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第1話 5秒の空白、あるいは絶頂へのログイン

指の動きに合わせて。

画面の下端から「次の話へ」という文字が、青白い光を放ちながら静かにせり上がってくる。



掌の皮をじりじりと炙る、バッテリーの不快な熱。

リチウム電池が発する、目に見えない磁気の重みが、手首の腱に鈍い痛みを刻み込んでいる。


親指の腹は、自分自身の脂と汗で液晶にぬちゃりと張り付き。

スクロールするたびにガラスと皮膚が擦れる、かすかな粘着音が鼓膜にこびりつく。



耳の奥では。

心臓が肋骨の内側を、ぬめった湿り気を伴って叩きつける音が響いている。


ドクッ、ドクッ、という重い拍動が指先にまで侵食し。

握りしめた端末を、そして画面の中の文字を、脈打つように上下に揺らす。



胃の底で、グジュリと何かが蠢く音がした。

空腹の鳴動ではない。

湿った生肉が捩じ切れるような、あるいは内臓の隙間を細い指が這い回るような。


不快な――「声」――に近い響き。




喉の奥は、熱を帯びた空気に焼かれてひび割れ。

舌の先には、古い鉄錆を舐めた時のような、強烈な金属の苦い味がこびりついて離れない。



鏡のようになった黒い硝子の奥。

文字のない真っ黒な余白に、背後の景色がぼんやりと映り込んでいる。


寝る前に。

確かに「カチッ」と音がするまで押し込んで閉めたはずの、あの白いドア。


……開いている。




垂直に伸びる黒い筋が。

親指の幅ほど、さっきよりも濃く、深く、口を開けている。




右側の空気が「剥がれた」。

エアコンの乾燥した人工的な風じゃない。

何十年も地下に溜まって、腐敗した泥を掘り返したような。


ひどく湿った、カビ臭い冷気が。

音もなく足首をじっとりと撫でていく。




その隙間に。

――誰かがいる。



剥き出しの眼球が放つ、粘りつくような視線。

僕の無防備なうなじを、ゆっくりと、ゆっくりと舐めまわしている。



耳元で、自分のものではない。

細く短い呼吸音が、僕の心音のリズムに合わせて重なり始める。




もう、限界だった。


僕は、弾かれたように後ろを振り向いた。






……。




ただ、床の上で、スマートフォンだけが虚しく光を放っている。

画面は、誰もいない天井に向かって、青白い光を投げ続けている。




光が、一段階、落ちる。


液晶が完全に闇に沈み、ただの黒い鏡に戻るまで、あと数秒。




……。




真っ暗になった、スマホの画面。

喉の奥にこびりついていた鉄の味が、さらに生々しく、熱い「血」の味へと変わっていく。






……その瞬間。


ピコンッ!



耳の奥で、脳髄を直接揺さぶるような、どこかで聞いたことのある軽快な電子音が鳴り響いた!




視界を覆っていた闇が、暴力的なまでの黄金色の光に弾け飛ぶ!



鼻腔を刺していたあの不快な腐敗臭は、一瞬で。

――「炭火で炙られる極厚ステーキ」の、狂おしい芳香――へと塗り替えられた!


樫の炭がパチパチとはぜる煙に、重厚な牛脂の甘い香り。

脳の空腹中枢を直接殴りつけるような、暴力的なまでの「肉」の匂いだ。


ジュワリとあふれ出した唾液が、さっきまでの鉄の味を洗い流していく。

口の中には、カリカリに焼き上げられた表面の塩気。

溢れ出す熱い肉汁の味が広がる!



「最高にアガるフルオーケストラのBGM」が鳴り響いた。

天を突くトランペットの咆哮。

地を這う重低音が、横隔膜を内側から突き上げる。


一音一音が大気の震えとなって、皮膚を、筋肉を、骨の髄までを。

ビリビリと共鳴させる!



掌に感じていた不快な熱は、今や。

複雑な金細工が指の節々に吸い付く――「伝説の聖剣」――の、重厚な質量へと変貌した!



[ ログイン完了! ]

[ ボーナス:現実世界での『恐怖値』を『攻撃力』に変換しました ]

[ 現在のステータス:――カンスト(測定不能)―― ]



「うおおおおおおおおおおおおお!!!」


僕は、大気を震わせるほどの野太い咆嘘を上げた。


見れば、さっきまで僕を震え上がらせていた「隙間の影」が。

今やただのLv.1の雑魚スライムのように足元でプルプル震えている。


「あばよ、湿気たドアの隙間! さよなら、通信制限! これからは俺の時代だあああああ!!!」


僕は、巨大なドラゴンの鼻面を思いっきりぶっ叩いた。

拳が硬い鱗を粉砕する「ゴリッ」という最高の感触。



「異世界ひゃっは――――――――ー!! チート能力最高おおおおおおお!!!」



空には月が二つ。

美女エルフの柔らかそうな肌の感触も、極上のエールが喉を駆け抜ける刺激も。

たぶんすぐそこにある!


不快な汗で液晶を汚し、背後の闇に怯えるだけの「あっち側」には、もう二度と戻らない。


思わず叫ばずにはいられなかった。


「おーい! そっちの世界で、一生ビビりながらスマホ弄ってるお前らも、せいぜい頑張れよな――――!!!」


脳内に鳴り響くBGMは、サビに向かって最高潮の盛り上がりを見せる。

僕は聖剣を頭上でブオンブオンとぶん回し。

地響きを立てながら、見渡す限りの大草原を全速力で駆け出した!


(続く)

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