第22話 第二層の門
地下都市デルインクユ・ノヴァの朝は、地上とは少し違う。
人工灯の色が、ゆっくりと青白い昼光へ変わる。
それがこの都市の「朝」だ。
ミオは医療区画の簡易ベッドの上で目を覚ました。
喉が痛い。
昨日よりは少しだけましだが、まだ乾いた傷のような違和感が残っている。
歌った。
その事実を思い出すと、胸の奥がわずかに震えた。
三年ぶりだった。
いや、あのときよりもちゃんと歌えた。
ユラと丘で歌った、あの頃みたいに。
ベッドの横で椅子が軋む。
「起きたか」
エミルだった。
腕を組んで座っている。
どうやら、しばらく前から起きていたらしい。
ミオは首を傾げる。
エミルは小さく息を吐いた。
「声を出すな」
それからコップを差し出す。
「温水だ」
ミオは少し不満そうに眉を寄せた。
エミルは苦笑する。
「医者の前で無茶するな」
ミオはコップを受け取る。
喉をゆっくり潤すと、少しだけ楽になった。
エミルが言う。
「今日は第二層へ行く」
ミオの目が大きくなる。
「ただし」
エミルは指を立てた。
「歌は禁止」
ミオが抗議の視線を送る。
エミルは首を振る。
「昨日は偶然だ」
「次は喉が壊れる」
ミオは少し考え、しぶしぶ頷いた。
そのとき。
頭の中に少女の声が響く。
「起きた?」
ミオは驚かない。
もう慣れてしまった。
「うん」
「今日は門だね」
少女の声はどこか楽しそうだった。
エミルが机の地図を広げる。
そこには昨日、記録核が映した光の線が残っている。
第二層の門。
都市の外縁に近い場所だった。
サーヒルが部屋へ入ってくる。
「準備はできたか」
背中には長い槍。
完全に警備装備だ。
エミルが頷く。
「ナザル婆は?」
「研究区画で核を解析している」
サーヒルがミオを見る。
「無理はするな」
それだけ言うと、先に歩き出した。
三人は都市の通路を進む。
デルインクユ・ノヴァは迷路のような都市だ。
狭い路地。
階段。
岩壁をくり抜いた住居。
だが都市の外側へ近づくにつれて、構造が変わっていく。
壁が滑らかになる。
石の形が人工的になる。
まるで建築の層が変わるようだった。
エミルが呟く。
「……古い」
ミオも同じことを感じていた。
この区域の反響は違う。
石の密度が違う。
音が深い。
少女が言う。
「ここから下は」
「もっと古い都市」
ミオの背筋が少し寒くなる。
やがて通路が広がった。
巨大な空洞。
高さ三十メートルほどの円形空間。
そして。
そこにあった。
門。
直径二十メートルはある巨大な石の扉。
二枚の円形扉が中央で噛み合う形だ。
表面には複雑な紋様が刻まれている。
同心円。
音波のような線。
ミオの耳が震える。
この扉は、音の装置だ。
エミルも同じことに気づいた。
「共鳴扉」
サーヒルが近づく。
槍の柄で扉を軽く叩く。
コン。
低い音が空洞に広がる。
少女が言う。
「ここ」
「第二層」
ミオはゆっくり扉へ歩く。
胸が早くなる。
恐怖。
期待。
そして。
扉に手を触れる。
その瞬間。
石の奥で何かが動いた。
ゴウ……
低い共鳴。
ミオの耳が反応する。
エミルが言う。
「下がれ」
だがもう遅かった。
扉の中央の紋様が光る。
石がゆっくり回転する。
巨大な音。
都市全体が共鳴する。
そして。
扉が、わずかに開いた。
暗闇。
冷たい空気。
第二層の気配。
サーヒルが槍を構える。
エミルが灯りを向ける。
ミオが息を止める。
そのとき。
闇の奥から聞こえた。
ズゥ……
ゆっくりとした呼吸音。
人間ではない。
巨大な何か。
少女が、静かに言った。
「……あれ?」
少しだけ、戸惑った声だった。
「まだ寝てると思ったのに」
エミルが低く呟く。
「何がいる」
少女が答える。
「第二層の守り手」
闇の奥で。
巨大な影が、ゆっくり動いた。




