第18話 共鳴の獣
守り手の影が、ゆっくりと階段の上に広がっていた。
巨大な石の脚が一段ずつ石段を踏みしめるたび、地下都市の空気が低く震える。
ドン。
重い音が胸の奥まで響く。
その振動は、ただの衝撃ではなかった。
音だった。
都市の柱、床、壁――
すべてがその振動を拾い、遅れて共鳴する。
広間全体が、巨大な楽器のように鳴っている。
ミオは息を止めていた。
目の前に現れた石の巨人は、先ほどよりもはっきり見える。
階段の途中で止まった守り手は、ゆっくりと上半身を起こした。
岩で作られた胸部。
節のように組まれた石の関節。
柱のような腕。
そして胸の中央に埋め込まれた円形の石。
そこだけが、淡く振動している。
低い音。
まるで都市そのものの鼓動のようだった。
エミルが低く言う。
「……これは、想像以上だ」
彼の声は冷静だったが、その瞳は完全に警戒していた。
ミオの耳には、守り手の内部構造がほとんど透けて聞こえていた。
石の中に、空洞がある。
共鳴管。
柱の内部に音の通路があり、それが胸の石に集まっている。
そして――
都市の振動と繋がっている。
「……都市」
ミオが小さく呟いた。
エミルが横を見る。
「何か分かったのか」
ミオは守り手を見つめたまま言う。
「……これ」
喉が乾く。
「……都市と、同じ」
その瞬間だった。
守り手が動いた。
巨大な腕がゆっくりと持ち上がる。
空気が押し潰されるような重さ。
エミルが叫ぶ。
「ミオ!」
ミオの喉から声が漏れた。
「……あ」
その瞬間。
守り手の動きが、ほんの一瞬だけ鈍った。
腕が途中で止まる。
石の関節がきしむ。
胸の石が微かに揺れた。
エミルの目が見開く。
「効いてる」
ミオの心臓が跳ねる。
確かに。
守り手の共鳴が乱れている。
だが――
完全には止まらない。
石の腕が再び動き始める。
ゆっくりと。
だが確実に。
ミオの顔が青くなる。
「……止まらない」
少女の声が軽く言った。
「だって一回しか歌ってないもん」
エミルが振り向く。
「歌?」
少女は楽しそうだった。
「都市の鍵は歌だよ」
ミオの胸がざわつく。
歌。
ユラの記憶が、一瞬だけよぎる。
そのとき。
地下の奥から、新しい振動が届いた。
ドン。
ドン。
エミルが振り向く。
「……来る」
ミオの耳には、はっきり聞こえていた。
別の共鳴。
もう一つの巨大な質量。
少女が言った。
「二体目だね」
エミルの声が低くなる。
「数がいるのか」
少女はあっさり答えた。
「いっぱい」
ミオの背筋が冷たくなる。
いっぱい。
つまり、この都市には――
守り手が複数いる。
守り手が一歩踏み出した。
ドン。
広間の石床に亀裂が走る。
エミルがミオの腕を掴んだ。
「撤退だ」
ミオは動けない。
視線が守り手から離れない。
そのとき。
守り手の胸の石が、ゆっくり回転した。
ミオの耳に、異様な音が届く。
それは振動ではない。
鳴き声だった。
低い。
地の底から響くような音。
まるで巨大な獣が、喉を鳴らしているようだった。
ミオの体が凍る。
「……鳴いた」
少女が楽しそうに言った。
「そうだよ」
「だってあれ」
少し間が空く。
そして、少女は言った。
「共鳴の獣だから」
エミルが険しい顔をする。
「獣?」
少女は続ける。
「守り手って呼んでるけど」
「ほんとは違う」
ミオの声が震える。
「……違う?」
少女は言った。
「都市が作った生き物」
エミルが呟く。
「人工生命体……?」
少女は少し笑った。
「それに近いかな」
守り手の胸が大きく震えた。
共鳴が広間を走る。
柱が低く鳴る。
ミオの耳が痛くなるほどの振動。
その奥で。
もう一つの巨大な音が近づいていた。
二体目。
少女が静かに言う。
「急いだほうがいいよ」
エミルがミオの手を引く。
「走れるか」
ミオは頷く。
だが足が震える。
守り手が腕を振り上げた。
その影が二人を覆う。
エミルはミオを抱えるように押し出した。
「行け!」
石の腕が落ちる。
ドォン!!
広間が揺れた。
石片が雨のように落ちる。
二人は通路へ走った。
背後で、守り手の共鳴がさらに強くなる。
ドン。
ドン。
そして。
下層から、新しい振動が重なった。
ミオの耳が凍る。
それは、今までより遥かに巨大だった。
少女の声が、少しだけ静かになる。
「……あ」
エミルが走りながら叫ぶ。
「どうした!」
少女は小さく言った。
「まずいかも」
ミオの背中に冷たいものが走る。
「……なに」
少女は言った。
ほんの少しだけ声を落として。
「今の」
「守り手じゃない」
ミオの足が止まりそうになる。
少女が続けた。
「共鳴の獣」
少し間が空く。
そして。
「まだ子供だよ」
ミオの心臓が強く跳ねた。
「ほんとの守り手は」
遠くの闇から、
とてつもなく重い振動が響いた。
少女が静かに言う。
「もっと下にいる」




