第14話 都市の心臓
広間の中央にある円盤は、静かに震えていた。
まるで眠っている巨大な生き物の胸のようだった。
ミオはしゃがみ込み、手を置く。
振動。
規則。
周期。
それはただの機械ではない。
音だ。
音が都市を動かしている。
エミルが床を調べていた。
「内部に空洞がある」
ミオは頷く。
「……深い」
耳を当てる。
振動が床を通り、
柱へ走り、
壁へ広がる。
そして都市全体に繋がっている。
エミルが言う。
「発電機じゃない」
ミオは小さく言った。
「……共鳴」
少女の声がすぐに返ってきた。
「そう」
その声は、なぜか少し嬉しそうだった。
「共鳴装置」
エミルが立ち上がる。
「つまり?」
少女は軽く言う。
「この都市は音で動いてる」
ミオの指が震える。
都市が音で動く?
それは普通の工学ではありえない。
だが、ミオの耳には理解できた。
この振動は、
単なる機械振動ではない。
調律されている。
柱。
壁。
通路。
すべてが共鳴体。
巨大な楽器のようだった。
エミルが呟く。
「都市全体が……共鳴装置?」
少女が答える。
「うん」
「巨大な音の都市」
ミオは目を閉じた。
音が広がる。
都市の骨格。
通路。
空洞。
そして、さらに下。
もっと深い層。
ミオの呼吸が止まる。
「……下」
エミルが振り向く。
「まだあるのか?」
ミオはゆっくり頷いた。
「……いっぱい」
少女が笑う。
「さすが」
「よく聞こえるね」
エミルが眉を寄せる。
「どうしてそんなことが分かる?」
少女は少し黙った。
それから言う。
「だって」
「わたし、ここにいるから」
ミオが顔を上げる。
「……どこ」
少女は少し楽しそうだった。
「うーん」
「もっと下」
エミルが息を吐く。
「姿は見えないのに、会話はできる」
ミオは床を見た。
振動。
音。
この都市では、
音は空気だけでなく、
石を伝って動く。
つまり。
「……音通信」
エミルが頷く。
「共鳴通信か」
少女が楽しそうに言った。
「そんな感じ」
ミオは少し考える。
もしこの都市が共鳴ネットワークなら。
音は都市全体を移動できる。
つまり少女は――
都市のどこにいても話せる。
エミルが言った。
「だが奇妙だ」
「この技術は現代都市のものじゃない」
少女が答える。
「うん」
「古い」
ミオが小さく訊く。
「……どれくらい」
少女はしばらく黙る。
そして言った。
「わからない」
「すごく古い」
ミオは円盤を見つめる。
振動は規則的だ。
だが、少しずつ弱っている。
ミオは手帳に書く。
老化
エミルが頷く。
「エネルギー不足かもしれない」
そのときだった。
ミオの喉が、少しだけ震えた。
エミルが気づく。
「どうした」
ミオは口を開いた。
「……歌」
エミルが首を傾げる。
「歌?」
ミオは円盤を指差す。
「……これ」
少女が急に言った。
「そう」
その声は少し興奮していた。
「歌」
ミオの胸がざわつく。
エミルが眉を寄せる。
「どういう意味だ」
少女はゆっくり言った。
「この都市」
「歌で動く」
エミルが沈黙する。
ミオの喉が震える。
歌。
ユラ。
歌。
ミオの心に、古い記憶が浮かぶ。
そのとき。
ミオの喉から、
ほんのわずかな音が漏れた。
「……あ」
その瞬間。
円盤の振動が変わった。
ブン
低音が一段高くなる。
ミオとエミルが同時に顔を上げた。
エミルが言う。
「今の……」
ミオの指が震える。
「……わたし」
少女が小さく笑った。
その笑いは、
これまでで一番静かだった。
「やっぱり」
ミオの胸が締めつけられる。
少女は言った。
「この都市」
「ずっと待ってたんだよ」
ミオは呟く。
「……なにを」
少女は答えた。
ゆっくりと。
優しく。
「地図師を」
ミオの心臓が強く打つ。
少女の声が続いた。
「だってね」
「この都市を起こせるのは」
ほんの少しの沈黙。
そして。
「地図師だけだから」




