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記憶を食む地下都市で、声なき地図師は恋をする 副題(カッパドキア4126、追放医師と奪われた歌の真実)  作者: 百花繚乱


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第11話 風の塔の向こう側

朝のカッパドキアは、世界が一度終わったあとに残った静かな奇跡のようだった。


赤い岩の谷間を、ゆっくりと熱気球が昇っていく。

風の塔が低く鳴り、地下都市デルインクユ・ノヴァの空気を地上へ吐き出す。


以前より、その音は少し軽くなっていた。


旧風路が動き始めてから、都市は確かに変わった。

まだ問題は山ほどあるが、少なくとも人の記憶を燃料にする必要はなくなった。


ミオは断崖通路の端に座り、耳を石壁に当てていた。


風の振動。

水路の反響。

人の足音。


石の奥にあるものは、以前よりもはっきり聞こえるようになっていた。


「……どうだ?」


背後から声がする。


エミルだった。

青い外套を肩にかけ、いつものように少し寝不足そうな顔をしている。


ミオは顔を上げ、手帳を開く。

しかし、書く前に少しだけ考えてから、口を開いた。


「……まだ、弱い」


掠れた声。

けれど、確かに声だった。


エミルがわずかに目を見開く。


「いま、喋ったな」


ミオは視線を逸らした。

喉に熱が残る。


「……すこし」


エミルの口元がゆるむ。


「いい傾向だ」


その言い方は軽いが、ミオにはわかった。

彼が本気で安心していること。


ミオはごまかすように石壁を叩いた。


コツ、コツ。


反響が広がる。

石の奥で音が折り返し、いくつかの層を通って戻ってくる。


その中に、ひとつだけ妙な波が混じっていた。


ミオは手帳に素早く線を書く。


未知反響


その線は、現在の地下都市の地図から外へ伸びていた。


エミルが覗き込む。


「昨日と同じ場所か」


ミオは頷く。


三日前、ミオが地図更新作業をしているときだった。

地下の反響の中に、奇妙な周期音を見つけたのだ。


自然の空洞は、もっと乱雑に響く。

だがこの音は違う。


規則的だった。


まるで誰かが、

意図して作った空間のように。


「自然洞窟じゃないな」


エミルが言う。


ミオは指で石をなぞる。


「……人工」


「やっぱりそう思うか」


エミルは腕を組んだ。


「問題は、誰が作ったかだ」


地下都市は古代から拡張されてきた。

だが現在知られている区画は、すべて記録されている。


この場所は――

地図に存在しない。


ミオは再び耳を石壁に当てた。


以前より音が細かく分かる。

空間の広さ。

柱の配置。

通路の角度。


まるで石の中に、透明な地図が浮かび上がるようだった。


エミルがふと訊く。


「聞こえるか?」


ミオは少し黙る。


「……遠い」


「どれくらい?」


ミオは指で地図をなぞる。


「……二百、三百メートル」


エミルは眉を上げる。


「そこまで分かるのか」


ミオは肩をすくめる。


「……前より」


喉に手を当てた。


事故のあと、ミオの耳は変わった。

喉を失った代わりに、石の音が以前より深く聞こえる。


そして最近、それがさらに鋭くなっていた。


エミルが少し考え込む。


「旧風路の再起動で、地下の空気流が変わったせいかもしれない」


「……?」


「音の通り道が増えた」


ミオは少しだけ笑った。


「……いいこと」


エミルも笑う。


「地図師としてはな」


二人は断崖を下りた。


未知反響の方向は、旧坑道区画の奥だった。


そこは、かつて使われていたが今は閉鎖されている通路だ。

石段を降りると、空気が少し冷たくなる。


壁の灯りが青く揺れる。


ミオは足を止めた。


耳を澄ます。


コツ。


石を叩く。


音が奥へ走る。


そして戻ってくる。


その戻り方が、突然変わった。


ミオの目が見開く。


「……エミル」


「どうした」


ミオは石壁を指差す。


「……ここ」


エミルは壁を調べる。


何もない。

普通の岩壁だ。


だがミオにはわかる。


この奥には空間がある。


しかも――


「……柱」


「柱?」


ミオは頷く。


「……たくさん」


エミルは眉を寄せる。


「人工構造だな」


ミオは壁を叩く。


コツ。


反響が返る。


今度は、はっきり聞こえた。


カン


金属のような音。


ミオは息を呑む。


エミルも気づいた。


「石じゃない」


ミオは急いで手帳に書く。


扉?


エミルが壁をなぞる。


確かに、岩の一部の質感が違う。


人工的な継ぎ目。


エミルは工具を取り出した。


「少し壊すぞ」


ミオは頷く。


数分後。


石板が外れた。


奥から、冷たい空気が流れ出す。


ミオは息を止めた。


その奥は――


通路だった。


しかも、かなり古い。


地下都市の構造とは違う。

壁の石の積み方がまったく別だ。


エミルが低く言う。


「……別文明の可能性もあるな」


ミオの心臓が速くなる。


未知の地下。


新しい地図。


そして、

まだ誰も知らない世界。


エミルが笑う。


「第2部の始まりって感じだな」


ミオは意味がわからず首を傾げた。


そのときだった。


ミオの耳に、微かな音が届く。


風の音ではない。


水でもない。


声。


ミオは凍りついた。


耳を澄ます。


確かに聞こえる。


通路の奥から。


少女の声。


ユラではない。


でも、どこか似ている。


ミオの背中を冷たいものが走る。


声は、はっきり言った。


「――地図師さん」


エミルが顔を上げる。


ミオは石壁に手を当てたまま動けない。


そしてその声は、

まるでミオを待っていたみたいに、

くすっと笑った。


「やっと来たね」

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