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記憶を食む地下都市で、声なき地図師は恋をする 副題(カッパドキア4126、追放医師と奪われた歌の真実)  作者: 百花繚乱


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第21話 記録核の声

地下都市デルインクユ・ノヴァに戻った頃には、すでに人工灯が夜色に切り替わっていた。


天井に張り巡らされた光管が淡い橙色に染まり、岩壁の街路に長い影を落としている。

昼の喧騒が落ち着き、都市はゆっくりと呼吸を整えているようだった。


それでもミオの耳には、まだあの都市の余韻が残っている。


柱の共鳴。

守り手の振動。

そして自分の歌。


あの歌が、本当に自分の声だったのか、まだ信じられない。


「ここだ」


エミルが足を止めた。


都市の医療研究区画。

石の壁をくり抜いて作られた作業室だ。


扉を開けると、机の向こうから低い声が飛んできた。


「遅い」


サーヒルだった。


背の高い男は腕を組んで立っている。

都市の警備責任者であり、いつも通り眉間に皺を刻んでいた。


その横の椅子には、小柄な老婆が座っている。


ナザル婆だ。


白い髪をきっちり結い、相変わらず小さな目を鋭く細めている。


「地下の奥まで行ったんだろう」


サーヒルの視線が二人を順に刺す。


「説明してもらう」


エミルは肩の袋を机に置いた。


「まずはこれを見てくれ」


布に包まれた小さな物体を広げる。


青灰色の鉱石の核。


机の灯りに照らされて、内部の微細な線が淡く光る。


ナザル婆の目が変わった。


「……それは」


サーヒルが眉を寄せる。


「ただの石じゃないな」


エミルが頷く。


「守り手の胸から取り出した」


一瞬、部屋の空気が凍った。


サーヒルの声が低くなる。


「守り手?」


ミオは小さく頷いた。


声を出すと喉が痛む。

だから机に置かれた紙へ簡単な図を描く。


巨大な石の巨人。

胸の円核。


サーヒルが顔をしかめる。


「……地下都市のさらに下に、そんなものがいるのか」


ナザル婆は核を手に取った。


皺だらけの指が、そっと表面をなぞる。


「古いね」


小さく呟く。


「とんでもなく」


エミルが訊く。


「知っているのか」


ナザル婆はゆっくり首を振る。


「正確には知らない」


「だが似たものを見たことがある」


ミオが顔を上げる。


ナザル婆は言った。


「昔の地図師の道具だ」


エミルが目を細める。


「記録装置?」


「そうさ」


ナザル婆は核を光へかざす。


「声と記憶を残す石」


ミオの胸が小さく跳ねた。


声。


やはりこの都市は、声と深く結びついている。


エミルが装置台へ核を置く。


いくつかの細い導線を接続する。


「反応は?」


ナザル婆が言う。


「地図師の声で開くはずだよ」


ミオの視線が揺れる。


エミルが振り返った。


「ミオ」


彼の声は静かだった。


「無理する必要はない」


ミオは首を振る。


そしてゆっくり息を吸う。


喉はまだ痛い。


それでも。


「……あ」


小さな声。


その瞬間。


核の内部に光が走った。


淡い波紋が広がる。


そして。


掠れた声が再生された。


『――第二層は、歌でしか開かない』


部屋の全員が黙る。


古い女性の声。


前の地図師。


記録核の声は続く。


『共鳴の都市は、声を奪う都市ではない』


『声を重ねる都市だ』


エミルが低く言う。


「重ねる?」


ナザル婆が頷く。


「合唱だね」


ミオの胸が震える。


ユラの記憶が浮かぶ。


丘の上。

二人で歌った歌。


そのとき。


少女の声が、突然割り込んだ。


「それ」


部屋の空気が止まる。


サーヒルが剣の柄に手をかける。


「誰だ」


少女は気にしない。


「その歌」


少しだけ間が空く。


「ユラも歌ってたよ」


ミオの手からペンが落ちた。


カラン。


乾いた音が床に響く。


ミオの心臓が大きく跳ねる。


エミルが振り向く。


「……どういう意味だ」


少女は軽く言った。


「そのまま」


「ユラも歌ってた」


ミオの胸が締め付けられる。


声が出ない。


どうして。


なぜ。


少女は続けた。


「ミオの歌」


「ユラが覚えた」


静かな声だった。


でも。


その言葉は、まるで記憶の奥を直接触られたみたいだった。


ミオの目に涙が滲む。


ナザル婆がゆっくり言った。


「なるほどね」


サーヒルが苛立つ。


「何が分かった」


ナザル婆は核を見た。


そしてミオを見た。


「この都市が待っていたのは」


ゆっくり言う。


「歌の継承者さ」


エミルがミオを見る。


ミオの胸の奥で、何かが静かに動いた。


少女が言う。


「門の場所、わかったよ」


ミオが顔を上げる。


机の上の地図に、突然細い光の線が浮かび上がった。


第二層の門。


少女が小さく笑う。


「やっと次に行けるね」


ミオの胸の奥で、恐怖と期待が同時に広がる。


第二層。


そして。


ユラの歌。


少女は静かに言った。


「下で待ってるよ」


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