第7話 襲撃
襲撃って言うと小学校の頃の避難訓練を思い出す。
雪が溶け始めそろそろ種まきでも始めようかという時期になってきて寒くて辛かった冬が終わり始めた実感がわいてくる。
初めての狩りから3年たち、俺は9歳になった。
現在は、ゴブリンとスライム以外にも大猪などのDランクの魔物なら父の補助を受けて安定して狩れるようになっていた。
魔物のランクは大まかにSからFまで分けられておりDは村に多少の被害が出るだろうが対処可能な範囲だ。
ここまで狩れるようになると強くなった実感が出てくる。
そろそろレベル上げも森の浅いところで狩れる相手ではあまり進まなくなり、狩りよりも魔法と魔術の練習をすることが増えてきた。
今日も魔法の練習をしたかったのだが、日曜日のため、幼馴染達と遊んでいた。
正午を知らせる鐘が鳴る。するとアルバートが突然思い出したかのように昼飯の話をし始める。
「そろそろ、お腹もすいたしご飯食べに行こうぜ」
「そうだなアルの言う通り一回家に帰るか」
「それだったら私の家に来てよ」
「この間、お父さんたちが狩ってきた猪と兎のお肉が余っちゃてて」
そう言われ俺はアリナの家の庭で猪と兎の解体をしていたことを思い出す。
あの量の肉は、狩りに行った人等で分けたとしてもまだ少し余ることだろう。
「おおっ!肉かいいな!」
冬の間は肉をあまり満足に食べられなかったこともあり俺もテンションが上がる。
「私も、お肉食べたい」
「よしっなら決まりだなアリナの家へ、しゅっぱーつ」
そうして俺たちはアリナの家へ向かった。
突然の来訪だったがアリナの母は二つ返事で歓迎してくれた。
アリナの母はアリナと同じ赤髪でまさに肝っ玉母ちゃんとでもいうような見た目だった。
久々に食べた肉がたらふく入ったスープはとても美味しくまだ肌寒いこの気温の中では、身に染みた。
「ふー食った食った」
「もー、行儀が悪いよアルバート」
「アルバートはエレーナを見習いなさいよ」
「まあまあ」
アリナをアリナの母がなだめている。
「ありがとうお母さん」
「ありがとうございました」
「あ、ありがとうございました」
「ありがとうアリナの母さん」
「また、いらっしゃい」
そうして俺たちが外に出ようとしたところで鐘の音が何度も響いた。
しかし、いつも俺たちに正午を知らせる重厚感のある鐘の音ではなく高く素早く何度も叩かれる聞きなれない音だった。
だが俺たちは、この音の意味を知っている。半年に一度避難訓練として鳴らされるもので火事だったり魔物の襲撃などの村の非常事態に鳴らされるものだ。
この鐘の音がなった時は村の中心にある避難所へと向かい状況の説明を聞く決まりとなっている。
「皆ごめん俺の家は隣だから先に家に向かうよ」
「後で合流しよう」
「そうねハンス君は先に家に向かったほうがいいかもね」
「さっ!みんなは私についてきて」
俺はすぐさま家に向かって走った。
家に着くと丁度母が家から出るところのようで玄関前で鉢合わせた。
「ハンスッ!」
「良かった無事だったのね」
「念のため魔術の紙と杖は持っておきなさい」
母は俺に魔術の紙と
「お母さんは何か知ってるの?」
「ううん何も知らないけど念のためね」
「急ぎましょ」
母に手を引かれながら避難所へと向かう
避難所には、村中の人が集まっていた。
ただ大人の男だけが見当たらない。
「おお、ナタリアや」
「村長なにがあったんですか?」
「魔物の襲撃じゃ」
「Cランクまでの魔物が徒党を組んで襲ってきておる」
「ヴァシルが西側を担当しておる」
「ナタリアには南側をお願いしたい」
「良いか」
母が俺に目をやり逡巡している。
「大丈夫だよお母さん」
「皆がいるから怖くないよ」
母がばつが悪いような表情を浮かべる。
「ごめんね、お母さんのことを心配してくれてありがとう」
「私よりもハンスのほうが不安なのにね」
「村長分かりました。南は私に任せてください」
「うむ、よろしく頼む」
「ハンス、何かあったら父さんの所に逃げなさい」
「父さんなら助けてくれるから」
「戦っちゃダメよ」
言い終わるや否や、母は走り出していた。
母が出てから5分程度が過ぎた。その間に先ほど別れたアルバートとアリナ、エレーナと合流した。
アルバートとエレーナは母親と一緒にいたが、アリナだけは一人だった。
アリナの父も母も普段から狩りに出ていたため、恐らく二人とも村の防衛に出ているのだろう。
「うっ、うっ、ぐすっ...」
「...」
こんな状況で頼れる親がいないというのは、怖くて寂しいのだろう。
部屋の端で座り込んでいるアリナを何か慰めようと声をかけようとするがこんな時に何と声をかければいいのか分からず声がかけられない。
せめて何かしようと隣に座る。
「大丈夫、アリナのお母さんもお父さんも無事だよ俺のお父さんもお母さんも強いから」
「何かあってもアリナのことは俺が守るから」
努めて明るくだが真剣に伝えながら狩りの時に父さんがよくしてくれたように、頭を撫でる。
俺はこれで安心していたからアリナも安心してくれたらいいなと願いながら。
そんな努力のおかげかまだ泣いているものの若干治まったような気がする。
ここまでで村長の話に耳を傾けていたところどうやら、よく狩りに行っていた森から魔物のスタンピードとやらが起こったようだ。
スタンピードは話の感じから魔物が徒党を組んだ襲撃のようなものだろう。
北と東は魔物の数が少なくまた、来ても弱い魔物のようで、森と接している西と南側に大半の戦力を回して防衛しているようだ。
「ハ、ハンスもういいよ」
俺が物思いにふけっている内にどうやら、アリナは既に泣き止んでいたようだ。
撫でていた手を離す。
「ハンス、ありがとう」
この礼を言う時のアリナの笑顔はとても眩しく可愛らしかった。
アリナが言い終わると同時にアリナの背後の壁が轟音を上げながら砕ける。
砕けた箇所からは陽が差しこみ逆光でよく見えないがナニカがいた。そのナニカが何であるかを確認する前に避難所はパニックに陥った。避難所にいた人達はナニカと反対側の扉から我先にと逃げ出そうとする。
そこに男の声が響いた。
「オークが侵入したぞ!!」
「東だ、東から一体入った!!」
その男は息を切らしながら叫んでいる。ボロボロな彼から苛烈な戦闘だったことが伺える。
そして俺たちの背後にいるナニカはオークだと分かった。
オークはCランクの魔物でDランクの魔物ですら父の補助がないと倒せない俺からすれば絶対に勝てない存在だ。
すぐさま俺はアリナの手を引いて走り出す。
オークは賢くなく回り込むなど考えず壁を壊そうとしている。だが、壁が壊れるまで幾ばくも無いだろう。
「きゃっ」
アリナがこけた。オークが壁を破った。同時だった。
オークは子供だと思って油断しているのだろうか、ゆったりとした足取りで近づいてくる。
多分、いや、絶対に勝てない。
以前の父の言葉を思い出す『絶対じゃなくて多分で行動すると死んでしまう』。
母のさっきの言葉を思い出す『戦っちゃダメよ』。
俺だけでも逃げようか?
そうだ、これは仕方ないんだ。
一歩後ずさる。
駆け出す直前
「ハンス助けて」
泣いて、消え入りそうな声で、不安そうな顔で俺に助けを求めている。
先ほどの約束と後悔にまみれながら死んだ前世を思い出す。
約束を違えないために、今生は後悔しないために、ここで立ち向かわなければならない。
俺はオークに向き直る。
依然として恐怖は消えない。
一歩アリナに向かって進む。
かつて経験した死を思い出し、恐怖が俺を蝕み、今からでも逃げ出したいと思ってしまう。
もう一歩進む。
父の言葉の続きを思い出す『逃げてはいけない戦いが出来たら覚悟を決めて戦え』。
お父さんこの戦いは逃げたらダメな戦いだ。
心の中で父に伝える。すると覚悟が決まった。
もう一歩進みアリナの手を取り立たせる。
アリナが助けを求める声を思い出す。すると恐怖が消えた。
俺の中には覚悟だけが残った。
「アリナ先に逃げて」
「すぐに俺も逃げるから」
「いや、一緒に...」
アリナは俺と逃げたいようだが、子どもの足では逃げ切れないだろう。
「アリナッ!!」
大きな声でアリナに俺の言葉を出して申し訳ないと思いながらもアリナの名前を呼ぶ。
「今度は俺の家においでよ」
「みんな一緒に俺の家でお昼ご飯を食べるんだ」
「だから俺も死ぬ気はない」
「アリナ、先に逃げてくれ」
「早く」
「早くっ!!」
ここまで言ってようやくアリナは逃げてくれた。
オークは逃げ出したアリナを追おうとアリナに向かって走り出そうとした。
「おい!待てよ豚」
「お前の相手は俺だ!!」
できる限り大きな声でオークを俺に注目させる。
オークは俺の大声でこちらに注目が向いたのだろうアリナからこちらに向き直った。
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