紫陽花と君
君は、笑いながら言った。
「ね、とっても綺麗でしょう? 私、紫陽花って大好きなの」
堂々と咲いた花々を見つめる君の隣で、オレは地面に座り込む。紫陽花は、土壌によって花の色が変化するんだっけ。
目の前の紫陽花は、どれも見事に咲き誇っている。紫、青、桃、白……微妙な色合いは、他と被ることなく僅かに色彩を変えて、自己主張をしているように見えた。
「可愛いけれど、花言葉は『移り気』なんだよな」
何気なく呟いたオレの言葉に、君は軽く唇を尖らせた。
花言葉が不服なようだ。確かに、一途な君には面白くないかも。
だが、色が変貌していく様からその花言葉が付けられたらしいので、こればかりは仕方がない。花の色によっては、寛容や元気、などを表すみたいだけれど。
どうやら機嫌を損ねてしまったようで、唇を尖らせたまま君は歩き出した。
無言で立ち上がったオレは、苦笑しつつ追う。
「……私はね。色が変わるのは、紫陽花が恋をしているからだと思うのよ」
「へぇ、面白い発想だ」
目の前を歩く君は少し尖った声を出しつつ、身振り手振りで話し始めた。
ただ、オレは後ろにいるから腕を動かしていることしか解らない。駆け寄り正面に立ち塞がって君を見たら、眉間にしわを寄せ必死の形相で語っているに違いない。
想像したら、笑いが込み上げて来た。
君は好きなものを軽蔑されると、かなり腹を立てるよね。いや別に紫陽花を軽んじたわけでも馬鹿にしたわけでもないんだけど……。オレをねじ伏せたいらしい。
「悲しかったり寂しかったりすると、青色になるの。嬉しいと桃色で、紫はね嫉妬」
となると、君が紫陽花なら今は青と紫の混合って感じかな? そんなことを考えると、少々意地悪したくなる。
「それは興味深い。じゃ、怨念抱いたら何色になるんだ?」
「……怨念?」
小さく呟き怪訝に振り返った君は、目を吊り上げてオレを見つめる。
「綺麗なお花は、恨んだりしません」
「いやいや、それはないなー。好きな男が他の花に奪われました。あぁ、憎い悔しい恨めしい。……さて、何色になりますか?」
怒りで肩を震わせ近寄って来た君の瞳は、少々潤んでいる。
あぁ、怒った顔も可愛いもんだ。と思ったけれど、わざと顔を近づけ挑発するように真顔で首を傾げた。
さぁ、君はなんて答える?
「……あなたが他の人に奪われたら、きっと私は泣いて落ち込んで。白色になる気がする」
君は俯き、蚊の鳴くような声で吐露した。
胸が痛む。流石に苛め過ぎか、と反省したけれど。
「でも、私はそうならないように、がんばるもん!」
不意にオレに飛びついてきた君は、顏を上げていつもの笑顔を見せた。
ヤラレタ。
この勝負は、君の勝ちだ。
雨上がりの紫陽花公園で、オレは君を抱きしめる。
腕の中にいる紫陽花の花言葉に『移り気』は相応しくない、とにやけてしまい、相応しい言葉を探した。
あぁ確かに、君の言う通り。
君はオレへの想いで、色を変える様に表情を変える。
今の君は、桃色か。
オレ色に染まらなくてもいい、どんな色でも綺麗だから。
これからもずっと、君色でいておくれ。