映画研究部の部室の思ひ出
時は昭和から平成となって最初の年であった。
モラトリアムを拗らせ、一浪して、大学の法学部に入学した。
という訳で、同級生は一足先に大学生となり、こっちは一足遅れて大学に入学したため、一つ下が同級生となった。
何かの部には入ろうと思っていたが、勿論、大学の運動部はサークルを含め、気合いの入り方が違うため、文化部に入ることは決めていたが、さて、何に入ろうか相当迷った。
迷った挙句、何となく、中学・高校からずっと好きだった「映画」に関する部に入った。
それが「映画研究部」に入部すら、さして理由もない理由であった。
ゴダールやヌーベル・バーグといった小難しい話をしてる人が多かったが、私はというと、映画は大衆娯楽であり、極たまにしか見ることが出来ない貴重な娯楽であったため、エンタメ系の日本映画やハリウッド映画を好んでいたから、その場では門外漢であった。
私の部室の利用方法は、講義と講義の合間に訪れる休憩室であって、特段の事情「活動」の場ではなかった。
適度、時には過度に講義をサボって、部室に入り浸った。
当時は煙草も部室で吸うような大らかな時代で、煙草を嗜まない私には少々キツかった思いがあるが、さしては気にならず、それが当たり前の時代であり、居心地は悪くはなかった。
映画製作の課題が出されたりしたような気もするが、そんなにやる気も起きなかった。
当時でさえも「8ミリ」は廃れた技術、文化であったが、やる気のない部員であった私でさえ、あの「カタカタ」と音を出しながらの撮影や、現像されたフィルムを観るのは心地良かった。
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時は流れ、時代は平成から令和となり久しくなり、そんなノンポリであった小職も大学卒業後は、これまた一浪して俸禄貰いとなり三十年以上が経過して、責任世代となっている。
気持ちはあの頃の「ノンポリ」のままなので、そんな小職には荷が重いが、あと数年は頑張らねばなるまいと思っている。
大学時代の、あの「映画研究部」での活動は、仕事とは、直接・間接を問わず関係がないものであるが、それでも職場内のExcelを利用した業務用ツールを作成する場合などのちょっとしたEUCの際には、GUIを意識したり、資料作成といったちょっとした「物作り」の際には、レイアウトを意識したりと、あの頃の美的感覚や遊び心が活かされてるように思うし、まぁそう思いたいと思っている。
本日は日曜日である。
明日からまた始まるの「激務」に備えて、我が青春を思い出しながら、多いに英気を養おうと思う。
昭和百年十月五日記す




