第七章 糸を持って、地の底へ
中央塔最下層は、古代デルインクユのさらに下に眠っていた。
人が長く使った石には生活の匂いが残る。煮炊きの煤、祈りの油、手で触れられた丸み。でもここにはそれがない。湿り気だけを帯びた剥き出しの地層。都市の根。人間が“住む”前の地下だ。
ミオは腰に結んだ地図糸を壁へ打ち込みながら降りていく。下るほど警報音が遠くなり、代わりに別の声が増えた。
母を呼ぶ子どもの声。
恋人の名を忘れまいと繰り返す声。
歌い出しだけで切れた子守歌。
石の中に、人の残響が詰まっている。
胸が苦しくなる。それでもミオは足を止めない。これは亡霊じゃない。奪われたまま宙吊りにされた、誰かの生だ。
やがて巨大な円形空洞へ出た。
中央に、青い脈管が幾重にも絡みついた制御核。真上へ伸びる幹のような管が、真ん中の塔へ続いている。床には古い風路図が刻まれ、周囲に補助柱が輪のように並ぶ。
そして制御核の前に、拘束されたエミルがいた。
「来ると思った」
唇の端だけで笑う。頬に傷がある。殴られたのだろう。なのに、ミオを見た瞬間の目だけは少し安堵していた。
ミオが走り寄ろうとした瞬間、制御核が鳴いた。
高く、鋭い、喉の奥を直接えぐるような音。
ミオは膝をつき、耳を押さえる。視界が白む。
オルフェの声が空洞に響く。
《都市維持率低下。認知資源追加投入を推奨》
人間の言葉なのに、人間の温度がない。
その冷たさにミオはぞっとする。
エミルが叫ぶ。
「右の補助柱を落とせ! 主配管が露出する!」
ミオは歯を食いしばり、反響を読む。柱の中心、空洞化した一点。杭を打ち込む。石が鳴る。二打、三打。ついに亀裂が走り、柱が崩れた。青い管が露出し、都市全体の灯りが一斉に明滅する。
エミルの拘束が緩み、彼が身をよじる。ミオは駆け寄って縄を切った。
「遅い」と彼が言う。
ミオは睨み、帳面も使わず口を動かす。
「……う、るさい」
ひどくかすれた、小さな声。
エミルが目を見開く。
それから、笑った。
「いまの、反則なくらい嬉しい」
ミオの顔が熱くなる。こんなときに。
でも、その熱のおかげで、恐怖が少しだけ後ろへ下がった。




