断罪ヒロインに転生したから全力で逆ハーを目指す事にした
私は女主人公である。
前世の名前は忘れた。
この世界の原作はゲームか小説か漫画かも分からない。
けれど、私は魅了の力も無しに攻略対象を落としまくるお花畑な女主人公である。
断罪されて死ぬ。
そう直感した。
記憶が戻ったのは5歳で、そこからひたすら努力をかさねて勉強もしてお金と権力も手に入れる事にした。
貧民街の子供達にパンを与えて聖女と呼ばれている。
表向きはね。
実際には彼らにしか出来ない仕事の対価としてパンを与えていた。
「お嬢様、お時間でございます」
声をかけて来たのは浅黒い肌の、黒髪黒目の執事のハーマン。
彼は攻略対象にして、最初に手に入れた私の共同経営者だ。
二人で作った商会は今や大陸中に販路を広げ、影響力も強い。
「ええ、今日でやっと一区切りですわね」
「はい。オーレリアン殿下が同行されるそうです」
オーレリアン殿下はこの国の王子であり、立太子は確実だ。
彼の婚約者の公爵令嬢ジュヌヴィエーヴがどう足掻いても、今日で婚約は解消となる。
貴族令嬢として家の力に頼る?
だったらその家の方をどうにかしてしまえばいいのよ。
自分の頭を使い、野心を持って動かない令嬢達なんて相手じゃないもの。
「シルとゴートは?」
「他の令嬢達を送り届けるために先に王城へ向かいました」
シルはシルヴェストル。
錬金術師で没落した侯爵家の令息だった。
私の研究に巻き込んで、学園入学前に既に共同研究者として活動している。
現代知識を応用した美容品や医薬品を作り、その資金で彼は侯爵家を立て直した。
このまま研究に没頭したいというので、この邸宅で一緒に暮らしている。
侯爵家の領地も富ませた私は彼の家族にも感謝され、後継は彼の従兄弟に引き継がれる予定だ。
ゴートはゴーティエ。
騎士団長の息子の伯爵令息だが、彼自身も騎士だ。
私が手に入れた騎士や戦士の中でも強い人達に鍛えられ、初心者となる前に叙勲を受けた。
我が国では最年少騎士である。
勿論、騎士の作法や騎士見習いとしての訓練もきちんと身に付けて貰った。
彼もまた私の騎士になってくれたので、一緒に暮らしている。
実家の伯爵家は彼の弟が後継となった。
騎士団長は長男の成長に酷く喜び、他の弟達の世話も頼まれたので、大事に育てている最中。
「分かりました。ではわたくし達も参りましょう」
「はい、お嬢様」
ふふ、と思わず笑みが零れる。
だって、私って全然お嬢様じゃないんだもの。
不思議そうな顔をしたハーマンに理由を教える。
「貴方はいつまでたってもお嬢様、って呼ぶのね」
「私にとってお嬢様は、ずっとお嬢様ですので」
優しく微笑んだハーマンはいつ見ても心がときめく。
幼い頃から一番長く過ごしてきた今も。
王宮からの馬車が来る。
王室の家紋が入った馬車からは、煌びやかな王子オーレリアンが地面に下りたって、恭しく私に手を差し出す。
「母上から許可は得たよ」
「ふふ。やっとですわね、殿下」
その手の上に手を重ねて馬車に乗り込む。
ハーマンは慣れた様に馬車の扉を閉めて、別の馬車へと向かった。
「君と四六時中一緒に居られるハーマンが羨ましいよ」
「これからは殿下と過ごせるお時間も増えますわ」
「ああ、夢みたいだ、リミカ」
情熱的に手袋に包まれた指先を掬いあげて口づける。
その熱っぽい眼差しに、きっと私の笑顔も蕩けているだろう。
今日は集大成だ。
私が長年準備してきた事の。
でもこれは一区切りであり、始まりに過ぎない。
宵闇の中馬車は速度を上げて、美しい尖塔を持つ王城へとひた走った。
「リミカ、君の事は私が守ろう」
「殿下、それは違いますわ。わたくしが殿下をお守りいたしますの」
真摯な目で囁かれて、思わず私は微笑みを返す。
私の言葉を聞いて、オーレリアンはふにゃりと笑った。
「私にそんな事を言ってくれる女性は君だけだ」
階段の上で微笑み合って、同行されて階下に降りていく。
今日こそ殿下の婚約者である、公爵令嬢のジュヌヴィエーヴ様が出てきそうね。
前夜祭でも色々あったけれど、彼女は動かなかったもの。
ラスボスだわ、きっと。
私の周りには私の愛する人たちが集まる。
幼い頃に出会った頃から芸術に傾倒している公爵家令息セヴラン。
学園で出会った宰相の息子であり公爵家令息のテオドール。
教師を務める伯爵家の次男、フレデリック。
その他にも色々な殿方が。
足が悪く私とシルヴェストルが開発した車椅子に座っている子爵令嬢マルグリット。
声が小さく陰気な令嬢と言われる伯爵令嬢クロエ。
雀斑があり、見目が良くないと言われる伯爵令嬢のオデット。
他にも令嬢の友人達が沢山いる。
彼女達は引き立て役だと思われているが違う。
余人が見抜けない彼女達だけの才能が有り、私はそれを発掘して手元に置いていたのだ。
友人であり部下であり大事な宝物。
令息も令嬢も皆笑顔だ。
卒業をしたら、私には学園にいた時よりももっと大変な仕事が待ち受けている。
高らかな楽器の音が響き渡り、呼び出し係の声が広間に響き渡る。
「国王陛下、王妃殿下の御来場」
一斉に人々が礼を執る。
玉座に座った国王が、重々しい声で言った。
「今日は目出度い日である。学園を卒業した其方たちに祝福があらんことを。……だが、何やら問題も起きているそうだな。申してみるが良い」
そう国王が言えば、オーレリアンの婚約者のジュヌビエーヴの側にいた、マドレーヌが前に出た。
前座かしら?
彼女は伯爵令嬢だものね。
「わたくしの姉の婚約者であるフレデリック・リュシアン・ド・ヴァルモン様を教師の職から解いて頂きとうございます。彼は、生徒であるリミカ嬢に、あろうことか恋愛感情を持っているのです!教師とあろうものが、生徒に対して不埒な思いを抱くなど、言語道断ですわ!!」
え?
何を言ってるのかしら、この子。
発言前に玉座に向けて淑女の礼を執り、国王の頷きを以て私は返答に入る。
「あの……まず、わたくしとフレデリック先生に不埒な関係はございませんし、適切な距離を保って接していたのは学園の皆様はご存知のはずですが」
私は首を傾げる。
確かに二人で話す事はあったけれど、教室や廊下という開かれた場所であり、密室で二人きりになった事はない。
「見つめ合っていらっしゃいましたし、身体を寄せ合っていらっしゃいました」
「貴女は人とお話をされる際に目を見ないよう教育を受けてらっしゃるのでございますか?それに一つの本や資料を二人で読む時に近づいた事ならあるかと思いますが、それと不貞とは何の関係もないかと」
シン……と会場が静まり返る。
国王が静かに言った。
「証拠は無いのか?不貞を示す物や、不適切な文……恋文程度では不貞にはならぬが……物的証拠や目撃証言を示すが良い。見つめ合っていた、身体を寄せ合っていた程度で不貞にはならぬ」
「だって、教師が教え子に恋愛するという倫理観自体がおかしいと思いませんか?」
いやお前の言葉遣い、不敬……。
まあいい。
「まずは、その恋愛の証明をしてご覧なさいませ。更に、教師と生徒の恋愛を禁止する学則も法律もございません。教師が生徒を、または生徒が教師を見初めたとして、お互いの家の家長が許せば婚約も結婚も成立致しますわ。その事の何が問題なのでしょうか?」
「だって未成年ですわよ…?」
「貴女はまだ初心者になっておりませんの?15歳で初心者を終えれば成年と見做されますし、結婚はそれよりも前に出来ますけれど?」
「え……?」
聞き返したいのはこっちですわ。
まさか攻略対象の婚約者の妹が転生者って、ある?
モブ転生するのはいいけど、何で現代の社会通念をこの中世に持ち込むのかしら。
だいたい未成年と成人のラインがおかしい。
この世界は12歳から結婚可能なのだ。
出産は学園卒業後にする事が多いが、その前に出産する人だっている。
歳の差婚なんて普通の世の中で、教師と生徒の歳の差が5~10歳だとしても、歳の近い夫婦って良いわねえって言われる部類。
居並ぶ貴族達は彼女の現代的なコンプライアスなんて誰も理解出来ないし、ポカーンですわよ。
「貴族の結婚はあくまで家同士の決め事ですから、教師や生徒の括りで判断はされませんわ。もし禁じられるとしたら、それは宗教上の理由からではないかしら?」
教師になるのは神職者が多い国もある。
教会法が許さなければ、結婚すら許されないから恋愛どうこうではない。
マドレーヌは周囲を見渡して、賛同者がいない事を感じ取ったのか、縋るように国王を見る。
国王は呆れたように溜息を吐いた。
「学びの場においてより良い伴侶を得る行為は罪ではない。優秀な教師であるフレデリックを一生徒の世迷言で解雇する事は国益を損なう極めて愚かな判断である。リミカ嬢もまた他国へ影響を及ぼす才女であり、二人の知的な交流を奨励する事はあっても、逆は無い」
国王の裁定は下された。
そして、フレデリックが前に進み出て、国王陛下に臣下の礼を執る。
「ご英断感謝致します、陛下。この度の不祥事にて婚約を続けることは困難だと判断いたしました。今この場を以てボーモン伯爵令嬢との婚約の解消を願います」
「認めよう」
妹のマドレーヌは姉のソランジュの為に行動したのだろうけど、裏目に出た。
ソランジュは肩を震わせて会場を出て行き、マドレーヌも慌ててその後を追いかけていく。
という事は、解消する気は無かったという事なのかしら?
不思議。
妹の暴走を止めないのだから、解雇で良いのかと思ってた。
ああ、そうか解雇されたフレデリックをさっさと婿入りさせたかったのかもしれないわね。
別の人に思いを寄せている人なんて嫌!って人も勿論いるだろうけれど、結婚を取りやめるほどかと言われたら止めない人の方が多そう。
現代と違って制約は多いし、派閥、年齢、見た目、財産、血筋、色々な要件が揃っていないと結婚自体が無理なんだから。
フレデリックは婚約から解放されて、清々しいという良い笑顔をしながら私達の元へと戻ってきた。
ラスボス登場かしら?
そう思っていたが、真打が現れた。
華やかな美貌を持つ令嬢が、すい、と固まっている令嬢達の前に進み出る。
ベランジェール・ソフィー・ド・ボーマルシェ伯爵令嬢。
セヴランの婚約者である。
その隣には、デルフィーヌ・クラリス・ド・ロアン伯爵令嬢。
テオドールの婚約者である。
髪の色は若干違うけれど、赤髪に暗い色の二人はまるで双子のよう。
普段から仲良く交流しているのは学園内でも見かけたことがある。
さて、何を仰るのかしら。
ベランジェールは私を見る時のような射貫く目はやめて、悲しそうな顔を作る。
「セヴラン様、わたくしは貴方の婚約者として、公爵家の名誉を案じておりますの。リミカ様、貴女が助言と称してセヴラン様の創作活動に深く干渉されていることは、もはや看過できませんわ。正式な婚約者であるわたくしを差し置いて、創作活動の協力者として居座り、実質的な女主人のように振る舞って社交界の序列を乱すなんて許されませんのよ」
私が即答してもいいのだけど、周囲の反応も知りたいので暫く静かに耳を澄ます。
「公爵家は彼女を敵に回すおつもりなのだろうか」
「ボーマルシェ伯爵家も終わったな」
「セヴラン殿がリミカ嬢に懇願して絵のモデルをして貰っていたのを知らないのか?」
聞こえてくる声はどれも、ベランジェールを否定するものばかりで、彼女の顔から笑顔が消えた。
助言というより、描いて欲しい絵のお題は考えていたけれど、絵の事は好き嫌いでしか判断できないから、私は主に聞き役に回っていましたけどね。
反対意見が多いからか、更にベランジェールは言いがかりをつける。
「公爵家が創作活動のために用意した貴重な材料や人脈を、リミカ様が自身の慈善活動や事業のために横流しさせ、公爵家の資産を私物化していたのでしょう?」
これ以上は確たる証拠に基づいての批判がなさそうなので、答え合わせに入る。
「ボーマルシェ様はセヴラン様の創作活動に興味がございませんの?」
私の問いかけに、笑顔を失くしたベランジェールの能面のような顔にヒビが入った。
「セヴラン様に提供している顔料は、わたくしが作ったものなのですけれど……」
彼と交流を持つ前から、再生事業の中でインクを作り始めた時に顔料も併せて作ったのだ。
そして子供達の中から絵の才能のある子も育てた。
絵画の売買だって商会でしていたし、画廊も持っている。
むしろセヴランは私の提供する絵の具が無いと絵が描けないと言うほどだ。
横流しをしていたのでは無く、私は提供する側である。
「リミカ嬢の言うとおりだ。私がリミカ嬢の作った顔料に生かされているのだよ。芸術に興味のない君に、私やリミカ嬢の作り上げて来た絵に文句を言われる筋合いはない……いや、違うな。君の場合公爵家の威光が気になるのだったか」
「な、何を仰いますの……セヴラン様……。わたくしは、ただ貴方の名誉を想って……! 顔料ですって? そんな卑俗な、職人が作るようなものに貴方が『生かされている』など、冗談でも仰らないでくださいませ! 貴方は選ばれし公爵家の、高潔な芸術家なのですわよ!?」
セヴラン自身に否定されると思わなかった彼女は取り乱した。
そして芸術を愛する者達にとっては聞き捨てならない言葉を発してしまったのだ。
「選ばれし公爵家、ね。結局君は権力にしか興味がないようだな」
軽蔑したような眼差しをうけて、ベランジェールは言葉を詰まらせる。
権力は大事だけれど、権力大好きですものオホホホくらいに突き抜けていないとこの論理で戦うのは無理だと思う。
現に貴族達も、口々にベランジェールの言葉に対して冷たい囁きで応えている。
「芸術を理解しない娘だ」
「あれが伯爵家の娘か?」
「公爵家の威光にすり寄っているのは自分ではないか」
「浅ましいことね」
周囲に良く思われたいと思うのなら、そんな風に言うべきじゃない。
それに、彼の芸術に対する気持ちに全く興味がない事も分かった。
好きな相手の好きな物くらい把握しておくべきでしょう。
大事な物を馬鹿にされたら悲しい気持ちも。
「絵とは芸術家にとって世界そのものなのです。その絵を彩る様々な色は魂とも言えるものなのですよ」
『生かされている』というセヴランの言葉は大袈裟ではない。
彼にとってはそれ位大事な物なのだから。
「リミカ嬢、君のような理解者に出会えたのは人生最大の幸福だ」
傷つけられた言葉以上に、セヴランにとっては重要だったようで、今はその目に怒りも無い。
私の手を取り、彼は手の甲に口づけを落とす。
人々の称賛の言葉の中、私は静かに微笑み返した。
言葉を失ったままのベランジェールの隣にいたデルフィーヌが庇うように前に出る。
「皆様、ご存知かしら?彼女が分不相応の邸宅に住まい、夜な夜なここにいる殿方をその家に引き入れている事を」
分不相応な屋敷はれっきとした私の持ち物だ。
けれど、確かに男爵令嬢が住んでいたらおかしいと思われても仕方ない邸宅ではある。
王都の一等地に有り、公爵家には及ばないが中規模な庭もあって、綺麗に整えられていた。
私に特別な後ろ盾がいるのでは?という噂もあるのは知っている。
「大変人聞きが悪うございますが……わたくしの家に招いている方々は殿方だけではありませんことよ?」
「その様な言い訳はおやめなさい」
デルフィーヌが閉じた扇を突き付けるが、私にとっては可愛いものだ。
実際に数人の令嬢を私の家に匿っているのだから。
「たとえばマルグリット嬢は足が不自由でいらっしゃいますが、わたくしとシルヴェストル様で試作した車椅子に乗って、我が家に住んでくださっていて色々な差配をしてくれておりますのよ。オデット嬢は、とても手先が器用で貧民街の子供達にも刺繍を教えて下さっておりますの。クロエ嬢は我が家の司書をして下さっていて、シルヴェストル様のお手伝いやテオドール様の資料集めのお手伝いだってしてくださいますのよ?……ええとまだお聞きになられたいでしょうか?」
彼女達は実家で虐げられていた所を救い出した令嬢達で、今や彼女達の家門にとって厄介払い出来た上に、将来有望な者達が集うサロンにいるという自慢の種ですらある。
敢えて恩を売るだけで家門を責めたりはしないが、余計な手出しも出来ない。
家長の権限すら及ばぬように私が差配したからだ。
勿論、声高に触れ回る事ではないので、学園でその事実を知っている者はいないだろう。
そこまで調べていなかったかその事実を無視したデルフィーヌは醜聞と思われる出来事を口にした。
「フレデリック先生迄巻き込んで、朝まで部屋の明かりが消えなかった日だってございましてよ!」
「ああ……それは多分、夜通しテオドール様とフレデリック先生で税制に関する法律の草案を作っていた夜ですかしら?わたくしとクロエ嬢は失礼をして先に休ませて頂きましたけれど……おかげで良いものが出来上がりましたの」
邸宅の明かりを外から監視していたという労力には驚いたけれど、何も私達は遊んでいる訳じゃない。
こう……不潔よ!と騒ぎ立てる方が不潔よね……みたいな流れになってる。
妄想力が逞しい令嬢って事になってしまわれるわね。
そこで止めておけばよかったのに、デルフィーヌは諦めきれなかったらしい。
「テオドール様、その草案にこれ以上関わられては、閣下の名に傷がつきます。リミカ様、貴女が共同研究という名目でテオドール様に近づき、法案の中身を私物化しようと企んでいることは明白ですわ」
何で?
どうしてそうなったの…?
「デルフィーヌ様、草案の中身をご存知の上で仰っておられまして?まさか宰相閣下より先にその内容をご存知とは驚きましたわ。何処でご覧になられたのかしら?……国の機密に関わる事でございますので、お答えくださいませ」
出来上がった草案は、テオドールから父親である宰相に手渡される物であり、作成に関わったのは四人だけだ。
草案の内容を知らないと言えば嘘を吐いた事になる。
知っていると言えば、機密情報を不法に入手した事になる。
どっちにしても詰みだ。
けれど、知らないと言えば矜持が傷つけられるだけで済むのに、彼女は不遜に言い放つ。
「中身を細かく知らずとも、貴女のような出所の知れない者が関わっている時点で、毒が混じっているのは明白ですわ。 答えろですって? 男爵令嬢の貴女に、なぜ次期宰相夫人のわたくしが尋問されなければなりませんの?」
「左様でございますわね。では、続きは宰相閣下にお任せいたします」
確かに私が追及せずとも良いのだから、ここでうだうだと議論する気は無い。
私の言葉を聞いた途端、スゥとデルフィーヌの顔が蒼褪める。
だって、これは学生のお遊びじゃなくてきちんとした公の仕事だものね。
本職にお任せするに限る。
宰相閣下は私の言葉にうなずいて、冷たい冷たい眼差しを息子の婚約者に注いだ。
その目を見たデルフィーヌは助けを求めるように父親のロアン伯爵を見る。
だが、ロアン伯爵は娘を見る事もせず、ただ宰相のリシュリュー公爵に会釈をし、公爵は厳しい顔つきのまま再び頷いた。
そこに何があるかなど、デルフィーヌには分からないのだろう。
不安げに瞳を揺らしているが、彼女の運命はもう決まっている。
貴族らしく家に任せた結果、なのだ。
婚約の解消も新しい婚約も、彼女の意志など関係ない。
だって彼女は貴族の娘らしく、家の利の為に家の意志に従うのだから。
結局自分で考えて行動しない人間は、より良い運命にはたどりつけない可能性が高い。
それでも家の力に頼り、全てを委ねるのならその運命も受け入れなくてはならないという事だ。
私とは真逆の生き方だけど、それはそれで楽でいいのかもしれないわね。
人々の騒めきが鎮まった後で、凛とした声が響く。
「皆様に申し上げたい事がございます」
ラスボスのジュヌビエーヴが進み出た。
彼女は流石に公爵令嬢だから、色々と調べて来たのだろう。
分不相応な私の家が、実は侯爵邸であってパトロンがいる訳ではないという事も。
彼らの予想通り、侯爵邸内では殿方と愛し合う事もあるという事も。
けれど、それは外部に漏れ出るような情報ではない。
幼い頃から育て上げた忠臣とも言える使用人達は情報を売る事はないし、夜間の立ち入りは制限しているから、例え拷問されたとしても状況証拠しか口に出来ないだろう。
でもそれは私の生活のほんの一部でしかない。
エロ漫画じゃあるまいし、全てを投げ出して性欲に溺れて生きる事などないのだ。
「オーレリアン殿下、騙されてはいけません。 この男爵令嬢は、あろうことか子持ちの未亡人なのでございます」
「ああ、知っている。それがどうした?」
ジュヌビエーヴの一言に、会場は二つに割れた。
私の生い立ちは有名だし、親世代は皆知っているのだから、告発に対して冷笑を浮かべている。
そもそも、私は学園が始まる前に身分の詐称を許されている。
次代を担う令嬢や令息の為人を知る為という大義名分のもと、親達には勅命による緘口令を敷いて貰ったのだ。
王家と私の繋がりは深い。
慈善事業として、町の清掃業務を子供達にさせるようになって、目に見えて病気になる者達が減った。
更に、私の事業は彼らの領地の命運を握っている。
だからこそ、令嬢達が幾ら親に訴え家の力を使おうとしても、私に対しては何も出来なかったのだ。
親の反応は二通りだっただろう。
「自分で対処しろ」
「関わるな」
お小遣いで暴漢を雇う、なんて事は家の力を頼りましょうね、なんてお上品な思考の貴族令嬢には出来ない。
家にいる騎士や従者に命じたところで、彼らの雇い主は家長でしかないのだ。
事に及ぶ前に家長の指示を仰げば、当然ながらその命令は無効化される。
秘密裏に動かしたとしても、返り討ちに遭うだけで、家長の指示を仰がなかった彼らは姿を消すだけだ。
私が侯爵夫人だという事実を学園内で知っている人間はごくわずか。
話しても良いと思った相手と、元々知り合いだった人々だけ。
特にオーレリアン殿下は、私の結婚を泣いて止めたし、無事出産した時は大変喜んでくれた。
知らなかった学生達は驚いていたが、だからと言って親世代が嘲笑するでもなく見守っているのに騒ぐ事は出来ない。
ジュヌヴィエーヴは王子の反応に釘付けになっていた。
「え……?何を……あの女は王妃になれませんのよ!?」
「ああ、そうだ。いつ、私が彼女を王妃にするなどと口にした」
していない。
私が王妃になる事は絶対にないからだ。
前世の記憶が戻ってから私は世界に抗う事を決めた。
だから勉強したのだ、色々な事を。
導き出された最善の答えは「未亡人になる事」だ。
未亡人という立場は色々と都合が良い。
資産もあり、国によるが夫人の称号でも爵位が認められ、子がいれば家督を継がせることが出来る。
亡き夫は私に全財産を託して天国へ旅立ったのだ。
資産を目当てに彼の命を狙っていた親族たちを全て片付け、子供の顔を見て安心したように彼は眠りに就いた。
最初は聖女と噂される私に、その善い行いの為に全ての資産を使って欲しいと打診されたのがきっかけで。
優しい人だった。
とても素敵な紳士だった。
私に指一本触れる心算の無い人だったのだ。
何故なら、彼の妻は殺され続けたから。
子供が出来ないように、事故で毒で葬り去られた。
彼自身も毒に身体を侵されて、長くはない命。
だからこそ、私は彼の子を生む事にしたのである。
最後に最高の贈り物をあげたかった。
彼は私の為に全てを投げ打ってくれたから、その思いに応えたかったのだ。
子を作らなくても、遺言書で全てを残すからと、領地は出来るだけ守って欲しいと彼は望んだので、私は領地を守り彼の血を継ぐ子供に継がせると決めた。
思い出したらお墓参りに行きたくなってくる。
まだ修羅場の途中だというのに。
「彼女の事を愛しているのでございましょう?」
「ああ、心の底から敬愛している」
最初から私は王妃など望んでいない。
望んだ地位は公妾だ。
だから、王子の為の婚約者も探し出して、私が保護をして教育もした。
他国で呪われた姫と塔に閉じ込められていた美しい少女を。
国王が大仰に溜息を吐く。
「婚約者の変更を急ぎ行ったのは良かったな」
「左様にございますな」
宰相も静かに低い声で答える。
大きな声ではないが、それは皆の耳にも届いた。
「この場で発表するが良い、宰相」
「は。オーレリアン殿下とジュヌヴィエーヴ・マリー・ド・ヴァロワ公爵令嬢の婚約は解消。オーレリアン殿下の新しい婚約者はフェリシテ・アンヌ・ド・ラ・クロワ、クロワール国の第三王女にございます」
紹介されたフェリシテは、オーレリアンの弟のカーネリアンに同行されて、玉座の前で淑女の礼を執り、王族席に座した。
透き通るような銀髪に深い紫の瞳の硝子細工のような細身の姫だ。
私と目が合うと控えめに微笑む。
私も微笑み返した。
ジュヌヴィエーヴは何も知らされていない。
驚きに固まって、真の婚約者であるフェリシテ姫を呆然と見詰めている。
彼女達がこの日に向けて断罪しようとしまいと、何も変わらなかった。
元々今日がXデーだったのだ。
「また、ジュヌヴィエーヴ・マリー・ド・ヴァロワ公爵令嬢殿は、北方の軍事国家ボルガンの辺境守備隊長、ガストン・アイゼンベルク卿とのご婚約」
ジュヌヴィエーヴは信じられないというように目を見開いてヴァロア公爵を見て、ヴァロア公爵は大きく溜息を吐き睨み返すように娘を見る。
これが家の判断だ。
親世代には既知の情報を醜聞のようにばら撒いて、鬼の首を取ったかのように悪意を振り撒いた。
年の離れた侯爵と結婚し、子供を生み、未亡人となった私の半生を醜聞だと信じて疑わなかったらしい。
普通の令嬢からすれば、その出来事を『隠しておきたい醜聞』と捉えるのもきっと普通なんでしょうけどね。
将来有望な貴公子が求めるのは別に処女ではない。
妻として後継を生ませるのなら必要な条件だけど。
「何故……仰ってくださらなかったの、殿下、お父様」
「陛下の勅命だ。リミカ嬢……ジェルヴェーズ侯爵夫人が低位貴族の令嬢として、次代の者達の振る舞いを見て選別されたのだ。お前は………。ただ家の為に嫁げば良い」
その後も婚約の結び直しが伝えられていく。
公爵令息のセヴランは侯爵令嬢のヨランドと婚約し直した。
彼女の家は没落した名ばかりの侯爵家で、持参金が用意出来ないどころか身売り同然だったのを私が救い、商会の事務仕事をしてもらったり私の秘書として働いて貰っていたのだ。
今後は公爵夫人としての教育を受けて、社交界に羽ばたくだろう。
セヴランとの婚約が無くなったベランジェールは、山岳の小国リデルの世継ぎへと嫁ぐ。
峻厳な山と鉱石と山羊が沢山居るからきっと癒されるだろう。
宰相の息子であるテオドールは、侯爵令嬢のマリーヌと婚約し直した。
彼女は過去の誘拐未遂事件で喉に傷跡が残り、声も失ってしまったのである。
その為親族からは、政治的な利用価値を失った事を理由に疎まれていて、結婚からも遠ざけられていた。
マリーヌと私で育てた手話のできる小間使いや侍女が幾人もいるので、彼女を公爵夫人として支えてくれるだろうし、今後も私が支えていく。
デルフィーヌは父親以上に歳の離れた商人に嫁ぐ事になった。
何番目の妻かは知らないが、黒いヴェールを纏い静かに一生を過ごす事になりそうだ。
当然ながら身売り同然で他国へ追いやられる彼女達は、それぞれの実家にきちんと利がある縁組だ。
私がそう差配したのだから。
自分の人生を戦って勝ち取ろうとしても無理な場合はあるけれど、何もしなければ転がり落ちるだけ。
私は地位や恵まれた環境に胡坐をかいている人よりも、逆境にありながらも懸命に生きる人を助けたい。
追い出したい相手と救いたい相手を交換出来て八方丸く収まった。
私も望んだ全ての殿方達との恋愛を謳歌出来るし、誰か一人に絞る必要はない。
だって、結婚する必要はもうないのだから。
私は公妾になり、彼らを支え愛しながら生きていく。
結局、逆ハーレムは悪女じゃないと難しいってことよね。
最初はじっくり書きすぎて連載になってしまう…となってぎゅぎゅっと縮めた話。最初は恋愛関係ない事業の話で、そっちを書くのが楽し過ぎてもうこれ恋愛じゃなくてよくね?ってなったりもしたんです。マリアローゼの場合は権力あり金ありの事業だけど、全く無一文からっていうのが楽しかったです。頑張って今の長編終わらせなきゃ…!
※※
感想欄で頂いて、あっ!て気が付いた。ついちゃいました。ひよこって基本「ナーロッパ仕様」じゃないんです。中世ヨーロッパ元にする事で自分なりの世界観を構築してるので、子育てについても恋愛についても、現代日本の倫理観とは違うものも結構あります。現代日本では浮気は男女ともに地獄に落ちろ派ですし、逆ハーも好きじゃないです。あくまで真面目に成立させた結果その②です!特に最近ブリジャートン家とか見てるから愛人いるの当然とかの世界観…(シーズン4)ちなみに本編よりスピンオフのクイーン・シャーロットの方が好きです。




