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記憶を食む地下都市で、声なき地図師は恋をする 副題(カッパドキア4126、追放医師と奪われた歌の真実)  作者: 百花繚乱


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第12話 声の主

通路の奥から、声がした。


「やっと来たね」


ミオの指が石壁から離れた。


背中に、細い冷気が走る。


声は確かに少女だった。

幼すぎず、大人でもない。


だが、そこには奇妙な違和感があった。


距離がない。


普通、地下では音が必ず歪む。

反響が何度も折れ、遠くほどぼやける。


しかしこの声は違う。


まるで――

耳のすぐ後ろで囁かれたような鮮明さだった。


エミルが静かに言う。


「……誰だ」


返事はない。


ミオは通路の奥を見つめた。


闇が続いている。

灯りを向けても、数メートル先で石壁が影に溶ける。


それでもミオの耳は、奥の空間を捉えていた。


通路。


広間。


柱。


さらに奥へ続く階段。


「……広い」


ミオが呟く。


エミルが振り向く。


「見えるのか?」


ミオは首を振る。


「……聞こえる」


エミルは苦笑した。


「相変わらず規格外だな」


ミオは少し頬を膨らませた。


そのとき。


また声がした。


「ねえ」


二人が同時に顔を上げる。


少女の声は、さっきと同じ調子で続けた。


「入ってこないの?」


ミオの喉が少し鳴る。


「……聞こえる?」


エミルに訊く。


エミルは頷いた。


「聞こえる」


それが逆に奇妙だった。


普通なら、ミオの耳だけが拾う種類の音だ。


エミルは壁を調べる。


「音源が分からない」


ミオも同じことを感じていた。


音は通路の奥から来ているはずなのに、

反響の軌跡が存在しない。


まるで――


直接ここに現れている。


エミルが低く言う。


「通信か?」


ミオは眉を寄せる。


地下都市で通信は珍しくない。


だが通常は、

風路ケーブルや光導線を使う。


この通路には、

何もない。


そのとき。


少女が笑った。


「ふふ」


その笑いは、妙に軽かった。


「怖がってる?」


ミオは小さく言った。


「……ちょっと」


エミルが横を見る。


「正直だな」


ミオは少しだけ笑う。


それから灯りを掲げた。


「……行く」


エミルが頷く。


二人は通路に入った。


足音が石床に響く。


だが反響はすぐ消えた。


ミオはすぐに気づいた。


この石は違う。


「……音、吸う」


エミルが壁を触る。


「確かに」


表面がざらついている。


都市の石材とは別物だ。


「音響制御かもしれない」


エミルが言う。


「古代施設で使われていた例がある」


ミオは耳を澄ます。


吸音壁。


広い空間。


柱。


この配置は――


「……都市」


エミルが振り向く。


「何?」


ミオは通路の奥を指差す。


「……都市の構造」


エミルの目が細くなる。


「地下都市か」


ミオはゆっくり頷いた。


しかし違和感がある。


デルインクユ・ノヴァとは構造が違う。


もっと整然としている。


まるで――


設計された都市。


エミルが小さく呟く。


「記録にない」


ミオの心臓が早くなる。


未知の地下都市。


もし本当に存在するなら――


人類史が変わる。


そのとき、少女の声がまた響いた。


「びっくりしてる?」


ミオは通路の奥へ声を向ける。


「……だれ」


少女は少し考えるように黙った。


それから言った。


「うーん」


「まだ秘密」


エミルが眉を上げる。


「秘密?」


少女は楽しそうだった。


「だって、地図師さんが来るの、ずっと待ってたから」


ミオの胸が小さく跳ねた。


「……知ってる?」


「もちろん」


少女はあっさり言う。


「ミオでしょ」


エミルとミオが同時に止まる。


エミルが低く言った。


「名前を知っている」


ミオの手が冷たくなる。


「……どうして」


少女は答えない。


代わりに言った。


「もうすぐ広間だよ」


ミオは耳を澄ます。


確かに。


空間が広がる。


柱の数。


天井の高さ。


階段。


そして――


下へ続く巨大な空洞。


ミオの背中に鳥肌が立った。


「……大きい」


エミルが息を吐く。


「どれくらい?」


ミオは言葉を探す。


「……デルインクユの、三倍」


エミルが黙る。


そんな規模の地下都市が、

存在していて記録にないなどありえない。


そのとき。


少女の声がまた響いた。


今度は、少しだけ低く。


「ここは入口だよ」


ミオの喉が乾く。


「……入口」


「うん」


少女は言った。


「ほんとの都市は、もっと下」


ミオとエミルが顔を見合わせる。


地下都市のさらに下。


それはつまり――


第二層文明。


エミルが呟く。


「そんなものがあるなら……」


ミオが小さく言う。


「……世界、変わる」


少女は笑った。


「もう変わってるよ」


そして、静かに言った。


「だって」


少しだけ声が近づく。


「地図師さんが、来ちゃったんだもん」


ミオの心臓が大きく跳ねた。


通路の奥の闇が、

まるで生き物みたいに広がって見えた。

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