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記憶を食む地下都市で、声なき地図師は恋をする 副題(カッパドキア4126、追放医師と奪われた歌の真実)  作者: 百花繚乱


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第五章 わたしが殺したと思っていた

地上区画へ戻る途中で、エミルは囮になった。


追手の灯りが坑道を埋める。ミオの地図糸が壁に張られていても、この人数ではすぐ追いつかれる。エミルはそれを一目で計算した。


「中央塔最下層へ行け」


彼はユラの記録筒をミオの胸へ押し返す。


ミオは激しく首を振る。嫌だ、と言いたいのに声がない。


「風路制御盤がある。真ん中の塔を止めるなら、あそこしかない」


彼は微笑んだ。その笑みが、いつもの皮肉よりずっと優しいから、ミオは余計に怖くなる。


「俺はしぶとい。覚えておけ」


そう言い残して、彼は追手のほうへ走った。青い外套が闇へ吸い込まれる直前、一度だけ振り返った気がした。ミオは爪が食い込むほど拳を握り、逆方向へ駆けた。


ナザル婆の茶屋に飛び込んだとき、呼吸はぼろぼろだった。記録筒を差し出す前に、ミオの膝が折れる。


ナザル婆は何も聞かず、ただ彼女を抱きしめた。乾いた薬草と甘い茶の匂い。母親の記憶がほとんどないミオにとって、それは泣いていい匂いだった。


震える手で帳面に書く。


“わたし、悪くなかった”


字が滲んでいる。


ナザル婆は頷く。

「そうだよ」


“でもユラは戻らない”


「戻らないね」


あまりにもあっさり認められて、ミオは顔を上げた。


「戻らないものを、戻るふりして生きると、いつまでもそこに縛られる。悲しいままでいい。悔しいままでいい。そのうえで、どう歩くかを決めるんだ」


ミオはユラの録音を思い出す。

先に朝を見つけてる。

そんなふうに笑われたら、立ち止まったままではいられない。


彼女は立ち上がる。


古い地図筒を開く。中央塔最下層――封鎖された旧風路区画。現行地図には存在しないが、古い技師の記録には確かにある。風の塔が本来どう鳴るのかも、そこに書かれていた。


ナザル婆が彼女の腰に新しい糸束を巻いた。

「行きな。道を結ぶのが地図師の仕事だろ」


ミオは深く頷いた。


今度は逃げるためじゃない。

選ぶために、潜る。

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