第五話 覚醒-Despertando-
3月10日改稿
-四月十六日 PM10:38-
「なっ・・・!!」
FnS-42で援護射撃をしていた榊原は驚愕した。スコープ越しに見えたその光景は、信じられないものだった。
四百苅が茶髪で黒いシャツを着た男と対峙して、男が何かを言った後、四百苅が持っていた日本刀が手を離れ、宙で回転し、その日本刀で四百苅自身が刺されたのだ。
その時、向垣内の言葉を思い出す。
『高位能力者と対峙してしまったときは、無理に攻撃しようとしないことだ。高位能力者は何かを操作する事に長けている場合が多い。よって、自分が放った攻撃を利用されて反撃されることがある。その方がナノマシンの演算処理も負担が少ないしな。』
つまり四百苅は、高位能力者と対峙し、負けたのだ。戦いという舞台であれば、別に可笑しい話じゃない。しかし、ついさっきまで近くにいて、普通に会話をしていた人間が刺されたのだ。腹を刺されたようだから即死ではないだろうが、すぐに治療を施さなければ死んでしまうだろう。
怒りとも悲しみともとれない、微妙な感情が榊原の中を渦巻く。
その瞬間、自分という人格が引き摺り下ろされるような感覚がした。
意識が無理やり奪われ、代わりに自分の中から新しい何かが生まれるような、
自分が『榊原恭也』以外のもので埋め尽くされるような、
この感覚は・・・・・二年前と同じ感覚――――――
-四月十六日 PM10:39-
マズい。四百苅がやられた。だが、侵攻部隊がやられたからといって、呆然としている訳にはいかない。
さっきからFnS-42を撃っているが、男は微動だにしない。男の足元には形を留めままの銃弾が転がる。
あの男の能力、念動力か何かだろうか。
「マズいな・・・これが本当だとしたら博士でも勝てるか分からないぞ・・・・・」
おそらく『誘き寄せられた』のだろう。雑魚で前線を固めて、深くまで切り込んできたところを高位能力者で殺すという戦略。ここは撤退させなければいけない。
「撤退!!撤退だ!!!」
私が隊長として、B班に指示を出すと、全員が一斉に撤退を始める。(A班は林の敵を掃討するだけなので、すでに撤退させている)
だが、一人だけ呆然と立ち尽くしている男が居た。
榊原恭也だ
「おい!早く撤退するぞ!!このままでは全滅する!!」
私は榊原の肩を、ガシッ!と掴むが、その腕は簡単に振り払われた。いや、それだけではなかった。
私は一気に10m程吹き飛ばされたのだ。
自惚れている訳ではないが、私は他の人間よりは筋肉がある自信がある。だが、手を簡単に振り払われただけでなく、簡単に10m以上も飛ばされた。榊原の能力はLank.4の身体能力上昇とは聞いている。また、純粋な身体能力では世界最高峰級だとも。
だが、世界の何処に体重約90kgの人間を手を軽く払うだけで10m以上吹き飛ばせる人間がいるのか。
その辺にある岩などに背中を打ちつけた私は、よろよろとした動作で10m以上先にいる榊原へ目を向ける。其処にいたのは、姿形こそ榊原だったが、それは『榊原恭也』ではなかった。
見た目ではなく、もっと根本的な部分が違う、そんな感じだ。
そして、私の直感はこうも言っている。
アイツは危険だと――――――
行間一
よぉ。何だ。貴様もう帰ってきたのか。
アイツらを観察してくるっつってたから、帰ってくるのもうちょっと先だと思ったんだがな。
まぁいいや。せっかく帰ってきたんだ。ちょっくら俺様の昔話に付き合えよ。
何?聞きたくない?何言ってんだ。ここは俺様を慕ってるヤツなら、号泣こそする場面だぜ?
まぁいいから聞けよ。
俺様は昔、それなりに良い立場にいたんだ。あぁ、それはお前も知っている通りだ。
でもな、そこに突然、例の二人が現れて、俺様に従えとぬかしやがった。
冗談じゃない。知らないやつがいきなり現れて、この俺様に従えと?
俺様は『上』に逆らったことなんて無いが、その時ばかりは違ったね。
早速俺様は同じ意思を持つ仲間達を集めた。俺様は神にさえ成り代われる存在だぜ?
変な二人に従う義務なんて無い。
そして集った仲間達と共に、『上』に反逆したんだ。でもな、それは残念ながら失敗に終わっちまった。
そのせいで、俺様は『上』から追放されたのさ。
それで今はこのザマさ。昔は多くの善良な者達を従えていたのに、今となっては、穢れたヤツらの長って事だ。
面白かったか?いや、答えなくていい。俺様の、堕天使長様の話だ。つまらねぇわけが無ぇもんな。
-四月十六日 PM10:39-
簡単だった。雑魚で誘き寄せて、俺達で片付ける。実際に目の前の女も、持っていた日本刀を操って倒してやった。
俺の能力はLank.9の金属操作。金属を精製、操作する能力だ。といっても、金属を精製する場合は、ナノマシンにある程度負荷がかかるから、周りの金属を操作するほうが楽だ。だから一番身近な女の持っていた金属を操ったわけだ。
まぁ、さっきからチマチマ撃ってきている銃の弾丸を操っても良かったんだが、銃というのはいけすかない。
女もまだ息があるようだから、トドメをさそうとしたとき、一人の男が現れた。身長が高く、整った顔立ちで、茶髪の男。
男の足元に巨大なクレーターが出来上がってることを考えると、空間移動じゃなく、動体視力を超える速度で移動してきたんだろう。
「その女から離れろ。そいつぁ俺のモンだ」
その男は隠すことも無く殺気を放ちながら俺へと要求してくる。
それでも、俺は冷やかすようにヒュ~、と余裕名様子を作り出して口笛を吹く。
「そーゆー関係なの?いいねぇ、さらに殺したくなっちゃったよなぁオイ!!」
実際俺は余裕だった。何せ俺はLank.9の能力者だ。今まで遠距離射撃しかせず、前線に出てこなかった下部組織の一員になんて負ける気がしない。まぁさっきの高速移動を見る限りは中々の使い手みたいだが。
「最終警告だ。離れないんだな?」
そういった直後、男から今までとは比較にならないほどの殺気が放たれる。
何だコイツ、ただの下部組織の人間じゃねぇだろ。
「あァ?ここは戦場だぜ?脅した程度で人質をはい、どーぞなんて返せるような甘ったれた世界じゃねぇんだよ!!」
そんな要求に応じる必要は無い。此処は戦場だ。甘い考えを持った人間は生きていけない。
だが、背の高い男は15m近い距離を一瞬縮め、気付いたときには目の前にいた。
「ッッ!!」
その時、本能で世界で最も硬い金属であるタングステンを精製、展開したのは正解だった。
ナノマシンに若干負担がかかるが、Lank.9の俺にとってはまだ大丈夫だ。
男は音速を優に超える中断蹴りを、身体の芯を地面と垂直に保ったまま放った。
その男が放った中断蹴りは、タングステンを粉々に破壊しただけに留まらず、その衝撃波は地面に巨大なヒビを入れた。
「なっ・・・!!」
ありえない。何だこの破壊力は。それにコイツは、おそらく本気を出していないだろう。
―――――圧倒的過ぎる。勝てない―――――
「分かったか。貴様は俺には勝てない。」
男が言葉を紡ぐ。その言葉に、頭が沸騰するような感覚を覚えた。
「あァ!?一回優位になった程度で粋がってんじゃねぇ!三下がァ!!」
俺は周囲に直径2m程の円状のタングステンを20個程精製する。若干ナノマシンが反応するが、まだ大丈夫だ。ここまで絶えられるとは思わなかった。
「これは避けらんねぇだろ」
その言葉を皮切りに、タングステン製の巨大な球が、長身の男の正面から、上から、左から、右から、背後から。逃げ場の無いようにして襲い掛かる。
が、ドガァ!!という巨大な音と共に激突したそれらは、目の前の男には当たらなかった。音速以上の速度で放たれた球は、その全てが外れ、外れたと気付いたときには男は目の前にいる。
「ッッッ!!??」
ふと見ると、タングステンで精製された球が二個破壊されている。逃げ場がないから破壊して作り出したという事か。
即座にタングステンを目の前に楯状に展開する。その直後、さっきと同じくらいの強さの蹴りが放たれる。それはまたもやタングステンを粉々にした。
「クソがッッ!」
此方からの攻撃も届かず、向こうの攻撃も完全には防げない。
多少焦りが生まれていたところに、左肩と右足の膝へと同時に蹴りが放たれる。ゴギゴギッ!!という音が聞こえ、簡単に50m程吹き飛ばされる。左肩と右足から熱い感覚が伝わり、立つことも出来ずに俺は呻く。
「痛ッッ!!クソ・・・下部組織が何でこんなに強いんだよ」
いつの間に近づいたのか、地面を這う俺の前には、男の割に髪が長く、茶髪で、長身な男が立っている。
「撤退するだろ?いやしなかったら殺すけどな」
「チッ・・・分かった。撤退しよう。」
俺は、ナノマシンの治癒能力で復活しかけている足を引きずって、作戦を練る役である一悠仁に声をかける。
「全軍へ通達しろ。指揮系統は崩壊、立て直しを計るため、この場は一時撤退するとな」
喋り口調こそ威厳を保っているが、右手で左肩を押さえ、右足を引きずる自分の姿は無様そのものだろう。はい、という一の返事を聞きつつ、俺は用意されている逃走用の車へと踵を返す。
「ちょっと待て。俺様に対して奮戦した相手に敬意を表して、名前を聞いておいてやろう」
喋り口がイラッ、とくるが、この男の性格からして、反抗したら間違いなく殺されるだろう。
「不知火・・・緒方だ・・・」
「ほぅ。俺様の名前は、堕天・・・ゴホン。『こちらの名前で』言うと榊原恭也だ」
訂正する前のカタカナと、こちらの名前というのが気になるがそこは深くは追求しないでおいた。
-四月十六日 PM10:45-
榊原が、驚異的なスピードで移動した。アレは明らかにLank.4程度の能力ではない。そして、四百苅を倒した高位能力者を簡単に圧倒した。
最終的に、任務は成功した。
榊原は、血まみれ四百苅を抱きかかえて、20mはある崖を一瞬でジャンプして登った。
「!!??」
「向垣内。貴様は木偶の坊なんだから働け。とりあえずコイツを絶対に治せ。さもなくば、殺すからな?」
異常に口端を吊り上げて話す榊原は、いつもの榊原ではなかった。その事に不審な感情を抱く私を無視して、榊原は抱きかかえた四百苅を差し出す。
私に四百苅を預けた直後、突然榊原の目から光が失われ、重力に身を任せて倒れていった――――――
金属操作
金属という金属を自由に精製、操作できる能力。身近な金属であるほど、精製したときのナノマシンの負担が少なくなる。(ナノマシンがその金属についての情報を得やすくなるため)
そのため、不知火緒方は、世界で最も硬い金属、タングステンを身の回りへ置いて、凡庸性を高くしているが、十分間に100kgほど精製するのが限界。
受験生なんで、更新遅れるかもです。