第13話 地図にない都市
通路の終わりで、空間が突然広がった。
ミオの足が止まる。
灯りを掲げた瞬間、
視界の奥に巨大な空洞が浮かび上がった。
柱。
石柱が何十本も立っている。
高さは十メートル以上。
天井は闇に溶けて見えない。
広間の床は円形で、
その中央には大きな円盤のような構造物があった。
エミルが思わず呟く。
「……これは」
ミオの耳が、空間の形をなぞる。
反響が柱を回り、
床を走り、
遠くの階段へ落ちていく。
ミオの頭の中で、
透明な地図が描かれていく。
「……広い」
エミルが苦笑する。
「さっきも言ってたな」
ミオは首を振る。
「……もっと」
彼女は手帳を取り出した。
ペンを走らせる。
円。
柱。
階段。
通路。
エミルが覗き込む。
「それ……」
ミオは頷いた。
「……地図」
エミルは少し黙る。
「聞こえる音だけで?」
ミオはペンを止めずに答えた。
「……うん」
そのとき。
少女の声が聞こえた。
「すごいね」
ミオのペンが止まる。
少女は楽しそうだった。
「やっぱり地図師だ」
エミルが低く言う。
「姿を見せろ」
少女は笑った。
「まだ無理」
「なぜだ」
「遠いから」
ミオが顔を上げる。
「……遠い?」
「うん」
少女の声は、まるで普通の会話みたいだった。
「いまミオがいる場所、都市の入口」
ミオは広間を見回す。
入口。
これで?
エミルが言う。
「この広さで入口か」
少女は軽く言った。
「うん」
「まだ上の層だから」
ミオの手が止まる。
「……上?」
「そう」
少女は続けた。
「この都市、いっぱい層あるよ」
エミルが息を吐く。
「地下都市のさらに地下か」
ミオの胸がざわつく。
デルインクユ・ノヴァですら、
多層構造の巨大都市だ。
その下に、
さらに都市があるなんて。
少女が言った。
「びっくりしてる?」
ミオは小さく答えた。
「……うん」
少女は嬉しそうだった。
「いいね」
「その顔」
エミルが眉を寄せる。
「顔が見えるのか」
少女は少し黙る。
それから言った。
「うん」
「見える」
ミオとエミルが顔を見合わせる。
エミルが小声で言う。
「監視装置か」
ミオは首を振る。
この空間には、
機械の音がない。
そのとき。
ミオの耳が何かを捉えた。
微かな振動。
広間の中央。
ミオはゆっくり近づく。
円盤のような構造物。
石の床と一体化している。
だが内部から、
かすかな低音が響いている。
「……動いてる」
エミルがしゃがみ込む。
「装置だな」
ミオは円盤に触れた。
冷たい。
だが――
振動がある。
その振動は、
都市全体へ広がっていた。
柱。
壁。
通路。
すべてが微かに共鳴している。
ミオの目が見開く。
「……これ」
エミルが振り向く。
「何だ?」
ミオは円盤を指差す。
「……心臓」
エミルが笑う。
「比喩か?」
ミオは首を振る。
「……都市の」
エミルの顔が変わる。
都市を動かす装置。
少女が言った。
「気づいた?」
ミオは小さく言う。
「……これ、なに」
少女は少し考えた。
それから答えた。
「うーん」
「発電機、みたいなもの」
エミルが呟く。
「地下都市の電力源?」
少女は笑った。
「ちょっと違う」
ミオは円盤に耳を当てた。
振動。
規則。
周期。
それはただの機械ではない。
もっと複雑なもの。
まるで――
音を使った装置。
ミオの背中に震えが走る。
「……音」
少女が嬉しそうに言う。
「正解」
エミルが言った。
「どういうことだ」
少女は少し静かになる。
それから、ぽつりと言った。
「この都市ね」
ミオの耳が少女の声を追う。
「人のために作られたんじゃない」
ミオの心臓が跳ねる。
エミルが言う。
「じゃあ、何のためだ」
少女は少し笑った。
その笑いは、
今までより少しだけ寂しかった。
「それを知るために」
少女は言う。
「ミオはここに来たんだよ」
ミオは言葉を失う。
少女の声は、静かに続いた。
「だって」
「地図師は」
少しだけ声が近づく。
「世界の形を見つける人だから」




