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草刈

作者: 土塀 友

 作業着に着替え、草刈りに出る。

 この畑は、農家の友人Aさんのものであり、「よし」と気合を入れないと入れないほど広い。

 草を刈りながら、現役を引退したらどのように生きていこうかと、考える。

 Aさんはサラリーマンと農業の兼業農家であったが、定年退職し今は専業農家となっている。この畑、以前は休耕田であったが、その後放置され一面草だらけとなった。そこでAさんはひまわりを植えたが、草に負けてよく育たなかった。次にトラクターで田圃の草を取り除き、一昨年は枝豆を植えた。これはまずまずの収穫であった。昨年は枝豆と里芋を植えたが、結果は不作であった。管理が行き届かなかったので、草だけが茂った。草といっても路傍にあるチョロっとしたようなものではなく、大人の背丈ほどあるもので、田圃に入ると体が隠れてしまう。並みの代物ではない。

 政令指定都市となって、広い農地が宅地並み課税となった。農地にかかる固定資産税は百万円を超え、農業でそれだけの現金を得ることは大変である。農家は生産意欲を失ってしまった。Aさんも田圃を半分つぶしてアパートを建てた。固定資産税を納税するためには現金が必要だったからである。

 田圃の半分は、土を入れて畑になった。Aさんはここに里芋や豆を作るつもりである。

 四月になってトラクターで土を耕し、畑の半分に里芋を植えた。残りの半分には枝豆を植える予定であったが、そのうちに草が生えてきてしまった。かなり茂ったところで「梅雨が明けたら種をまく」と、Aさんは再びトラクターできれいに耕して「北海道に旅行に行く」と言って、そそくさと帰ってしまった。里芋の方はというと、見事に草だらけである。里芋の葉っぱも草の中に隠れて、かき分けなければ見分けもつかないほどである。

 わたしはメタボであり、高血圧、糖尿病予備軍で、朝な夕なにウォ―キングに精を出している。歩きながら考えた。「これはエネルギーの無駄遣いだ」と。草取りは立ったり、しゃがんだりするので「これってスクワット運動じゃない?」と、ひらめいて草取りを始めた次第である。別にAさんの許可を得たわけでもなく、勝手に畑に入っているが、性格が温和なAさんは何も言わない。

 田圃に土を入れ、せっかく畑を作ったのだから立派な畑になってもらいたいと願い、又私の運動不足解消になれば、一石二鳥である。鎌を研いで草刈をするが、素人の悲しさ、遅々として作業は進まない。そうこうしている内にAさんはエンジン付きの草刈り機を持ち出して、一日がかりで里芋周辺の草を刈り取ってしまった。そして「九州に旅行に行ってきます」と、言う。梅雨が明けたらまた草がでるだろう。それまで一休み。

 現役引退後の時代。つまり、生活のために働かなくてもよい自由な時間を手に入れたなら、本を読み、あるいは小さな農園を借りて野菜を作る。そのようなスローライフを夢見ている。


 早いもので、今年もすでに彼岸が明けた。

 あれから腰を痛め草刈は中止。わたしに農業は無理だ。雑草はどうなったろう。畑には色々な雑草が勝ち誇ったように茂っている。よく見ると第一世代の雑草は伸びすぎて地べたに這いつくばっている。恐ろしいもので、おびただしい種を畑にまき散らかしている。「私の役目は終わった。花が咲き、実をつけて種を残す。この種は来年芽を出すだろう」と、メッセージを残して枯れている。自らを肥やしにして世代交代しようとしているのだ。今、青々と茂っている雑草は第二世代である。

 こいつらは頭の良い侵略者だ。決して絶えることがない。そのシステムを完成しているのだ。

 マッサージに精を出し、ようやく腰も正常になった。

 わたしは果敢に畑に入った。そして草を刈り始めて雑草の延命システムを知った。今、第二世代の草を刈っているが、草の実が数えきれないほど地面に落ちる。刈り取られる草はさぞ無念の境地だろうと一人合点したが、それは間違いだった。こいつらは、もう余裕のヨッチャンの顔をしている。「刈れるものなら刈ってみろ。勝敗はついた。今年はもう終わったのだ、いくら俺たちを刈り取っても来年また繁栄する」と、高笑いしている。

 負けた。この挫折感は畑を渡る秋風のようにひんやりとして、空しい。

 日が暮れた帰り道、といっても目の前が我が家。セールスマンらしき人に呼び止められた。

「この畑の人ですか?」

「いいえ」

「そうですよね、ご主人さんよりだいぶ小柄ですよね」

「なんだ、この畑の持ち主知ってるの?」

「ハイ、私は不動産会社の者ですが以前御主人さんにアパート経営をご提案したことがあるのです」

「ほー、あっそう」

「ハイ、その時は断られましてねー。今来てみたらライバル社のアパートが建っているじゃないですか」

「はー、あっそう」

「僕はこのままじゃ帰れませんよ。あなた、親戚の方ですか?」

「いいえ」

「じゃ、畑を借りているんですか?」

「いいえ、無断で入っています」

「えー。じゃ、何してるんですか?」

「見ての通り。草、刈ってるの」

「えー? なんで」

「あのね君、世の中には理解しがたいことって、多々あるんだよね。僕が汗だくになって草、刈っているのって君には理解できないだろ? アパートなんか建てる気もなかった持ち主が、建てちゃったりしてさ。そんなこともあるんだよなー。だからさ、縁がなかったんだよ。諦めて、他、探しな。ね」

 その営業マンはがっくりと肩を落として帰ろうとした。わたしが「がんばれよ」と言ったら、くるりと振り向いて「私の名刺を差し上げます。相続とか、何かいい話があったら紹介してください」と言った。

 どうやら私の事務所の前にある看板を見たようだ。


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