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夜のせせらぎ

「すごいのね。まるで空を飛んでいるみたいだったわ」

システィーユはいつになく弾んだ声で言った。

「そうか。アンタの願い少し叶ったろ?」

「うん。びっくりしたけど、すごく素敵だった」

少年は箱の山から這い出ると、ほとんどついていないだろう埃を払うように服と

膝丈までの短いズボンをはたいた。

「降りれるか、システィーユ?」

そういって少年は手を差し伸べた。

「どうして私の名前を?」

「どうしてって、俺はアンタが気に入って盗んできたんだ。名前知らないわけないだろ」

システィーユの顔が固まった。そう言えば前に聞いたことがあった。この辺りを騒がしている怪盗の話を。

「もしかしてあなた、怪盗『ソナタ』?」

おずおずと尋ねると、少年はいかにも意外というような顔をして言った。

「へぇ、知っててくれて光栄だな」

怪盗ソナタと言えば、多くの貴族の家に忍び込んでは、何も取らずに去って行く

変わった盗賊だ。

慌てふためいた貴族をただ笑い者にしたいだけだ、と父が言っていたことがあったが

それだけのために、危険な思いをしてまで怪盗になる必要があるのだろうか。

ふと我に返ったようにソナタを見ると、道の脇にある坂を降りようとしている。

システィーユもその後ろ姿を目で追っていると、急にソナタは振り返った。

「どうした?アンタも降りてこいよ」

「私、歩けないのよ」

なんだか馬鹿にされているような気がして、突き放すような口調で言った。ソナタも

「そういや、車椅子乗ってたな」

と呟きながらシスティーユを抱き上げた。

「ひゃっ」

「道の脇に河原があるんだ」

河原なんてもう何年も見ていない。もちろん今も夜だから暗くて見えないだろうが、

システィーユは不思議と行ってみたい、という気持ちが湧いていた。



「どうして怪盗になろうとしたの?」

システィーユの質問に、ソナタの笑みが妙に歪んだ。

「どうして、って。別にアンタには関係ない事だよ」

そして耐えられなくなったように目線を逸らすと、地面の草をむしった。

システィーユはソナタが答えが出すのをジッと待っていた。何回か草をむしった後、

ソナタは独り言のように呟くように言った。

「探している物があるんだ」

「探し物?」

「あぁ。すっごい大切な物さ」

ソナタはそう言ったきり、黙り込んだ。

川の静かなせせらぎだけが、2人の間を静かに流れこむ。

システィーユがこっそり盗み見ると、ソナタは小川の向こうを眺めていた。

その横顔はどこか寂しげで、さっきまでの彼とは別人のように思えた。

システィーユは顔を上げ、少し張った声でソナタに言った。

「ねぇ。あなたも星にお願い事をしてみたら?」

「え?」

「私の無茶なお願いだって叶ったんだもの。

きっと星の神様が、ソナタのお願いも叶えてくれるわ」

ソナタは困ったような表情を一瞬浮かべたが、

「それもそうだな」

と小さく笑って手を握り合わせた。

「えー、かみさま、かみさま。どうか、俺の探し物が手に入りますように。できたら

なるべく早いことお願いします」

棒読みでお願い事をするソナタに、システィーユは思わず吹き出して笑ってしまった。

「ずいぶん不謹慎なお願いの仕方ね」

「神様だって、毎回堅苦しいお願いの仕方されてちゃ肩こるだろ?」

ソナタはそう言ってゴロリと草の上に横になった。

「なぁ、アンタ。こうやって寝転がって星を見たことあるか?」

システィーユは静かに首を振った。なにしろ外に出たのも13年ぶりだった。足が

動かなくなってからというもの、心配した父は外へ出してはくれなかった。毎晩のように

見ていた星もこの夜空に比べたらほんの一握りのものにすぎなかったのだ。

「寝転がったまま見る星は最高だ」

言われるがままにシスティーユも草の上に仰向けになった。土と草の湿った匂いが、

どこか心地よい。空を見上げると、宝石箱をひっくり返したようなその空にシスティーユは言葉を失った。空に吸い込まれるような、不思議な感覚が彼女を襲う。

「キレイ…星ってこんなに明るいのね」

「空気が澄んでいるから、星もきれいに見えるんだろうな」

システィーユは、魔法をかけられたように不思議と空から目を離すことができなかった。

この星空の下で、土と草の匂いに包まれながら眠ることができたら、どんなに幸せだろうと考えた。目を閉じると、川のせせらぎが微かに聞こえてくる。

「システィーユ、起きろ!」

ハッと我に返ったようにシスティーユは、体を半分起こした。

ソナタの視線はシスティーユではなく、遠くの舗装された道に向けられていた。何気に

そちらを振り向くと、さっき家をうろついていたような男達がこちらに向かって走って

くる。

「逃げるぞ」

「私…立てない…」

困ったようにシスティーユは下を向いた。ソナタの顔はどんな顔をしているのかは分からなかったが、小さなためいきをはいていた。

「乗れ」

彼女が顔を上げると、背中を向けてしゃがんでいるソナタがいた。

それでもなんだか悪いような気がして、システィーユは躊躇しているとさっきよりも

強い口調でソナタは言った。

「いいから乗れ」

システィーユもそれをきっかけにソナタの背中にしがみついた。それと同時に体が

宙を浮く。ソナタは河原を急いで駆け上がると、静まりかえった商店街の方へ向かった。




「なにっ、システィーユが攫われただと!?」

セルハイムは力の限り机を叩いた。その音に執事のロイドを中心に家にいる人全員が

彼に向かって大きく礼をした。

「申し訳ございません旦那様。まさか怪盗の狙いがお嬢さまだとは思わず」

「言いわけなどいわぬわ。大事な宝もシスティーユが持っていたのだぞ。どうしてくれる」

ロイドの言葉を遮り、セルハイムは叫んだ。どちらかと言えば顔は青ざめている。大事な一人娘と、宝としていたブローチを一度に失いセルハイムは気が狂いそうだった。

「大丈夫でございます、セルハイム様。すでに治警隊を捜査に向かわせております。

彼らにかかればコソ泥の1匹や2匹。必ずや連れて帰ってくることでしょう」

セルハイムは椅子に腰を掛けると、机の前で腕を組んで言った。

「システィーユにケガでもさせてみろ。クビじゃ済まないのは知っておるだろうな?」

「承知の上でございます。ただちに我々もお嬢さまを探しに行きますゆえ」

そういってロイドは一礼すると、その場を立ち去った。それに続くように、仕え人たちも

一礼をし、セルハイムの部屋を後にして行った。


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