第9.5話 あの時のアリナ
果たしてこの話はこのタイミングで公開していいのか、本当に悩む。今も悩んでる。
襲撃時にハンスは家へと向かったがアリナ達は...
「さっ!あんたらも行くよ」
母が私たちに声を掛ける。その声に従い私たちは避難所へと向かっていった。
避難所に着くと村長が母に何やら伝えている。母の顔が徐々に険しくなっていく。何かまずいことが起きていることは幼い私でも感づいてしまった。
母が話を終え私達に近づいてくる。
「アリナ、ちょっとお母さんも狩りに行ってくるよ」
母が私を抱きしめる。
「いい子でお留守番してるんだよ」
「アルバート君もエレーナちゃんもお母さんが待ってるから行ってきな」
母は言い終えるとすぐさま私に背を向けて避難所から出ていく。
母が言った狩りが噓だということは分かっていた。だが、その噓に気づかないふりをして、何も言えずその背を見送った。
見送って直ぐに周囲の大人たちが魔物の襲撃があったんだと話しているのが聞こえてきた。
魔物についてよく知らないがよく両親が話している動物よりも危険なやつだということだけは知っている。
両親が殺される最悪の想像が脳裏を掠め、母の噓に気づかないふりも限界を迎える。
「うっ、うっ、ぐすっ...」
いい子でいようと、涙をこらえようとする。そうすれば母が父が無事に帰ってくる気がして。だが、涙は止まらない。
そうしているとハンスが隣に座ってきた。
座ってくるまで気付かないほど余裕がなかった。
暫く無言でただいてくれたが、口を開いた。
「大丈夫、アリナのお母さんもお父さんも無事だよ俺のお父さんもお母さんも強いから」
ハンスが唐突に伝えてくる。それが私を安心させようとしているのだと気づいた。
「何かあってもアリナのことは俺が守るから」
涙を引っこめようとする。だが、より一層と安心感からか涙が出てくる。
その時に頭を撫でられた。ガサツにだが、力強く優しい撫で方で、より強い安心感に満たされ涙が止まり始める。
泣き止み落ち着いてくると唐突にこの状況が恥ずかしくなってくる。
「ハ、ハンスもういいよ」
そう言うとハンスは撫でていた手を離す。一抹の寂しさを感じてしまいもうちょっと撫でられててもよかったかもなんて思う。
「ハンス、ありがとう」
精一杯の感謝を伝える。
その時、後ろから轟音と衝撃が伝わってくる。
振り返ると、背後の壁が砕けそこからは陰になり見えないがナニカがいた。そのナニカが何であるかを確認する前に避難所はパニックに陥った。避難所にいた人達はナニカと反対側の扉から我先にと逃げ出そうとする。そこに男の声が響いた。
「東側で仕留めきれなかったオークが侵入したぞ」
すぐさま私の手を引いてハンスが走り出す。オーク壁を壊し追いかけてこようとしている。
「きゃっ」
恐怖で身体が思う通りに動かせなくなりこけてしまう。背後でオークが壁を破った音が聞こえる。
オークの足音が近づいてくる。
止めたはずの涙が恐怖と不安、罪悪感と共に出てくる。
「ハンス助けて」
言ってはいけないことは分かっていたが恐怖で痺れた頭では止められずに、つい口からもれてしまう。
だが、ハンスは私に背を向けた。
私は死ぬ。それが分かった。これまでの恐怖よりも遥かに強大な恐怖が私を支配していく。
だが、ハンスが再び私に振り返った。そして近づいてきて私の手を取り立たせた。
「アリナ先に逃げて」
「すぐに俺も逃げるから」
「いや、一緒に...」
恐怖で身体が動かない。
「アリナッ!!」
ハンスが私の名前を叫ぶ。突然の行為にびっくりしてしまう。
「今度は俺の家においでよ」
「みんな一緒に俺の家でお昼ご飯を食べるんだ」
「だから俺も死ぬ気はない」
「アリナ、先に逃げてくれ」
「早く」
「早くっ!!」
ハンスが恐怖を感じていないかのように私に明るく将来の約束を取り付けてくる。だが私を起こしたときの手は震え、杖を持つ手は固く握りしめられ震えていた。その覚悟を感じて恐怖は消えないが身体が動き出す。そして、私は独り逃げ出してしまった。
逃げ出した私は全速で走り、一番近くの民家に向かった。そこには、村の大人たちが隠れていた。
「おお...無事だったのか」
ひどく安心したような顔で私を歓迎してくれる。
「オークは?オークはどうなった?」
「ハンスが、ハンスが死んじゃうっ!!」
私は叫ぶ。
「ハンスがどうしたんだ?」
「ハンスがオークと戦ってっ...」
大人たちは口を閉ざしてしまう。
「助けて、ハンスを助けてよぅ...」
泣きながらも何とか伝える。
だが、ついさっきまでは私を見つめていた大人たちは視線を外す。
誰も助けに行かない。言われずとも分かった。
誰も助けにいかないのなら、別の所から私が助けを求めに行こう。そう思った私は行先も決めずに家から飛び出す。
幸いにも大人たちには捕まらずに家から出ることができた。
追いかけてこないことが分かった私はどこに向かおうかと考え始める。
そして、ついさっき母が村長と話していたことを思い出す。
ヴァシルが東にいるから東は大丈夫だと言われて母は父と同じ北に行った。
ヴァシルがハンスの父だとも知っていたし、あの口ぶりからはヴァシルが相当な実力者だとも信じて東に向かって走った。
村の東側に着くと柵の前にはおびただしい数の魔物の死体が転がっていた。そして、まだその先で村の大人たちが戦っている。
その後方で怪我をして戦線を離脱している人を見つけた。
「ヴァシルさんは、ヴァシルさんはいますか?」
「君はどうしてここに?」
「まさか避難所が襲われたのか!?」
「ハンスがオークと戦ってるの」
「ヴァシルさんの息子さんか!」
「ヴァシルさんは西側の手伝いに向かった」
ああ、間に合わない、最悪の想像をしてしまう。
だが、まだ諦めるには早い。頭を振りすぐさま西に向かって走る。
後ろで先ほどの人の声が聞こえるが無視して走った。
西にたどり着くと、東側よりも怪我人が多かった。だが、魔物の死体は少なく既に見える範囲での戦闘はほとんど終わっている。
「ヴァシルさーん!!」
叫んだ私に周囲から注目が注がれる。
「どうして君がここに?」
直ぐにヴァシルさんが話しかけてきた。
周りの人は、皆血みどろになっているのに対して、ヴァシルさんだけは怪我どころか血の一滴すらついていない。
「ハンスがオークと戦ってるの」
「なっ!!」
「何処でだ!!」
ヴァシルさんが私の肩をつかみながら尋ねる。想像以上の力で肩が痛い。
「避難所です。」
ヴァシルさんはすぐさま私を抱きかかえながら走り始めた。
「一緒に来い」
「そっちのほうが安全だから」
まるで風と一体になったかのように村を駆けていく。
すぐに避難所に着く。
私を降ろしてから避難所の中へまた駆けていく。
「ハンスッ!!」
中からヴァシルさんの声が聞こえる。
私もすぐに追いかける。最悪のことだけは起こっていないように願いながら。
「無事だったか、良かった」
「良かった、本当に良かった」
泣きながらハンスが抱きしめられている。
安心して涙が出始める。気づけばその場に座り込んで泣いていた。
「ヒグッ、死ん、じゃったら...」
「どう、しよう、って...」
「わたし...わたしぃっ...」
誰に伝えようとしているわけでもなくただ、独白する。
ハンスが近づいてくる。
ハンスはあの時一人逃げた私を攻めるだろうか。恨み言をいうのだろうか。仕方がないだろう友達を見捨てて逃げ出したのだから。
「アリナ、俺は無事だから気にしないで」
「それよりも、アリナが無事でよかった」
「約束守れたみたいだね」
だがハンスは私を攻めるでもなく私の無事を喜び、避難所の中でハンスがした約束を守れたことに安堵した。
私も何か伝えようとする。
「ごめん、お父さん魔力切れで眠る」
「今度は私が守るから、ハンスのこと」
伝わったかは知らない。それでもいいこれは私が、私とハンスに約束すること。
ハンスに伝えたら、優しくて強いハンスのことだ、笑いながら次も俺が守るよと言うのだろう。
だからハンスは知らなくてもいい、だってハンスは私を守ってくれた、だってハンスが...
その後は大人たちが事後処理をして子どもは家に帰って休んでいた。
その間に私は、自室のベッド上で、ハンスを守るためにどうすればいいのか考えた。ほかの方法はないか何度も考えた。
日が暮れるころ、大人たちが帰ってきた。
「お母さんちょっとヴァシルさんの所に行ってくる」
両親の返事も聞かずに家を飛び出す。
「こんばんは」
「あら、アリナちゃんどうしたの?」
「ハンスなら魔力切れで寝てるわよ」
「ヴァシルさんに話があってきました」
「あなた~、アリナちゃんが用事ですって」
奥からヴァシルさんが出てくる。
「もう、冷える時間だし座りながら話そう」
ヴァシルさんが向かいに座り、ナタリアさんはお茶を入れに行ってくれた。
「まずは、息子のことを助けようと走り回ってくれたそうだね」
「ありがとう」
ヴァシルさんが頭を下げる。
「いやいや、私は、私はハンスを見捨てて逃げました」
胸がずきりと痛む。顔を見ることが出来ずに自分のしたばかり見てしまう。
涙がにじむ。
「私は、私は...」
言葉に詰まるが私が言い終わるのを待ってくれる。
「私が、ハンスを助けたい、だから強くなりたい」
顔を上げる
「私に、魔法を教えてください!!」
「お願いします!!」
涙で何も見えないがちゃんとヴァシルさんを見ながら伝える。
「…」
断られるだろうか。それなら仕方がないほかの方法を探すしかない。
「いいじゃない、ヴァシル」
「あの子のために頑張ろうとしてるのよ応援してあげましょ」
「そう、だな」
「今日はもう遅いし、また今度来なさい」
「その時から、私が魔法の修行をつけるから」
「ありがとうございます!!」
「それじゃあ、またいらっしゃいね」
その日はそのまま家に帰り家族の無事を喜んでから床についた。
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