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gift

作者: 聡太郎

僕が少しずつ世界を理解するようになったのは、彼と共に暮らすようになってからだ。


 それまで僕はただの小鳥で、腹が減れば腹が減ったときの声で鳴き、眠くなれば眠り、朝には朝の声で、夕方には夕方の声で、仲間達と歌った。

 痛みを感じたら後ずさりし、気持ちがよければ前に進む。そんな毎日だった。

 仲間が死んでも、それは僕には関係の無いことで、いつまでもこの毎日が続くことに、僕の頭ではなっていた。


 ある日、僕は巣から落ちて翼を傷めていたところを少年に助けられた。

 それ以来飛ぶことは出来なくなったが、いろんなことが「分かる」ようになっていった。

 例えば、自分がどんな存在で、まわりの世界がどんなであるか。それは白黒の景色が鮮やかになるような感じで、それは初めて空を飛んだときよりも、僕にとっては大きな変化だった。


 そもそも、巣の中で暮らしていたときは変化なんて無かった。記憶もないから過去も無く、だから変わるってこともない。どうなるってことも無い。

 期待も恐怖もない。今があるだけだった。


 人間の声は意味があるんだろうけど、わけが解らない。今も、前も。

 ただ、僕を助けた少年の言葉の意味はよく解る。その言葉を聴くごとに、翼の羽毛に雨粒が落ちたときのように、そう、じわっと沁みこんでいく様に、世界が理解できるようになっていったんだ。


 僕らが暮らしている場所は、古い建物の一番上の、屋根裏の薄暗い部屋。小さい窓があって、その窓辺に僕のベットが用意されていて、自分に似た鳥達が空を飛ぶのを見たり、下に広がる街を覗き込んだりした。


 昼間は、少年の肩に乗って、彼の仕事についていった。彼は、大きなブラシを肩に乗せて、バケツを手に持って、町に出る。声を掛けられると、その建物へ行って煙突を掃除する。

 その間、僕は煙突の一番上で声を出したり、空を見上げたりして過ごしていたんだ。

 たまに、煙突の穴から黒い煤が煙のようにガバッと噴出す。黒くなった少年の顔が出てきてニコッと僕に微笑みかける。


 彼の顔は、他の人々とは全く違って見えた。

 とても白くて、澄んでいる。古い建物に飾られた絵画の中の人物のような顔。


 少年の言葉は、僕にいろんなことを教えた。

 それは本を開きながらだったり、ギターを弾きながらだったりして、なかでも雪がたくさん降る夜は必ずといっていいほど彼はギターを弾きながら歌うのだった。

 「暖炉の赤い火を子供達はベットにもぐりこみながら見つめている。

  語りかけてくるお話は、遠い北の国のエスキモーの少年のお話。

  贈り物を持ったサンタクロースは彼の家には来ないけれど、神様がそそぐ不思議な光が窓から入ってくると、さっきまで暗かった部屋を天使が舞うんだ。

  月明かりに照らされた粉雪みたいに…。

  

  そして少年は、満たされた気持ちで眠りについた。

  たったひとりぼっちの氷の家で。」

 

 「エスキモーって?」

 「北の国で暮らしている人たちのことさ。その国はとても寒いから人々は動物の毛皮を着ているんだよ。」

 「じゃ、天使は?」

 「白鳥のような翼をもっていて、空を自由に飛べて、普段は神様のそばで暮らしているんだけど、助けが必要なものがいると、地上に降りて人間のふりをして助けてあげるんだ。」

 「天使は何でもできるの?」

 「いいや。神様じゃないからね。未来のことも知らない。ただ誰かを助けようと、尽くしてあげるだけなんだ。」

 「どうして天使はエスキモーの少年のところへ行ったの?」

 「彼は幼いから、一人で神様のところへ行けないんだ…。」


 その夜、僕は生まれて初めて夢を見た。

 ヴァイオリンを弾いた4匹の猫が僕を囲んで踊る夢。

 

 目が覚めて、その時初めて僕は自分がいつかこの世界から消えて居なくなることを理解した。猫に食べられた仲間のように。


 来る日も来る日も少年は煙突を掃除した。

 窓の下では、黒くて背の高い帽子を被った男の人や、ピンクのドレスを着た女の人や、ぼろぼろの服を着てお腹を空かせた子供や、たくさんの人たちがいったり来たりしていた。馬車が何台も過ぎていく。

 

 ある日、僕は少年が煙突を掃除している間屋根の上を歩いていた。

 空は曇っていて今にも雨が降り出しそうだっだ。下を見ながら僕は屋根の上を行ったり来たりして待っていた。

 

 その時、突然ビューッと強い風が吹いた。僕は飛ばされて、そのまま落下した。

 

 自由に空を飛んでいたときのように、思い切り翼を動かしてもただ痛いだけで、体は浮かない。

 そうしているあいだにどんどん地面は近づいてくる。

 

 僕は目をつぶった。


 気が付くと僕は少年の手の中に居た。

 目に入ったのは澄んだ青空で、地面は屋根の上にいたときよりもよりもずっと遠くで、少年の背中には白鳥のようなおおきな翼があった。

 彼は空に浮かんでいた。そしてとても悲しそうな表情をしていた。

 

 なにが起こったのかよく分からなかった。

 ただ僕は、まるで自分があの歌に出てきたエスキモーの少年になったような、気がした。


 満たされた気持ちで空を見ていた。 


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― 新着の感想 ―
[一言] 少年と小鳥の、静かだけど暖かいところがよかったです。
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