第六話 過去-El pasado-
-四月十七日 PM11:28-
「ぅ・・・何処だ此処」
起きた榊原の目に映った天井は、何の色彩も無い無機質なものだった。すると、隣から聞き慣れた声が飛んでくる。
「やっと起きたか。つっても、何で気絶したのかこっちとしては不思議でならなかったんだけどな」
話しかけてきた男は博士だ。相変わらず季節に合わないコートを着用していらっしゃる。
「ぇーと・・・とりあえず此処何処だ?」
「病院だ。まぁ、普通の病院に連れて行くわけにもいかないから、暗部のカモフラージュとして使っていた病院に運んできたんだけどな」
「は?病院としては機能していないって話じゃなかったのか?」
「民間ではな。本格的なカモフラとして使っているから、設備は整っているし、人員もいる。だから暗部関係の人間を治療したりって事で利用されているわけだ。」
ちなみに博士曰く、この施設自体は地図にすら載っておらず、一般人が来ることはほとんど無いらしい。また、偶然来てしまった人に対しては、ご丁寧にも気絶させて記憶を日本独自の技術で奪うらしい。
その対処方法に対しては、酷ぇという一言に尽きる。
とりあえず榊原は窓の外を眺めてみる。なぜ自分が病院にベッドの上にいるのか、思い出せなかったため、任務があったというところから思い出しているのだ。
確か、正規軍の基地を革命軍から奪還すべく向かって、そこで博士や四百苅の護衛をしていて・・・。
その直後、榊原の脳裏にスコープ越しに日本刀で刺される四百苅の記憶が鮮明に浮かび上がった。
「ッッ!!そうだ!!アイツは!?四百苅はどーなった!?」
「落ち着け。四百苅の傷は致命傷じゃなくて、命に別状はないらしい。それより、お前は大丈夫なのか?急に人が変わったようになったと聞いたが」
「あぁ?何のこ―――――」
その時、思い出した。四百苅が倒されたと知ったとき、自分の中をなんとも言えない感情が渦巻き、それから『榊原恭也』としての人格が引き摺り下ろされるような感覚、二年前と同じ感覚がしたことを。
「あれについては・・・そうだな。とりあえず四百苅に会えるか?」
榊原自身は外傷は無い。出来ることなら、四百苅も居た方がいいと考えたのだ。
「あぁ。意識も先ほど回復したらしいし、大丈夫だろう」
これから、博士と四百苅に俺の過去を話す。
-四月十七日 PM11:35-
「で、あんたの過去って何なの?」
四百苅の病室に来た。この場にいるのは榊原・博士・藍の三人だ。榊原と博士はいつもどおりの私服だが、藍だけが薄い緑色の病人服のようなものを着ている。
「まぁ、何というか・・・二年前にも、さっきの任務のときと同じような感覚を感じたことがあったんだよ」
いつも物事をはっきりと言う榊原にしては、はぐらかすような言い方は珍しかった。その榊原の変化に気付いて、博士が話を続ける。
「二年前と同じって、さっき別人になったような現象の事か」
あぁと言った後、榊原は過去を話し始める。彼が孤立してしまい、心に傷を負ってしまった二年前の出来事を―――――
-2061年 某月某日-
榊原はいつものように遅刻ギリギリの時刻で登校していた。その時、後ろから突然声をかけられた。
「よぉ榊原。やっぱ学校行くならこの時間帯だよな」
そう言ってその男子は俺の隣に来て、同じ速度で歩く。名前は思い出せないけれど、学ランのボタンを全開にして、その下に私服を着、ネックレスをつけた不良のようなコイツは仲が良かったような気がする。
「全くだ。本来ならボイコットしたいところなんだけどな」
そう言って俺と名前も思い出せないソイツで学校へと足を向ける。この日に起きる惨劇の内容など知らずに。
学校に着いた。そこで交わされるのは普通の会話だ。
「榊原ー。理科のレポートやったか?」
「やべぇ!昨日徹夜でギャルゲしてたから微塵も終わってねぇ!!」
そんな下らない会話である。だが、問題は昼休みに起きた。その問題の中核にいたのは、俺・朝の不良みたいなヤツ、そして沙紀である。
昼休みの事だ。件の不良は、沙紀の事が好きだったらしい。所謂色恋沙汰というやつだ。だが、沙紀は俺のことが好きらしく、見事に不良君は撃沈してしまった。そこまでは問題なかった、のだが・・・・・。
問題はその後の、5限目の音楽の授業中に起きた。
「テメェは良いよな!顔も良くて、運動も出来るんだからな!!俺は無理だよ。それなのに・・・テメェは俺から欲しい物を奪って、良いよなテメェは!!」
俺は音楽室の扉付近、件の不良は音楽室の中央付近に立ち、対立するように向かい合っている。生徒がザワザワと騒ぎ始めている。(授業中なので俺とソイツと先生以外は立っている人間は居ないのだが)
「俺が持てないものをテメェは簡単に手に入れちまう。何なんだよお前は!目障りなんだよ!親が仲が悪くて別居してて、まともな暮らし送ってねぇんだろ!!それなのに恵まれすぎなんだよ!」
言葉が一つの目的を持っていない。支離滅裂な言葉の数々がぶつけられる。
だが、意識はそこへは向いていない。俺の意識は、家族を貶された方へと向いていた。
「確かに俺の親は喧嘩ばっかりだよ。だから何なんだ!第三者に口出しされる覚えはねぇんだよ!」
俺が怒ったことに愉悦のような感情を抱いたのか、さらに悪意ある言葉の数々をぶつけてくる。
「ハッ!!そんなろくでもない親の子なんざ、上辺だけの野郎なんだろうな!」
わざと大声で悪口を言う不良。先生が止めようとしている様子が垣間見えたが、もう遅い。
「ッ!!」
俺は気付いたときには右拳を全力で握り、不良を殴り飛ばしていた。だが、身体能力上昇で強化された拳を受けても、不良君は倒れずに踏みとどまり、カウンターするような形で殴り返してきた。
向こうも全力で放ったであろう一撃を、しかし俺はさっき全力で拳を放ったため、バランスを崩して、ガード出来ずに真正面から受けた。
「グハッ!」
身体能力上昇で強化された身体でも、不良君もナノマシンにより身体を強化しているに違いない拳を受けて、俺は壁へと叩きつけられた。
「こんな程度なのか?やっぱ変な親の元に生まれてきちまうとダメな子が生まれるんだな。これなら、お前が可愛がってる妹もお前と似て残念な奴なんだろうな」
妹を引き合いに出されてしまった。親とはそれほど深い絆は無かったものの、世界で一番大切にしている妹を貶された。
よくあるクサい台詞かもしれないが、俺は自分の事は幾ら言われようとも構わなかった。ただ妹を出されてしまった以上、目の前の敵を野放しにはしておけない。
―――――その時、俺は自分を律しているものが崩れていく音を聞いた―――――
―――――自分の意識が何かに吸い込まれる感覚―――――
―――――『榊原恭也』が、自分の中で生まれた何かに押し潰されるような―――――
その瞬間俺の中にあったのは・・・ただ目の前の『敵』を潰すという意思だけだった。
一応次回で過去編終了です。更新は明後日になると思います。
それと、超能力が思いつかなくなってきたので、意見があれば感想にお願いします。