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記憶を食む地下都市で、声なき地図師は恋をする 副題(カッパドキア4126、追放医師と奪われた歌の真実)  作者: 百花繚乱


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第八章 きみの名を呼ぶために

主配管を断つだけでは足りない。


露出した制御盤に、古い文字が浮かぶ。

旧風路起動には認証歌唱が必要。


ミオの喉が固まる。


歌。

それは、失ったまま触れなかった場所だ。


エミルは制御盤を確認し、静かに言った。

「昔の風路機関は、石の共鳴周波数を人の歌で合わせていたらしい。だから鍵は旋律だ」


ミオは首を振る。無理だ。喋るだけで喉が裂ける。歌なんて。


エミルは彼女の前に膝をついた。

地下の青い灯が、彼の睫毛の影を長くする。


「完璧に歌う必要はない」


ミオは目を逸らす。


「必要なのは、“君の声”だ」


その言葉が痛いくらいまっすぐで、逃げ場がない。


「あの日から、君はずっと失った声の前で立ち止まってた。でも声って、綺麗な音を出すためだけにあるんじゃない。呼ぶためだ。拒むためだ。泣くためだ。好きだと言うためだ」


最後の一言だけ、彼は少しだけ不器用だった。


ミオは喉に手を当てる。

そこには傷跡がある。消えない線。でもいまは、呪いじゃなく“通ってきた道”みたいにも感じる。


ユラの歌を思い出す。

崖の上で、朝の風に向かって二人でよく歌った短い旋律。歌詞なんて大したものじゃない。風よ運べ、光を運べ、帰る道を教えて、そんな子どもの歌だ。


ミオは息を吸う。


最初の音は、ひどかった。

擦れて、割れて、喉の奥で砕けるみたいだった。自分でも笑ってしまいそうなくらい不格好な声。


けれど制御盤の光が、微かに反応する。


ミオはもう一度歌う。今度は少し長く。息が震えても止まらない。

エミルが低いハミングを重ねてくる。彼の声は温かく、地面をつくるみたいに安定していた。その上にミオのかすれた旋律が乗る。


二人の声が重なった瞬間、古い風路図が青く走った。


《旧認証照合……例外承認》


石の奥で、何かが目を覚ます。


「いける!」とエミルが叫ぶ。


ミオは地図糸を掴み、補助柱の輪へ一気に走らせる。反響の速さで風路のつながりを読む。ここを開けば向こうが閉じ、あそこを落とせば旧塔が生きる。頭の中に都市全体の断面が立ち上がる。


杭を打つ。糸を引く。石が応える。

眠っていた道が、何百年ぶりかに、風のために開き始めた。


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