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記憶を食む地下都市で、声なき地図師は恋をする 副題(カッパドキア4126、追放医師と奪われた歌の真実)  作者: 百花繚乱


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第十章 朝はもう、地下に閉じこめない

数週間後。


デルインクユ・ノヴァは生きていた。傷だらけで、不安定で、それでもちゃんと生きていた。


旧風路への移行は完了し、記憶抽出装置は停止した。総督セリムは失脚し、統治委員会が設けられた。だが、問題がすべて解決したわけではない。足りない水、足りない薬、地上の高熱、奪われた年月への怒り。人々はこれから、何を犠牲としてきたのかを知ったうえで、生き方を選び直さなければならない。


それでも朝は来る。


ミオは断崖の上に立っていた。

喉に巻いた薄布を風が揺らす。手には新しい地図帳。都市の断面に、旧風路と新流路が細かく書き込まれている。その隣に、まだ名前のない微かな反響が一本、遠方地下へ伸びていた。


隣にはエミルがいる。青い外套は相変わらず少しくたびれていたが、もう“追放者”の顔ではなかった。忙しい医者の顔だ。


谷の向こうで熱気球が上がる。前より数が多い。朝の作業時間が伸びたせいで、人々の顔に少しだけ余裕がある。子どもたちはまた走り回っている。誰かが歌っている。


「新しい航路図、見せてくれ」


ミオは帳面を開く。エミルが覗き込み、眉を上げた。

「これは……都市外縁の地下反応か?」


ミオは頷く。

別の地下都市かもしれない。古い避難路かもしれない。あるいは、まだ誰も知らない生存圏。


エミルが笑う。

「平和になったと思ったら、すぐ厄介ごとか」


ミオも少し笑う。

以前よりはっきり、声が出るようになっていた。まだ長く喋ると痛むし、歌えばすぐ掠れる。でも、もう“失った声”ではない。“取り戻し途中の声”だ。


「……行く?」


たった二文字半なのに、エミルはなぜか少し黙った。

それから、心底嬉しそうに笑う。


「もちろん」


風が吹く。朝の冷たさと、すぐ来る熱の気配を一緒に運ぶ風だ。ミオはその風を吸い込む。胸が痛まないわけではない。ユラのいない朝は、これからもずっと少し欠けている。


でも欠けたまま、前へ進める。


ミオは空に向かって言った。


「ユラ。いってきます」


返事はない。

けれど遠くの風の塔が、やさしく、誇らしげに鳴った。


その音を背に、二人は新しい地図の先へ歩き出す。

地下に閉じこめられていた朝は、もう少しずつ、地上へひらいていた。

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