付は綺麗なお姉さんが対応してくれる。
「はい、本日はどうされましたか?」
組合に登録をお願いしたいことを告げると、身分証と登録証の提出を求められた。登録証を出したところ、お姉さんが若干興奮気味だったのが怖かったが、滞りなく登録は終わった。組合員証をもらいまた説明を受けた。
組合員証の再発行には手数料がかかるが、私の場合は精霊契約者ということで免除となる。どれだけ融通されるのか怖いが。組合員はどこの国地域にも属さない独立の組織であり、宗教、政治とは切り離して存在している。組合員は特別の場合を除いて定期的に組合の仕事を受けなければならない。仕事の斡旋、依頼においてはランクが存在し、そのレベルはS、A、B~Iまでの10段階である。依頼においては+1、-2までのレベルにおいて受けることができる。受けた依頼に対してて不達成が続くようであれば組合の判断により降格も有り得る。また、組合から指名された仕事は必ず受けなければならず、受けなければ組合から除されることとなる。覚えておかなければならない規約はこの程度であった。
「ありがとうございました」
何事も対人関係を良好にしておいて悪いことなんてほとんどない。それこそ最高に頭の悪い人とかでない限りは人間関係を良好に保つことは処世術の一つだといえよう。
「ご苦労様でした。これで登録は終わりです」
っとここに来た目的は他にもある。
「魔物や動物の素材を売りたいのですけど、どこでできるんですか?」
「それはあそこですね」
と示されたのは厳ついおっさんがいるカウンターだった。お礼を言ってそこへ向かう。
「まずは身分証とライセンスを提出してもらえるか」
結構な迫力で、言われた通りに出した。
続いて素材の提出を求められたのでローブを脱ぎ、リュックを下ろす。リュックを背負ってローブを羽織っていたのだからその通りだろう。ローブを脱いだ時に切りつけられた跡を見たが、若干毛が抜けているとかそんなだったので安心した。
「そのローブと背嚢は違うのか?」
売る気はないので頷いた。売るとしては、兎の毛皮が8枚、狐が3枚、そしてあの猪の毛皮が幾らかと蹄が二つ、牙が一つであった。肉はあまり多くもないので食べてしまったほうがいいだろう。
「この牙と蹄は大きな猪の魔物のだったのか?」
と聞かれて頷くほかない。そして、それらを持って奥の方へ行ってしまった。帰ってきた時にはおじいさんとよんでもいいような年の人が出てきた。
「これらの素材で27000ドルになる。また依頼は受けていないようだが、討伐対象であったダンクボアの討伐によりその報酬額の半分である50000ドルが支払われる」
って何この値段。ここでの価値がどうなのかわからないが、私の感覚からするとあまり持ち歩きたくない金額である。
「支払い方法は現金か、身分証への記入。どちらがいい?」
持ち歩きたくはないが、1000ドル位は持ち歩いてもいいのではないかという気がする。
「現金は1000ドル、他は身分証への記載でお願いします」
「わかった。身分証を出してくれ」
出すと、おじいさんが身分証のようなものを合わせてきた。よくわからないでそのままでいたら、確認するように言われてしまった。身分証には76000ドルが入っていた」
「100ドル銀貨を10枚でいいのか?」
「はい」
よくわからないので頷くしかない。おっさんが怖いので、受付のお姉さんに貨幣についても教えてもらおうと心に誓った。
「残りの報酬は一週間後だ。高額依頼にはこういうこともあるから覚えておくといい」
お礼を言って、そこで聞けばいいのに態々受付のお姉さんのところまで行った。
「聞きたいことがあるんだけどいいかな」
「いいですよ?」
「貨幣のことが聞きたいんだ」
お姉さんの話では、1セント銅貨、10セント銅貨、1ドル銅貨、10ドル銀貨、100ドル銀貨、1000ドル金貨、10000ドル金貨までは市場に出回っているらしい。世界で共通するのはここまでで、国により独自の高額通貨が存在するらしい。あまり見かけることはないだろう。身分証で支払いなどを行うのが一番いいとのことだ。公共の機関ではそれができるが、できないところもあるので一応は貨幣も持っていた方が便利ということだった。
宿泊においても、組合員割引での一番安い宿が一晩5ドルの大部屋らしい。食事も一食当たり5ドルあればいいらしい。一人部屋は安くても10ドル以上らしい。うん、日本での1ドル100円と考えれば問題ないだろう。一人部屋の宿を教えてもらうと、この組合の後ろの辺りはそういった安宿が多いらしい。
身分証のお金もいくらにするか声に出すか、身分証に指定して相手のカードと接触すればいいらしい。
たくさんの視線が集まっているような気がするので、お礼を言ってそそくさと組合をあとにした。
歩くと店が色々と出ていた。いい匂いがする焼き鳥のようなものを購入し、食べながら宿を探した。レーレ用には焼かれていない生肉を購入した。生肉は三割引ほどで購入することができた。レーレがいるということでどこもあまりいい顔をしてくれなかった。宿の作りは半分が一階が食堂となっているものだった。何件か回って一階が食堂ではない宿屋で宿泊することになった。一階の暖炉のある小さなスペースは談話室のようで、椅子が置いてあった。部屋は一部屋一部屋暖炉があるらしく、一晩で15ドル。その分およろ6畳ほどの広さでベッドは一つ。テーブルが一つに椅子が二脚。100ドル銀貨を出すと、店主はきちんとお釣りを返してくれた。
レーレに肉を与えベッドに横になると、私はすぐに意識を手放した。
説明回でした。
次郎は転生物の小説とか読んでいませんので、そこそこきちんと話は聞いています。
いきなり大金が手に入りました。
あと、組合のおじいさんは金庫番です。つまり、かなり実力は高いです。